今月の特集1

「ちゃぶ台インタビュー」2日目は、ひきつづき、『考える人』編集長・河野通和さんにご登場いただきます。

 1日目のインタビューで、特集「家族ってなんだろう?」の企画秘話をうかがいました。そのなかで、編集長自身の並々ならぬ「思い」が、「オーケストラをつくろう」「家族ってなんだ?」という特集を生んだことがわかりました。その背景として、現代人が失いつつあるものへの強烈な危機意識があることも。

 そんな河野さんは、いかにして「考える人」になったのか。
 今回は、そこに迫ります。

(構成:三島邦弘、写真:池畑索季)

『考える人』編集長・河野通和さんインタビュー こうして私は「考える人」になった。

2015.02.17更新

嫌な奴とは仕事しない

三島『考える人』の編集長になられた経緯を教えていただけますか。

『考える人』2010年夏号(新潮社)

河野私の前の編集長、つまり創刊編集長は、いま小説家としても活躍している松家仁之(まさし)さんです。その松家さんが退社の意思表明をしたのが2010年の始め。新潮社のある役員が私のところを訪ねてきて、「後任になってもらえないか」という話になりました。松家さんのフィナーレである「村上春樹ロングインタビュー」号(2010年夏号)が発売されたのは、すでに私が編集長を引き継いだ後でした。
(編集部註:松家仁之さんには、ミシマガの「本屋さんと私」というコーナーに以前ご登場いただいています。こちらもあわせてどうぞ!)

三島そうだったんですね。すぐに、編集部にはとけこめましたか?

河野『考える人』という雑誌は、編集部をどっしりと構えるのではなくて、編集長以外は兼任のメンバーによって構成されていました。私はこれは非常に面白い試みだと思ったので、創刊からしばらくして、その様子を松家さんに聞きに行ったことがあります。

三島もともと『考える人』の編集のやり方に関心がおありだったのですね。当時は中央公論新社におられた?

©新潮社

河野そうです。私は大学を卒業して以来ずっと中央公論社に勤めていました。1886年(明治19年)創業という老舗の出版社ですが、90年代に入って経営状態が悪化したり、社を牽引してきた社長の死などがあって、1999年に読売新聞社に経営権を譲渡して、中央公論新社が生まれます。その時、私は『婦人公論』の編集長でした。それから『中央公論』編集長、ある時期から役員になるのですが、旧社からの「生え抜き」の人間として、新社への業務の円滑な移行、社全体の再構築――負の遺産はなるべく速やかに解消し、継承すべき伝統、遺産はできる限り存続させる、ということが大きなミッションになりました。

 さらに出版社と新聞社の間のコミュニケーションをどのように図り、お互いの利害や意向をいかに調整するかが大きな仕事でした。古い出版社にこびりついた旧弊な問題もたくさんありましたが、一方で、一見不合理、非効率と映っても、出版社としては根幹にかかわる非常に重要な仕事もありました。大事なところを残しながら、どうやって新しい環境に適応させていくか、ということですが、世間の人が想像する以上に、出版人と新聞人ではメンタリティーが違うものです。

三島うーん、それはちょっと想像するだけでも難しそうですね。

河野それと、私自身は編集の仕事がやりたくて、この世界に入ってきた人間です。現場を離れてから時間が経つにしたがって、自分の原点をもう一度確認したいと思い始めました。このまま、あと10年近く働いて、それで自分の出版社人生が終わるというのは、いかにも中途半端でさびしいと感じました。そこで、旧社20年、新社10年勤めたのを機に、とりあえず後のことは何も決めないで退社を申し出ました。社内外の人たちはびっくりしました。「なんで急に辞めたんですか?」と、松家さんにもその直後に聞かれまた(笑)。

 けれど、その時に考えていたことは単純で、一度何も肩書がなくなった状態で世間の風にさらされてみたい、ということでした。そういうチャンスは、大学を出て就職して以来、絶えてなかったことなんです。丸裸になった状態で人がどのように自分のことを見ているのか、また自分自身の心の中を覗いてみて、「一体何がしたいのか」を確かめる時間がいまこそ必要だと思ったんです。

三島面白いですねえ。中央公論を辞められた後は、少し空白期間があってから『考える人』の編集長としての生活が始まったわけですね。けど、その時点では、『考える人』の編集をするなんてまったく思っていらっしゃらなかったんですね。

河野まったく。その間は、立ち上がったばかりのインターネットメディアの企業に関わりました。それも、予定していたことではまったくありません。会社を辞めてしばらくした頃、突然その会社、日本ビジネスプレス(JBpress)の出資者から頼まれて特別編集顧問になりました。

三島ほ〜、そうだったんですね。

河野会社を辞める時に、次に仕事をするなら、①好きな人間と仕事をする(嫌な奴とはしない)、②できれば自分より若い人間とやりたい、③知らないことにチャレンジしてみたい、といった原則を公言していました(笑)。この時はそれが全部満たされていたわけです。嫌な奴もいなかった(笑)。電子書籍元年と言われるのはその翌年ですが、インターネット・メディアの現場で、実際にその息吹や可能性を体感してみたいという気持ちも強くありました。顧問というよりは、それまで竹刀を握ったこともない素人が、デジタル世界の千葉周作道場に門弟として入門を許された、という感じでいろいろ教えてもらいました(笑)。


『考える人』編集部はない?

三島それまでは外から『考える人』を見ていたのが、今度は内側の、しかも柱となる役割になられたわけですが、実際いかがでしたか。

河野編集部のシステムを云々する以前に、どういう人がそこに集まっているか、という点が重要なわけですよね。いいチームだな、と思ったのが率直な感想です。なので、最初の2年間は、「継続を旨とする」方針でいこうと思いました。マッチョな変革は意味もないし、避けようということです。編集長が変わっても、まるで同じ川が同じように流れている、と一般読者の目に映ることも、ある意味ではチャレンジです。雑誌は何と言っても、作り手の情熱や創意が第一ですから、まずはチームの人たちが得意としている土俵で一緒にやってみようということ。2年もやっていれば、そのうちに私の個性もじわじわ出てくるだろうし、何か不都合なことが起きればそこで解決すればいい、という楽観論です。

 それに、「村上春樹ロングインタビュー」の号が出て、かつてないほどの売れ行きでした。この勢いに水を差してはいけない(笑)、と思っていました。だからといって、私が萎縮することもなかったし、前任者のやり方を完全に踏襲しなければいけない、という雑誌でもなかったので、ガチガチになることもなく、比較的自由にやれたと思います。

三島その「チーム」というのは具体的にどういうものですか。河野さんが入られたとき、『考える人』編集部という固定のチームがあった感じでしょうか。

河野松家さん時代は、編集長がいて、あとは7名の兼務メンバーがいました。ただ、私は新潮社の社内事情がまったくわからない状態ですから、誰か実務面の補佐が必要だろうという会社側の助言もありまして、ひとり専従メンバーを置きました。全体の人数は同じで、6名が本籍は別の部署で働く兼務の人たちです。

三島それはすごく面白いですね。いろいろな人から、雑誌の運営はどんどん難しくなっているという話を聞くことが多いのですが、この雑誌のクオリティがそういう形で成り立っているというのはすごいと思います。たとえば特集を立てるときなどですが、当然、企画会議などはあるわけですよね......?

河野うーん、そうなんですけど、これはちょっと期待を裏切るかもしれない(笑)。当初は、それぞれ得意技をもったプロの仕事師たちが寄り集まって、その集合知と熱気で特集が作られていく......という夢を描いていたのですが、そもそも兼務の人たちって、それぞれの所属部署でものすごく忙しいんですよね。優秀な人たちですから、各々の持ち場で加速度的に責任が重く、忙しくなっていく。つまり、特集は私と専従メンバーが、毎号必死になって作らないといけないことが徐々に判明してきます(笑)。

三島なるほど(笑)。

河野まぁ編集長就任から2年したあたりで、雑誌にも編集部にも刺激を入れたいとは思っていました。ちょっと病気をして足踏みをする期間ができてしまいましたが、ようやく一昨年くらいからメンバーを入れ替えたり、専従を2人体制にしながら、特集に関しては編集長主導、専従2名のトロイカ体制で引っ張っていく形にしています。もちろん兼務メンバーには、それぞれに得意な分野があり、強力な筆者を抱えていますので、特集企画に対して何か提案をしてもらったり、私のほうから「この人に原稿依頼してもらえないか」とお願いすることはままあります。

三島これまで『考える人』に全然関わって来なかった人たちでも、特集をやりたくて手を挙げたら関われるのですか? たとえば、あるテーマを実はずっとやりたかった場合とか......。

河野特集については、そういうふうにはなっていません。ただ連載や単発の企画なら、「来る者は拒まず」が基本です。特集となると、かなりの覚悟が必要ですから、なかなかそこまで蛮勇をふるう人は現われません。現実問題として難しいですね。ただ、春に出る号は、久々に兼務メンバーのひとりが中心になって、独立研究者の森田真生さんを軸にした数学特集をやる予定です。是非お楽しみに、絶対にお見逃しなく!



   

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『考える人』編集長・河野通和

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