今月の特集1

 「ちゃぶ台インタビュー」3日目。
 特集「家族ってなんだ?」を考えられた、『考える人』編集長・河野通和さんへのインタビューは、編集チームのつくり方、雑誌運営の方法にまで話題が展開。そうして、「編集者とは何か」という問いにまで、行きつきました。
 淡々とお話になるその姿に、ちゃぶ台を囲んで聴いていた私を含むミシマ社メンバーたちは、暖かな光のようなものを感じたのでした。

(構成:三島邦弘、写真:池畑索季)

『考える人』編集長・河野通和さんインタビュー 「編集者」を続けるということ

2015.02.18更新

 自分と「おもしろい」をつなげる

三島チームをまとめながら、思い入れのある特集を実現していく。そうした一連の動きをご自身はどうとらえられているのですか?

河野そもそも、特集のテーマというのは、自分が知りたいと思っていることと結び付いている必要があると思います。「知りたい、確かめたい」と思っていることだったら、どこまでもやろうという気持ちがついていくし、出来上がったものに対しても責任が負える。仮に売れなかったとしても、自分の中で何がまずかったか、を考えるきっかけになります。
 それを含めて、全部が楽しい作業になると思うんですよ。
 だから、いまは『考える人』という器を使いながら、自分が読者とともに考えたいと思うことをやらせてもらっています。幸い専従の2人も兼務の人たちも、それに対してとても協力的ですので。

三島すごい! 
 自分自身としっかりつながった特集が生まれている根底には、やはり、メールマガジンを始めとした日々のお仕事があると思うのですけれど、これ、よく続けてらっしゃいますね......。

(* たとえば、つい先日のメルマガでは、「いつか来る日のいつかを怖る」と題して、永田和宏さんのことを書かれています。このクオリティ! 百聞は一読にしかず、です。ぜひこちらをどうぞ)

河野一つは、私が新潮社の中ではよそ者で、松家さんの後に空から落下傘で舞い降りたような編集長だからです。社内の人にも、筆者や読者に対しても、今度編集長になった男はこういう人間でございます、という挨拶をきちんとしておかなければと思ったのが発端です。最初は週に一回なんて大変だと思いましたが、自分がどういうことを面白がっているか、どういう考えでこの雑誌を作ろうとしているのかを伝えるツールとしては非常にありがたい。そこで、前任者とはスタイルをガラッと変えて、1回の分量も長めにして、できるだけ丁寧に書いてきたつもりです。

 ただし、自分のことについて書くのではなく、最近面白いと思った本や出来事の、なんでそれが面白いのだろうということを、考えながら書こうとしています。つまり、私が企画を温めていくプロセスを、いわば編集のバックステージを読者と共有できればと思っています。


 学び続ける

三島河野さんを見ていて本当にすごいと思うのは、面白いものが持つ面白さを、そのまま感じ取る柔らかさだと。僕が河野さんに初めてお会いしてから13、4年経ちますが、その辺りがずっと同じまま。
 正直に言うと、もっと偉そうでもいいと思うんです、河野さんほどの実績がある方は(笑)。でも、最初から本当に優しくて、丁寧に柔らかく接してくださって、その感じがずっと一貫されていて。だからこそ面白いものにもさっと近づいていけて、それを感じているままに書かれるから、人に伝わるものになっているのだろうなと思います。

河野自分一人でやれることって限られていますね。タカが知れているとも思うんです。編集者になろうと思ったのは、本を読んだり何かを見たり聞いたりした後で、「これは」と思った面白い人物に会うことが、そのまま仕事につながると知ったからです。
 学者や物書きの世界はたまたま小さい頃からなじみがあったのですが、私自身は自分の中に、プロとしてものを書いたり、何かを究めていくだけのだけの強い光源や深い動機があるとは思えなかったんですね。だったら、そういうものを持った人を探して、彼らの力を借りながら、世の中に面白いものを創り出していくサポートをするほうが自分には合っているな、それなら一生続けられるかな、と思ったんです。

 その気持ちは、いまも全然変わらないですね。世の中にはいろいろな才能を持った人たちがいます。独創的な考えやユニークな知見、とんでもない体験、強いメッセージを持った人はたくさんいると思うんですよ。

三島まったく同感です。ただそれをやり続けることがいかに難しいか。「編集」に徹するということを体現されている方が目の前にいる。それは僕たちにとって、とても大きな希望です。

河野いえいえ。
 先日、『考える人』のメールマガジンで、ニュースサイトのナタリーを主宰する大山卓也さんのことを書いたんです。実はお会いしたこともないのですが、彼は非常に真っ当なことを愚直にやっている、だから凄いということが、小さな本(『ナタリーってこうなってたのか』)の中から伝わってきました。それは僕らが見習うことであって、既存の出版社にいる人たちははたして自分たちの仕事に対してあれほど徹底した突きつめ方を実践しているだろうか。彼に学ぶべきことが多いのではないか、と考えさせられました。

 出版社はこの国にとって必要だし、いつまでもパワーを維持してもらいたい。そのためには常に自分たちの足元を見つめて、努力しなければと思う。たとえば大山さんのように、参考になる事例はいろいろなところにあると思うんです。他の世界でも、たとえば役者の芸談、料理人のひと言、スポーツ選手のトレーニング哲学。聞いて「頭が下がる」と思えることはこちらのヒントにしていかないと、いまの出版の基盤は弱体化して、やがて崩れるのではないかと気になります。

三島そういうふうにして、河野さんご自身が実践されて、深めて広げてらっしゃるのがわかるのは、読者としてとても楽しいですし幸せなことです。編集者がそうやって動いて、本質的な言葉を持つ人たちが言葉をつくってくれることで、読み手はそれを享受できる。それをずっとやり続けてらっしゃるなと、本当に思います。


 「編集者」であり続ける

三島河野さんを前にして、教養ある編集者とはこういうことだなと思うのです。それはやっぱり、時間をかけてそういうふうになるものなのでしょうか。

河野さて、どう答えたらいいんでしょう......。たとえば、『考える人』のメールマガジンですが、あれには原稿の校閲者がいません。なので、調べ物は自分ひとりしなければなりません。締め切りの前は、本からの引用に間違いがないかどうかチェックしたり、古い新聞にあたって事実関係を確認したり......気がつくと朝になっていたこともあります。そんなわけで大変なのですが、それでも一週間に一度書くことで自分のリズムが生まれています。頭の中で何かが持続している。一方で、その度に何か考える機会が与えられている。これは有難いと思います。まあ、そういうことを自分に課していかないと、なかなか積み上がっていきませんね、怠け者なので。

三島すごいですね。河野さんくらいになるとこれまでの知識のストックだけでもやってしまえるところがあると思うのですけど、そうではなくて、ちょっと疑問に思ったら原典にあたるということを当然のように、身体化されてやってらっしゃるのだなと。見習わなければ......。

河野いやいや。30代、40代で編集者としての成長がストップして、後は「社内政治だけが生きがい」といったタイプにだけは絶対になりたくない(笑)。これは若いときにかたく決意していましたから(笑)。作家や学者のほうは、常に才能や成果が問われているわけです。絶えず努力して、自己更新していかなければ、脱落していく危険と隣り合わせです。編集者は、本来的にはその伴走者です。書き手にちゃんとキャッチアップできているかどうか......とてもエラそうなことは言えませんね(笑)。

三島本当に一貫して編集者であり続けてらっしゃるというのは、僕たちにとってすごく励みになりますよね。河野さんがそこにいるということが、ずっと大きな支えになっていると思うのです。

河野お褒めの言葉は嬉しいのですが、私の思いとしては、いまここで語っている私自身に関する部分はどうでもいい。山極さんであったり、エル・システマであったり、私が面白いと思っている対象を、できるだけ多くの人に知ってもらって、そこから養分をたっぷり吸収してほしいと思います。
 あくまで何かを表現をしている人が主役で、こちらは黒衣(くろこ)です。
 「匿名への情熱」という言い方がありますが、卑下でも何でもなく、黒衣であることは誇りになります。生き甲斐になります。

三島なるほど。

河野願いとしては、私はこの仕事がものすごく好きだし、とても値打ちのある職業だと思っていますので、一人でも多くの人にこの仕事の価値を知ってもらいたい。そして、編集者が介在することによって、書き手がきちんと表現の場を得、力量を思う存分に、最大限に発揮してほしい。それが肝心要だと思います。

 もう一つ付け加えれば、いかに良いものを作っても、それが魅力的なパッケージとして人に届かなければ意味がありません。校閲、デザイン、宣伝、営業等々を含めて、すべて読者とのコミュニケーションです。そこまで考えて初めて「編集」なのだと思います。

三島本当に、その通りだと思います! 今日はありがとうございました。



   

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

『考える人』編集長・河野通和

バックナンバー