今月の特集1

(左)『断片的なものの社会学』岸政彦(朝日出版社)、(右)『東京を生きる』雨宮まみ(大和書房)

 『女子をこじらせて』(幻冬舎文庫)、『東京を生きる』(大和書房)などの著書を持ち、こんがらがった自意識や女子のあれこれを、やさしい文体でほぐしてくれる、ライター・雨宮まみさん。以前、このミシマガでの連載「石井ゆかりの闇鍋インタビュー」にもご登場いただき、たくさんの反響をいただきました。

 そんな雨宮さんが「ぜひお話ししてみたい」とおっしゃるのが、社会学者・岸政彦さん。5月30日に発刊となる新著『断片的なものの社会学』(朝日出版社)や、前作『街の人生』(勁草書房)でたくさんの注目を集めている、ミシマ社一同もとってもお会いしてみたかった方なのです。

 晩婚化が進み、成人男女の未婚率もどんどん上がっていく昨今。「便所飯」「ぼっち」などの言葉が出てきたりと、恋愛・友人関係問わず、誰かとつながる、ということが難しくなってきているのではないか......。そんな疑問を、雨宮さんと岸さんのお二人に、じっくり話し合っていただきました。
 第3回をお届けします。

(構成:雨宮まみ、写真:中谷利明)

人とつながるということ 雨宮まみ×岸政彦

2015.06.12更新

「恋愛ができない」!?

雨宮私は、人の悩みを聞く連載を二つ持っているんですが、どちらにも「恋愛ができない」という相談がすごく寄せられるんです。これって、どういうことなんでしょうか。

オーネットの「第20回新成人意識調査」で、新成人の7割が「交際相手がいない」、5割が「交際経験がない」と発表されていましたね。それで一番面白かったのが、「一度も人を好きになったことがない」が2割ほどあったということなんです。20代のお盛んな時期にですよ。
 基本的にどの調査を見ても、性行動や恋愛行動自体がどんどん減っている。あるいは何回も付き合ったことがある人と、一度も付き合ったことのない人とで、二極化してるんですよ。
 山岸俊男さんという、「信頼」の研究をすごくされている社会心理学者の方がいます。この「信頼」というのは、会ったばかりの知らない他者に対する「信頼」なんですね。たとえば、知らない土地でカバンをちょっと置いて、離れて自販機に行けるかどうか。「基本的には悪い目には合わないだろう」という、無根拠だけどそう思っているのが「信頼」なんですね。それが日本はものすごく低いんですよ。

雨宮えーー!

治安が日本ほどよくないアメリカとかヨーロッパより、はるかに低いんですね。

雨宮あっ、日本は、知らない人とはしゃべらないし......。

そう。それで面白いことを山岸さんがおっしゃっているんですが、「信頼」っていうのはリスクテイキングなんですよね。見知らぬ他者のことを、根拠もなく信頼してしまうっていうのは、当然リスクがあるわけです。だけど、リスクがあっても構わへんと。「まぁ、みんないいやつじゃない?」という感じで暮らすのは、いつか裏切られるかもしれない、カバンを盗まれるかもしれないっていうリスクを、あえて取るということですよね。
 では日本人はどうかというと、日本人は「和を尊ぶ」とか「マナーがいい」と言われるでしょう。あれは「信頼」じゃなくて「安心」だということなんです。この人は絶対そんなことしないんだ、という安心に対する志向性は強いけれど、一般的な他者に対する信頼はものすごく低い。

雨宮何か起こったときに、「そんなことするお前が悪い」っていう言い方をされますよね。自己責任だと。

そうそう、自己責任。リスクを取ったお前が悪い、ということですよね。ひどい目に遭ったときに「それ、なんとかならへんかったん?」と言われる。「犠牲者非難(Victim blaming)」がものすごく強いです。
 コミュニケーション研究の用語で「関係開始スキル」と「関係維持スキル」という言葉があります。そんな難しく言わずに、「口説く」とか「付き合う」でいいじゃん、という感じの言葉ですけど(笑)。

雨宮専門用語を使った恋愛話って面白そうですね(笑)。「あいつは関係開始スキルが高いな!」みたいな。

「ただ維持スキルは低いな!」とかね(笑)。その「関係開始スキル」って、要するにリスクテイキングなんですよね。フラれるかもしれないけどアタックしてみる、ということでしょう。それが日本人はもともと低い。日本人というか、日本の社会はね。
 だからお見合いシステムから会社システムに変わったときに、いかに個人が恋愛をしていくか、ということは、やっぱり難しい問題。


おばちゃんは社会に必要

雨宮先日、朝ドラの「マッサン」に出ていたシャーロットさんがテレビで、日本でびっくりした話として、新幹線に乗ったときに荷物を網棚に乗せようとしたらすごく重くて、持ち上げて乗せることができなかったのに、周りにいた10人くらいの男性は誰も助けてくれなかった、という話をされていて。とにかく「他人と関わり合いになりたくない」という空気は、私もよく感じます。

それって、要するに「冷淡」ってことですよね。学生に「電車でもし人が倒れたらどうする?」と聞くと、「下手に助けて余計に悪くなったらいけないから見てる」と言うんですよ。それは違うだろうと。「配慮」と「冷淡」がごっちゃになってる。
 以前、連れ合いと難波の地下街を歩いていたら、女の人とおっさんが揉めていたんですね。僕はそういうときすぐに「なんやなんや」と入っていってしまうんですが、そしたら男がバッ! と逃げたんです。カバンの取り合いをしていたから、ひったくりやと思って追いかけたんやけど、走りながら「ひったくりや! 捕まえてくれ!」って言ってんのに誰も捕まえてくれない。みんな見てるんですよ。それで、そのなかでも二、三人一緒に追いかけてくれたのが、みんな女の人やったんですよね。

雨宮あ~~。

男は一人も、なにもしない。結局取り逃がしてしまったんやけど、そしたらその男、ひったくりやなくて盗撮犯やってん。それ聞いて余計に悔しくなって、ちょっと普段からマラソンでもしようかと思いました(笑)。してないですけど。
でもあのときの冷淡な感じがすごく頭に残っていて。かなりの距離を叫びながら走ったんやけど、誰も助けてくれなかったですね。本当に。

雨宮本当にきついですよね。混雑している駅で、人とぶつかってしまって「すみません」と言うと、自分の父親ぐらいの年齢の人が「チッ」と舌打ちをする。数え切れないくらいあります。

中高年の男性はひどいですよね。知らない人にひと声かけるときの障壁の高さがなんやろって思うんです。

雨宮あれ、おばちゃんがすごく上手いですよね。

そう、おばちゃんが超うまい。大阪で暮らしてると正直うっとおしいです(笑)。逆に障壁が低すぎるんですよね。

雨宮劇場とかでも、おばちゃんは普通に話しかけてくる。「この舞台来るの、何度目?」とか。飛行機の中でもあったなぁ。

おばちゃんは必要ですよ。社会にすごく必要。銀行で並んでるときにおばちゃんが前で「今日混んでるなぁ!」っていうだけで周りがスゥッって和むんですよ。

雨宮わかる!


個人のスキルに任せていいのか

でも一方で思うのは、個を確立して交渉して、というのは必要なんですが、他方で、個人で交渉する社会ってものすごく自由で流動性の高い社会で、格差が広がる社会なんです。それこそ二極分化していく社会。なのに、そこを個人のスキルに任せていいのか、ということなんですね。

雨宮個人のスキルはけっこう格差がありますからね。コミュニケーションスキルだけでも。

そうなんですよ。雨宮さんがこの前「穴の底でお待ちしています」の連載のなかで、「コミュニケーションが下手です」っていう人に対して、「みんなに理解されて、受け入れてもらうのは、不可能だから、無理してしゃべらなくても」とおっしゃっていましたよね。(第5回「コミュニケーションが下手すぎる」
 コミュニケーションが上手な人、恋愛できる人って、実は割と少数派じゃないですか。セックスにしても、しないまま終わる人も意外と多いし、しても良さのわからないまま義務で何回かだけしてるっていうのもすごく多いでしょう。だからいま日本で必要なのは、個人と個人の言語的コミュニケーションや関係開始スキルなんだけれど、なんか、それでええんかな......とも思うんですよね。

雨宮個人のスキルに任せちゃっていいのか、ということですよね。余計に一部の人には生きづらくなるのでは、と。

小谷野敦さんが『もてない男』のなかで、一夫一婦制は素晴らしい、もてない男に強引に一人あてがってくれるから良いんだ、と書いてボロカスに言われたんですね。僕は賛成はしないんだけど、小谷野さんが言いたかったのはまさに「個人に任せていいのか」ということなんだと思うんです。けれど今のままだと、既婚者のおっさんが勝つんじゃないかなと思うんですよ。若い子と飲んで話聞いてても、みんなよう不倫してますよね、若い子。

雨宮これは何のデータもない個人的な実感ですけど、不倫率が結婚率を下げてる気もするんですよね。既婚者と独身者の不倫、すごく多い。私の友だちがママ友と話してたら「あー、彼氏欲しい。今度合コンするけど、来る?」と言われたそうなんです。「私は別に否定はしないけど、日本ではいつから不倫のことを彼氏って言うようになったの?」と言っていて。

ははは! ものすごく不倫がカジュアルになっちゃってるんですね。
 確かに、独身の男女がそれで時間を浪費してるっていうのはあるかもしれない。僕の友だちも、10年間同じおっさんと不倫してたもん。

雨宮長いな~! 
 恋愛とか結婚とか、別にしたくなければしなくていいと思うんです。でも、はっきりと「したくない」というわけでもなさそうなところが難しいなと思っていて。みんな漠然と「いいものなんだろうな」「したいなぁ」とは思っているけど、仕方がわからないという戸惑いをすごく感じます。恋愛以外でも、他人との関係を作りにくくなっている感じがありますね。友だちができないとか。全体的に、人付き合いがしにくいとみんな感じてるのかな、という気がします。

みんな人が怖いんでしょうね。怖いからできなくなる。

雨宮あー、それはすごくわかります。

ヘイトスピーチとかね、他者が怖いからああいう排他主義的なものが出てくるんだと思います。攻撃性というのは、恐怖感の裏返しですからね。

雨宮何かを奪われたり、傷つけられたり、ひどいことをされるにちがいない、という気持ちがあるから攻撃的になるんですよね。

そう。よく、非正規雇用が増えて恵まれない人が増えたから、それのはけ口になってるんだ、という説がありましたけど、いま全部否定されているんですね。もう全然収入とかは関係無くて、そういう人はあらゆる層にいると。ほぼ完全に、パーソナリティの問題なんじゃないかということになっていますね。

雨宮そう! だってすごいお金持ちや、社会的に地位の高い人の中にも、攻撃的な人っていますよね。

なんかある種の割合の人に強く出ているけれど、そこだけじゃなくて、全体的になんか他者が怖い、というところはあるんですよね。
 だからなんというか、極端なんですね。それこそ他者が怖くて関係を結べないか、既婚者のおっさんでやりたい放題みたいな、どっちかしかないわけではなくて、中間にいっぱいいるんです。
 みんなすでに友だちを作ったり、恋人を作ったりしているんですが、それでも一般的に、なんか他者が怖い社会ではあるんですよね。でも恋愛しないとダメなのかも微妙なんですよ。さっき言ってはったみたいに、恋愛しなくてもいい、という選択肢もありますしね。


<つづきます>

     






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雨宮まみ(あまみや・まみ)
ライター。アダルト雑誌の編集を経て、フリーライターに。女性の自意識との葛藤や生きづらさなどについて幅広く執筆。
著書に『女子をこじらせて』(幻冬舎文庫)、『ずっと独身でいるつもり?』(KKベストセラーズ)、『女の子よ銃を取れ』(平凡社)、最新刊は私小説風エッセイ『東京を生きる』(大和書房)。



岸政彦(きし・まさひこ)
1967 年生まれ。社会学者。大阪市立大学大学院文学研究科単位取得退学。博士(文学)。龍谷大学社会学部教員。研究テーマは沖縄、被差別部落、生活史。著書に『同化と他者化──戦後沖縄の本土就職者たち』(ナカニシヤ出版)、『街の人生』(勁草書房)など。最新刊は『断片的なものの社会学』(朝日出版社)。

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