今月の特集1

 アジカンことASIAN KUNGU-FU GENERATIONのボーカル、後藤正文さんと、建築家・光嶋裕介さん。2014年5月、代表・三島を加えた三人で、「僕たちの世代」と題した鼎談を行いました。これからの建築、音楽、出版のこと、そして「受け手」から「渡し手」に変わってゆくのだというバトンのこと。じんわりと何度読んでも染み入り、そして考えることの多い、このうえない時間でした。

『Wonder Future』ASIAN KUNGU-FU GENERATION

 そんな鼎談から、ちょうどもう1年がたったのか〜と思っていた、2015年5月末のこと。2年8カ月ぶりとなるアジカンの最新アルバム『Wonder Future』が発売になりました。7月5日からは、ツアーで全国を巡られるそう。そしてそのツアーの舞台設計を、なんと、光嶋さんが担当されるんだとか!

 光嶋さんが設計をされた内田樹先生の自宅兼道場「凱風館」をまたまたお借りして、ことの経緯や、どんなステージになるのか、お二人にお話しを伺ってきました。そして二人が語る、ライブをみる、する、そして「つくる」とは?
 7月からのツアーがますます楽しみになる対談、全3回でお届けします!

(聞き手:三島邦弘、構成:新居未希、写真:中谷利明)

ライブ、みる・する・つくる 光嶋裕介×後藤正文

2015.06.28更新

CD通りのライブを求めているわけじゃない

―― 去年の秋ごろには光嶋さんに依頼をされていたとのことですが、そのときはまだアルバムは出来上がっていない頃ですよね。これから録音をしてというときに、ステージを建築家である光嶋さんに頼んだことで、何か音楽面に対して変わったことはありましたか?

後藤音楽については変わってないんですよ。架空の街についてのアルバムだというコンセプトは決まっていたので。音を録るときには、とにかくそれをやり遂げるしかないというか。現場に行って、いい音で録音するしかない。
 ただ、面白いツアーになるんじゃないかとは思っていました。ロックバンドにとって、ツアーは本当に大事になってきている現状があります。CDを買っている人の数よりツアーの動員数が多いことって、もう普通のことなんですよね。レンタルだったり、そもそもCDを買ってないという人も多いんです。

光嶋僕の好きなピアニストにグレン・グールドという方がいるんですが、彼はクラシックのピアノを更新した最も重要なアーティストのひとりとして、熱狂的な大成功を収めました。ただある段階で、彼は自分に対する原理主義というか、アーティストゆえの苦悩なのか、失敗してもそれを観客がわからないというところにいったんですよね。

 このライブの2時間で最高のものをみんなに聴かせようと思うんですけど、もちろん調子が悪いときもあって。自分では「こんな感じじゃないんだ!」と思っても、観客は「ブラボー!ブラボー!」というわけで、「何にもわかってないじゃないか!」となってしまった。そうして結果的に、完璧主義者のグールドはライブをやめてしまうんですよね。彼はカナダの山奥にひとりで籠ってレコーディングに走る。自分が今思っている最高のバッハをここで弾いて、美しく録音すれば、永久に最高の音楽を遺せるんじゃないかと。
 そこでGotchさんに聞いてみたかったのが、CDに最高のものが収録されたとき、ライブでの演奏はどう位置づけられるのか、ということです。そこの関係性を聞いてみたくて。

後藤僕は、録音物は録音物だという気がするんですよね。音を立ち上げていく技術がそもそも違うと思うし。なんというか録音って、例えば仏教でいう密教みたいな感じなのかなあと。一方でライブは大乗仏教なので、俗世界に降りていかないといけない。そういう意味ではレコーディングって、原理主義的にできますよね。

光嶋なるほど、そうですね。パーフェクトの塩梅を、責任を持って録音すればいいわけで。技術も発達していますしね。

後藤自分たちの教義や理想に沿って録音していけばいいわけですよね。光嶋さんが言うところのドローイングと同じことを、僕たちもやっています。
 けれどライブって観客がいるから、自分たちがいい演奏をすることも大事なんですけど、それで観客たちにその場で伝わる何かがないと意味がないような気もするんです。自分たちだけが楽しかったから、それでいいとはならない。

光嶋そうですよね。アルバムというのはもちろんオリジナルであり、ここに『Wonder Future』のひとつのやりきった音源があるんだけれど、その音源通りにただ全国30カ所でライブをやったとしても、観客はそれを求めてるわけじゃない。技術的に正確にやるということも大事なんだけれど、それ以上のものをライブでは求めるわけですよね。それがあれば、CDのようにパーフェクトには音源を反復してくれなくても、それ以上のすっごいものが出る。今回のステージデザインでは、そのパワーを空間の演出で倍増させたいですね。


後藤グールドの場合は、ただパラノイア的にすごく厳しかったんでしょうね。
 でもまあ確かにライブは、自分たちの手応えと、観客の手応えがイコールに近いほうが幸せだとは思いますけれど。

光嶋ときには、ズレもどうしてもあるでしょうね。

後藤ありますよ。僕らもたとえばフェスで、メンバーみんなでガクッとなっているときに、スタッフから「今日良かったです!」って言われたりすることもあります。逆に「今日は本当に良かったね!」と話してたら、スタッフの反応がイマイチだったりとか(笑)。それに一喜一憂するとすり減ってしまうんですよね。けれどまあ、とにかく「みんなが喜んでくれるのが良いなぁ」という気持ちです。そういう気持ちが、最近はとくにありますね。


ライブはすべて、一発だから

―― CDづくりに求めているものと、ライブでの盛り上がりに求めているものも、全然違うものなのでしょうか?

後藤レコーディングは基本的に閉鎖的な空間なので、かぎられた人数で起こるマジックを信用してやっていくものですよね。それでも......何がライブと違うのかと言われれば、ライブには観客がいるってことですよね。それが一番大きな違いです。CDだって聴衆がいるじゃないかと言われると、説明が難しいですね。

 リスナーのことをまったく考えないわけではないんですけれど、レコーディングでは記録をしている気持ちのほうが大きいんです。どうやったら自分たちの作った音を、いま一番いい形で封じ込められるのか。「10年後に誰かが聴いても、ちゃんと立ち上がるようなものにしよう」と閉じ込めているような感じはするんですけど、ライブは閉じていたら終わりですもんね。

光嶋まさにライブは、生き物のようなんでしょうね。

後藤だから何が違うかというと、鳴らしている空気自体が違うんです。レコーディングは空間として閉じているということが一番大きいと思います。自分たちで、自分たちだけの空気をコントロールしていけばいいから簡単なんですね。好きなところにドラムをセットできるし、広い部屋、狭い部屋を選んでアンプにマイクをたてられる。でもライブって、なんなら野次を飛ばしてくる人がいるかもしれないし、何が起きるかわからない。コントロールの効かない部分がある。それも含めてリアルな感じはしますよね。

 捏造まではいかなくても、ある種のフィクション性はレコーディングにはあるんですよ。全部生で録っているわけではなくて、時間軸的にはバラバラに録った音が入っています。ドラムは先週で次の週にギターだとか、さらに1カ月おいて歌を入れたりするわけで。違う時間に録っているものが、ひとつの時間芸術としてたちあがる時点でかなりのフィクション性がありますよね。ライブはすべて、一発ですから。

光嶋先ほどのグールドの話も、演者のグールドのことがどうというよりか、「じゃあ自分はコンサート会場などで観客としてどうなんだろう」というふうに自分に引きつけて考えるほうが面白いですよね。

後藤僕は人のことを見るのが好きなんです。現場で誰がどういう役割を担っているんだろうとか。バンドって、メンバーそれぞれの歩みに差があるんですよ。技術的にも音楽的にも「いまは俺が遅れているな」って感じることもあります。そういうことに注目してしまうんですね。なぜなら、楽曲だけじゃなくてバンドそのもののクオリティに関わってくるので。そういうところが自分の特徴かなと思います。
 光嶋さんの場合は、また違うんじゃないかな。違う人が集まるから楽しいんだと思います。だから今回は本当、いろいろ楽しみですね。



ふつうのライブとは違う、「もう一回」はできないツアーを

光嶋今回僕は、設計したものにドローイングを照らし出すというのもはじめてですし、そのドローイングをムービーとして動かせていくのもはじめてなので、はじめてだらけなんですよ。
 幻想都市風景を描きながら、いつかは自分の絵を動かしたいという気持ちは昔からあったんです。動かない絵を越えていくことについて、未知数で不安もありますが、本当に喜んで仕事をさせてもらっています。

後藤今回は光嶋さん、ほとんどアートディレクターですよね。

光嶋とにかくアジカンのメンバーがステージ上で気持ちよく演奏してもらえたら、それは観客にもきっと伝わると思うんですよ。ステージがぎこちないから...というふうにはならないように、それを一番に考えています。それぞれのパフォーマンスが向上するような装置としてのステージ空間が作れないだろうか。メンバーがワクワクしながら音楽をつくり出す瞬間に、観客のみんなが一緒に立ち会えることの喜びを感じたい。セットデザインが、観る者たちにとっての『Wonder Future』というライブの「記憶の風景」を築き上げる手助けになってほしいと思っています。

 今回、今までの「シンプルに音だけを楽しんでくれ」というライブハウスのような空間から、ドンと客を盛り上げていくというところに一旗上がるんですよね。エンターテーメント性というベクトルに挑戦したというところに、最大限の敬意を払いたい。

後藤当日どう立ち上がるのか不安もありますよね。思ってたようにはいかないということがよくありますから。微調整が必要な会場もあるだろうし、これは始まってみないと本当にわからないんですよね。

光嶋そういうところも含めて、何よりもやってる側、僕たちもそうだし、チームみんなが楽しまないといいものができないというのは、それは作るまでがそうだけど、これはなんのために作っているかというとライブのためなんですよね。だから、とにかくアジカンのメンバーが気持ちよく演奏できることが本当に何より大切だと思ってます。そこをクリアしたら、みんなも自然と盛り上がれるんじゃないかな。

後藤僕は、いわゆる「舞台」みたいな公演になるんじゃないかなと思っています。そういうことをやってみたい気持ちでもありますし。「このツアー、もう一回はやれないでしょ」というものにしたいです。アルバムのコンセプトにあった演出をしてみたいですしね。ただライブをやるだけだったら、アルバムが出ていなくても、なんでもないときにでもできるから。

光嶋だからある種の一回性を楽しんでやっている感じですよね。まさに今それをやっている最中であり、やってみなきゃわからない。ものごとが予定調和でない新鮮な楽しさがある。
 でもそこに向けるプロセスと、もともとのものづくりという話では、やっぱり同じ山を登っている感じはするんですね。そこに対する時代感覚で共鳴する部分があるからコラボーレーションできるというか。根底にはリスペクトがあるから、その山を一緒に登りましょうという気持ちでやっています。

後藤うん、本当に楽しみです。それにしても光嶋さんの今後も、なんだか楽しみですよね。なんかもういわゆる建築家に収まっていないので、これからどういう仕事をしていくんだろう、と。

光嶋この仕事は建築家としてのボーダーを拡張するという意味においても僕にとってターニングポイントになるかもしれないですね。そのためにも全力投球させていただきます。期待しておいてください!

―― ありがとうございました!



ASIAN KUNG-FU GENERATION Tour2015「Wonder Future」

7月5日@埼玉を皮切りにはじまる全国ツアー、
チケットや会場など詳細は【特設ページ】
http://www.akglive.com/wonderfuture/をご覧ください!



    

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