今月の特集1

(左)『現代の超克』中島岳志・若松英輔(ミシマ社)、(右)『下中彌三郎』中島岳志(平凡社)

 『現代の超克』(ミシマ社)を批評家の若松英輔さんと共著で出されている中島岳志先生。今年の3月に出版された『下中彌三郎』(平凡社)では「無理論」で「ゴッチャ」な人物とされてきた下中の一貫性を描き切りました。そんな中島先生に、8月4日、ミシマ社自由が丘オフィスのちゃぶ台を囲んでお話を伺うことに。下中彌三郎について、歴史の連続性、そして安倍政権のこと...。いまの日本が「こんなこと」になってしまった。その理由に迫る、渾身のインタビュー。今日から3日間でお届けします!

(聞き手:三島邦弘、星野友里、構成:田渕洋二郎)

政治が過剰な時代に 中島岳志先生インタビュー

2015.08.28更新



第1回 下中彌三郎「大正デモクラシー」と「戦争」と「戦後民主主義」を貫くもの

エタイの知れぬ怪物 下中彌三郎

ーーあらためて、こういう政治状況になってくると、戦前のことをしっかり学ばないといけないなというのをひしひしと感じております。中島先生の『下中彌三郎』の中で、右左のレッテルを貼らずに彼を描き切ったのは本当に見事だなと感じました。

中島ありがとうございます。下中彌三郎ってけっこう不思議な人で、おそらく「平凡社をつくった人」として一番よく知られていると思うんです。とくに百科事典の生みの親として。下中は非常に貧しい家の出で、学校教育をちゃんと受けられずにいた。ゆえに万人にとってアクセスできる知のルートを担保するということは、彼にとって重要な意味があったんですよね。だから百科事典を作ったんです。

 そして、もう一歩踏み込んでいくと、次に有名なのは、「世界連邦運動の牽引者」としての側面なんです。戦後の世界連邦論の議論の中心にいた人なんですよ。とにかく「世界連邦」が重要で、国家なんて1960年代にすべて解体されて、国連を中心とした世界統一がされるのだと言う。その時にはすべての軍事というものは超克されて平和になるのだという、戦後平和論のオーガナイザーとして知られているんですよね。とくに、原水爆禁止運動の中心に立ったので、1950年代の左派的な運動の組織者というイメージなんです。

 さらにもう一歩踏み込んでいくと、「大正期の自由教育運動の先駆者」としての下中が見えてきます。教育学の中で彼が出てくるのは、「池袋児童の村小学校」の創設に携わったからなんです。ここは大正期の自由主義教育の一番突端にある、ラディカルなことをやった学校として有名なんですけれども、たとえば、「先生と生徒の区別をなくす」とか「何時間目から何時間目はこの授業という区分をしない」とかそういう教育をする。大人が子どもから学ぶことも多く、ともに生活することそれ自体が教育なのだという、今やってもラディカルな共同教育なんです。だから下中は自由主義教育の先端として知られていて、そこではすごく高い評価をされているわけです。

 けれども私が知っていたのはこの間に挟まれた、1930年代の彼だったんです。この時代は五・一五事件とか二・二六事件を起こしていった大川周明とか北一輝などがいて、そういう周辺の人たちの中で下中彌三郎という人が頻繁に出てきました。具体的には大亜細亜協会というのをやって、アジア主義というのを鼓舞しているし、その前から革命運動的なものに関与している。この本にも詳しく書きましたけれども、八紘一宇ユートピアというのを描いた、皇国主義の権化のような人だったんですよね。
 こういう人物なので、下中はよくわからない人物だとされていたんですよ。

 1つの捉え方はパーツパーツを切り取るパターンですよね。「平凡社の創業者」「自由主義教育の先駆者」「戦後平和論」それぞれのところでは出てくるんですけど、それをトータルなものとして捉える人は誰もいなかった。捉えようとすると得体が知れないというふうになってしまうんです。「なんでこの人、自由主義教育をやって、ファシストになって、世界連邦論なんだろう」と。だからコロコロと転向するやつというイメージだったんですよね。

 でも書きたかったのはそうじゃないってことなんです。これらの問題はまさに一体化した問題で、人間が「ユートピア」に到達できるという観念ですよね。みんなが他者とのわだかまりをこえて、すべてが心と心でつながりあったそういう世界というものを人間が切り開けると思う、私にとっては「傲慢さ」が彼の中にはある。そしてその中には必ず「他者排除」が生まれてきてしまうんです。寛容とか他者などをないものとしてしまう思想で、その典型として下中を描きたかったんです。だから右左で分けるのではなく、全部同じものに見えるという危うさを書いてみたかった。



大正デモクラシーの中にあったファシズムの萌芽

中島また、この「自由主義教育者」から「ファシスト」への変遷というのは、断絶があるように見えますけど、下中にとっては連続しているということを描きたかったんです。大正デモクラシーというのは1920年代の頭なんですね。吉野作造とか、普通選挙法なんかも1925年ですし。でも1930年に入ると一気に満州事変、五・一五事件、血盟団事件などがある。
 みんながうまく説明できていないのは、なぜ大正デモクラシーから満州事変がたった10年なのかという問題なんですよね。

 日本近代においてもっとも自由主義が謳歌された時代が、なぜあっという間にファシズムへと向かってしまったのかという。「大恐慌が来て、みんなが追い詰められて、そして転換していく」みたいな説明もあるんですけども、私が考えたのは「大正デモクラシーの中にファシズム的要素があるのではないか」という問いなんです。大正デモクラシーのユートピア的な考え方を極端に推し進めていけば、全体主義につながるという危うさがここに潜んでいるのではないかというのが私の考えです。

 思想史をやった場合、東大新人会といった当時一番デモクラットだった人たちの集まりが、1930年代にほとんどファシストになって、大政翼賛会礼賛になって、そして戦後平和主義になっていくというパターンがものすごく多いんです。だからまず一つは大正デモクラシーにメスを入れたい、という思いがあった。これは現代にもつながってくるんですが、この間まで、労働運動とか、派遣村とか盛り上がっていたわけです。あれは小泉内閣から第一次安倍内閣の新自由主義的政策の結果で、そのあり方への批判が反貧困運動となって結実し、民主党政権の成立になりました。しかし、あっという間に挫折し、第二次安倍内閣への高支持率状態に突入しました。この現象は断絶があるように見えて、連続していると思うんです。そのつながりを考えたい。


大東亜戦争と戦後民主主義は連続している

『アーロン収容所』会田雄次(中公文庫)

中島私自身がいろいろな本を読んできた中で、大東亜戦争に対するもっとも厳しい批判者たちって、保守主義者なんですよね。田中美知太郎とか。彼は戦後保守を代表する哲学者ですけれども、彼が『時代と私』っていう自身の回想録を書いているんですよ。それを見ると彼は1930年代が嫌で仕方なかったようなんです。馬鹿な軍人たちが日本を食いつぶしていってると。彼は「反戦」だった。だからといって戦後は良かったとはいわない。彼は戦後の民主主義万歳といっているやつと戦中煽ったやつは同根の存在だって言うんですよ。田中だけでなく、同じようなことをみんな保守の人たちがいってる。福田恆存もそうです。京大でいうと会田雄次さん。彼の『アーロン収容所』なんかはそうですけれど、ビルマ戦線に行かされて、嫌で嫌でしかたなかった。なんと合理的な判断ができない馬鹿な日本になってしまったんだという。

『ある異常体験者の偏見』山本七平(文春文庫)

 山本七平だってそうです。彼が『ある異常体験者の偏見』という本を書いているんですよね。彼も戦争に行って嫌な思いをして帰ってきた人でした。戦後になって左派の文章に「中国革命がうまくいったのは、中国の人民の自由に向けた精神性の強さだった」みたいな文章が出てきたとき、山本七平はそれに食ってかかるんです。彼らに対し「あんたたちは戦前の全体主義者と同じことを言っている」と批判するんです。そういうふうに戦前のファシストと戦後左派が同根のものとして現れているとき、自分は両方に対する批判者にならなくてはいけない、というのが彼の論評なんです。

 保守思想家たちが言いたかったことは、大東亜戦争と戦後民主主義は連続しているということなんですよね。昨日まで天皇万歳と言っていたやつが突然、天皇の責任だと言い出す。そして、民主主義万歳、アメリカ万歳になっていく。全体主義と戦後民主主義の連続性を見抜き、その両者に対する一貫した批判を持つのが僕のいう保守であるんです。にもかかわらず、今は保守と言っている人たちが大東亜戦争肯定論をするわけですよね。「この時代はよかった」、「正しい戦争だった」と。こういうことが思想史を勉強してきた人間にとってはおかしくって仕方がなかった。そのねじれに対して物を言いたいというのが、裏テーマになっている本なんです。

   

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中島岳志(なかじま・たけし)

1975年、大阪府生まれ。北海道大学大学院法学研究科准教授。大阪外国語大学でヒンディー語を専攻。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。専門は南アジア地域研究、近代思想史。著書に、『中村屋のボース―インド独立運動と近代日本のアジア主義』(白水社、大佛次郎論壇賞、アジア・太平洋賞大賞受賞)、『秋葉原事件―加藤智大の軌跡』(朝日文庫)、『血盟団事件』(文藝春秋)、『アジア主義 ―その先の近代へ』(潮出版社)等多数。

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