今月の特集1

(左)『現代の超克』中島岳志・若松英輔(ミシマ社)、(右)『下中彌三郎』中島岳志(平凡社)

 『現代の超克』(ミシマ社)を批評家の若松英輔さんと共著で出されている中島岳志先生。今年の3月に出版された『下中彌三郎』(平凡社)では「無理論」で「ゴッチャ」な人物とされてきた下中の一貫性を描き切りました。そんな中島先生に、8月4日、ミシマ社自由が丘オフィスのちゃぶ台を囲んでお話を伺うことに。下中彌三郎について、歴史の連続性、そして安倍政権のこと...。いまの日本が「こんなこと」になってしまった。その理由に迫る、渾身のインタビュー。今日から3日間でお届けします!

(聞き手:三島邦弘、星野友里、構成:田渕洋二郎)

政治が過剰な時代に 中島岳志先生インタビュー

2015.08.29更新



第2回 煩悶青年、坂の上の雲の中の人たちについて

雲を目指した青年と雲に入った青年

ーー 伺っていて、大正デモクラシーから1930年代への連続性と戦中戦後の連続性というのが本当によくわかりました。

『坂の上の雲』司馬遼太郎(文春文庫)

中島下中もそうなんですけれど、背後にあるのが、煩悶という問題なんですよね。特に大正期くらいの青年たち特有の心の問題というのがあって、たとえば1903年に藤村操という人が華厳の滝に飛び込んで自殺してしまう。藤村もやっぱりエリートに生まれて、父親も銀行の頭取みたいな人なんです。一高に入ったけれども、自分の人生いったいなんなんだって思い始めるわけですよ。自然と共に生きたいのに、なんでこんなに自然に対してよそよそしい感情を覚えるんだろうとか。そして悩んだ末に飛び込んでしまうんですよね。

 そのような日露戦争の後の青年たち、というのがわたしにとってすごく興味があるんです。日露戦争の青年というと司馬遼太郎の『坂の上の雲』を思い出されるかもしませんが、あの本が面白いのは、中身よりもタイトルなんですよ。司馬さんは坂を一生懸命登っている青年たちが好きで彼らを描いた。幕末の時に不平等条約を結ばされて、一生懸命坂を登って、なんとか坂の上の雲にたどり着き、一等国を目指す。だから頑張ろうぜという若者を生き生きと書く。けれども司馬のメタファーが面白いのは、坂の上にあるものが「雲」なんですよね。たぶん、その坂を明治の日本が登りきったのが、日露戦争なんです。

 その後韓国併合なんかもあって、植民地大国として一等国化した日本は、司馬さんにとっては雲の中に突入した日本だったんです。だから遠くから見たら何か実体があるように見えても、そこに入ってしまうとつかみどころがなく、先行きが見えない。僕が興味を覚えるのはその「雲に入った青年」なんです。
 たとえば下中とか、大川周明とかは1880年代生まれなんですよ。そうすると日露戦争の時に10代後半から二十歳前後くらい。この多感なころに国家と同一化して、国家の目標と自分の目標、立身出世みたいなものが一致できるようなあり方を疑った人たちなんですよね。


大正期の青年を描く『檸檬』

『檸檬』梶井基次郎(新潮文庫)

 大正期になると国家みたいなものが文学から消えていくわけです。京都でいうと梶井基次郎なんて典型なわけです。『檸檬』って彼が第三高等学校にいた頃のことがモチーフの小説ですけど、彼は学校に行けないわけですよね、悶々としてて、町のほうへいっても日陰ばかり歩くんです。すごくあこがれて三高に入って、その象徴が丸善だったんですよね。洋書がたくさんあり、そこで美術誌を広げるというのがカッコいい時代だったんです。鬱々しているところに、果物屋があってそこでぱっとレモンをつかんで買う。それで懐に入れたらドキドキしてきて、なんか今日丸善いける気がすると。それで丸善に行ってふらふらしてるんだけれども、本の内容が入ってこない。その時にぱっと思い浮かんだのは、そこに爆弾を仕掛けるようにレモンを一個置いていったらどうなるだろうということでした。そして一個レモンを置いて京極通りに歩みだすんですよ。明るい道に歩いて行けた。この話には国家とかは関係ないんですよね。彼自身が悶々として、レモン買ったらテンション上がったという話ですよね。でもそれが文学として成立する時代がやってきたんです。そんな時代だったのに、なぜ、1930年代にファシズムに向かってしまったのか。


ファシストと共産主義者はあまり変わらない

 それを読み解くキーワードとしては、下中というのは「革新主義者」であることなんです。すごく悩んだ末に、絶対的な他者との信頼関係か、絶対的な他者と世界というものに人類は到達できると思い込む人なんですよ。彼らは天皇陛下と私たちの間に入って、良からぬことをやっている人たちを倒さなくてはいけないと考える。それによって社会変革をすれば自分たちも良い社会が作れるという人たちですよね。この視点において、ファシストと、共産主義者ってあんまり変わらないんですよ。これに対して、僕は強烈な違和感があるんです。すべてを解決して、世界を統一するぞという論理が嫌なんですよね。オウムにも見受けられるし、左翼とか右翼とかいろんなものに見受けられるんですけども。ここを丁寧にするというのが私自身の考えていることなんです。

 過去にはインドで研究調査して、ヒンドゥー教右派団体と共同生活していたことがあるので、「戦場ジャーナリストになりたいんです」っていう学生の男の子とかくるんですよ。「どうやったらそういうところに潜入できるんですか」みたいな。そういう彼らにいつも「とりあえず家帰って部屋片付けなさい」って言うんですよ。みんなひとっとばしというかね。その性急さっていうのがよくない気がします。

    

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中島岳志(なかじま・たけし)

1975年、大阪府生まれ。北海道大学大学院法学研究科准教授。大阪外国語大学でヒンディー語を専攻。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。専門は南アジア地域研究、近代思想史。著書に、『中村屋のボース―インド独立運動と近代日本のアジア主義』(白水社、大佛次郎論壇賞、アジア・太平洋賞大賞受賞)、『秋葉原事件―加藤智大の軌跡』(朝日文庫)、『血盟団事件』(文藝春秋)、『アジア主義 ―その先の近代へ』(潮出版社)等多数。

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