今月の特集1

『ミシマ社の雑誌 ちゃぶ台「移住×仕事」号』(ミシマ社 編)

 今月、ミシマ社10年目突入の節目に、初となる雑誌『ミシマ社の雑誌 ちゃぶ台「移住×仕事」号』を創刊しました。編集長のミシマも、雑誌編集者としては新米一年生。初めての雑誌づくりを経験する中で、雑誌づくりについて知りたい、あんなことこんなことが、フツフツと湧いてきたのでした。
 じつは当初、『ちゃぶ台』は7月に発刊される予定でした。その頃に、雑誌づくりの大大大先輩である松家仁之さんにご連絡をして、「これを刊行する暁にはぜひトークイベントをご一緒させていただけないでしょうか」と恐れ多くもお願いしたところ、「ぜひ」とすぐにご返信が...! ところがその後、初めての雑誌づくりと格闘するうち、刊行は延びに延びてゆきました。
 「この雑誌出るの?」と寄稿いただいた方からも言われながら、ついにめでたくこの10月に発刊、松家さんとのトークイベントが実現するにいたったのでした。
 「雑誌って何?」「台割って何?」「紙の本の行方は...?」。温かな会場の雰囲気に包まれながら話は深まり、「いま、雑誌をつくるということ」が少しずつ手応えをもって見えてきたような、そんなイベントとなりました。今回の特集ではその一部を、3回にわたってお届けいたします。

(構成:星野友里、構成補助:寺町六花、写真:池畑索季)

いま、雑誌をつくるということ 松家仁之×三島邦弘(1)

2015.10.28更新



雑誌とは台割である。

松家いちばん衝撃的だったのは、今度雑誌を出しますと三島さんからうかがったとき、「台割のない雑誌です」っておっしゃるんです。台割がないっていうのは、どう言えばいいのかな・・・

『ちゃぶ台』背表紙

『ちゃぶ台』の背表紙を見ていただくとわかると思うんですけど、16ページの束みたいなものが10束集まって綴じられて、160ページの雑誌や本ができるんです。ですから雑誌を作るときも本を作るときも、総ページ数というのは一応決めてから編集作業を始める。途中で変わることはもちろんありますけれど。そこから、特集に何ページ割こう、ここはコラムにしよう、とか、たいへん面倒くさい割りふりをして、何とか総ページ数におさめるのを「台割」と言うわけです。全体の進行も、それをもとに決まります。列車にとってのダイヤみたいなものですね。
 だから台割のない雑誌と聞いたときは、本当に三島さんならではだなと思いました。僕は「雑誌とは台割である」と思っていたから。

三島それでいくと、これは雑誌ではないですね(笑)。

松家いやいや(笑)。できあがってきたものを見て、さらにひっくり返ったんです。原稿が届いた順に記事が並んでいるんですよ。雑誌全体が制作順になっている。ようするに雑誌がつくられていくこと自体がライブになってるんですね。じつは台割というのは作ると安心してしまうんです。そのいっぽうで台割ができた瞬間に雑誌が半分くらい死ぬ感じがある。うまく言えないんですけれど。

三島おお、そういうのがありますか。

松家特集の取材内容が変わったり、あがってきた原稿の枚数が大幅に違ったりすると、もう一回台割を作り直したりします。一箇所を変更すると全部がぐしゃぐしゃになりますから、全部をおさめ直すのはすごく大変。だからぴっちりおさまるとものすごい快感で、編集部が局地的に盛りあがって生き返ったようになります。ほとんど読者には関係がないし、気づかれない盛りあがりですけれど(笑)。
 まあとにかく、雑誌で台割を作らないことを考えた人は、今までいないと思いますよ。

三島いや、それは・・・。すっごいうれしいです(笑)


原点回帰の装丁

松家もう一つおもしろいのは、ページの束がいくつあるか、背中が見えるようになってるんです。普通は背表紙があるから隠れて見えない。これは見えるようになっていてしかも「ちゃぶ台」と背中に直接印刷されている。台割のない雑誌だから、総ページ数も決まらないわけで、つまり背幅も決まらない。これじゃ装丁もできないわけですよ。

三島たしかに。いや今回ね、すっごくデザイナーが怒ったんですよ。いくらなんでも三島さん、これはひどすぎると(笑)。どうやってデザインしたらいいんだと。

松家ははは(笑)。だからこれは苦肉の策ですか? 普通は、総ページ数が決まると、束見本という印刷されていない仮の白い本をつくって、それで背幅が決まるんですね。デザイナーは束見本も確認して、背幅の決まった表紙やカバーをつくることができるわけです。だから台割がない雑誌の逃げ道はこう来たかと。非常にずるい(笑)。これはデザイナーと相談しているうちにこういう背にするしかないね、となったんですか?

三島するしかないというか、これまでもデザイナーの矢萩多聞さんが、「背に印刷したらおもしろいかも」と言っていて。『偶然の装丁家』という著作がある、すばらしい装丁家さんなんですけれども。だいたい、彼が自分で自分の首を絞めるようなことを言っているんですよ(笑)。それで、僕が「いいですね~、やりましょうやりましょう」と。ひたすらおもしろいことをやっていきたいので。

松家しかもこれ、緑色の糸でかがっているんですよ。昔の本は、ちゃんと糸でかがって、そのうえで製本してたから、簡単にばらばらにはならないんです。今のソフトカバーは単に強力なゴムのようなもので接着しているだけだから、けっこう簡単にとれてしまう。糸でかがってある本なんて久しぶりに見たなと思いました。これも矢萩さんの提案ですか?

三島そうですね。これはコデックス装と言って、今、このやり方の本がちょろちょろっと出てきているんですけど。

コデックス装なので、ぱかっと開きます!

松家コデックス装って、皆さん、わかりますか? 本のルーツを昔にさかのぼると、本の原型は手でひとつひとつ書いて綴じた写本なんです。表紙やカバーのある製本が登場する前の状態、それを冊子写本、コデックスと言うわけです。今なるほどと思ったのは、三島さんは自分たちの出版社のありようを「原点回帰」っておっしゃるけれど、装丁も雑誌も原点回帰なんですね。コデックス装ってまさに、本の原点ですから。


三島そうか、僕はそれをしたかったのか(笑)。ありがとうございます。これは本当におもしろくて、ぱかっと開くんですよね。だから両手を自由にして読めるっていうのは、この装丁の良いところだと思って。これはやって良かったなと思っています。


(つづきます)

   

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松家仁之(まついえ・まさし)

1958年生まれ。大学卒業後、新潮社に勤務し、海外文学シリーズの新潮クレスト・ブックス、季刊誌「考える人」を創刊。2012年、長編『火山のふもとで』で小説家としてデビュー、同作で読売文学賞受賞。第2作は北海道を舞台にした『沈むフランシス』、第3作は『優雅なのかどうか、わからない』。2014年10月、編集制作として携わる雑誌『つるとはな』を創刊。

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