今月の特集1

(左)『坊さん、父になる。』白川密成(ミシマ社)、(右)『死では終わらない物語について書こうと思う』釈徹宗(文藝春秋)

 今年9月、ついに『坊さん、父になる。』(ミシマ社)が発刊となりました。
 24歳で突然住職になった著者・白川密成さん。坊さん歴も10年を超え、尼僧の奥さんと恋に落ち、結婚。第一子にも恵まれて、順風満帆な坊さん生活を送っているかに思えたのだけど――心身の不調、結婚、そして父になるという重みetc...に悩みまくり、日々を生きるなかで、仏教を通して見つけたものたちが詰まった渾身の一冊が、ついに誕生!

 今回の特集では、その刊行を記念して、スペシャル対談を行いました。お相手は、密成さんもミシマ社一同も尊敬してやまない、釈徹宗先生です。
 『坊さん、父になる。』と時を同じくして刊行された、釈先生の新刊『死では終わらない物語について書こうと思う』の話や映画『ボクは坊さん。』の話にはじまり、日本仏教の特殊性や面白さ、そして「ホーム僧侶」の提案まで!?
 最終回では、お二人の共通点があきらかに。第1回第2回もお楽しみください。

(構成:新居未希、写真:中谷利明)

二人の坊さんは、こう考える。 釈徹宗×白川密成(3)

2015.11.27更新


わかる言葉で語ってみたら

密成僕は24歳で住職になったので、会社にいたら本当にただのペーペーなのに、日々の儀礼や法事、民間行事の中に参加するなかで人の上に立たななければならない、中心にいなければいけない立場でした。もう、どう見ても迫力がないというか、説得力のなさの塊だなと自分で見てもわかったんですよね。

(笑)。確かにお坊さんというのは、年嵩がいくことによってありがたさが増しますよね。若い僧が来ても、あまりありがたく思われないみたいなところがあって。
 たぶん同じことを言うのでも、30〜40代で言うのと、70〜80代で言うのではかなり違います。それこそ数値化できない領域のものの厚みでしょうか。

密成そうなんです。そこで自分がとりあえずやってみようと思ったのが、「今こんなことをやっていました」「お彼岸にはこんなことをやっていました」とかを、一般の人にもわかる言葉で話すことです。専門用語を一切使わずに「要約するとこんなことをしてましてん」と話したら、「えーっ、そんなことしとったんや!」とすごく喜んでくださったんですよね。

それは密成さんのお人柄でもあるでしょうねえ。

密成栄福寺はお遍路さんの札所なので、たとえばお遍路さんに弘法大師の言葉を一言紹介すると、「お参りはしとったけど、弘法大師の言葉って実は生まれて初めて知った」という方が実はすごく多くて。あまり自分が本を書くタイプの人間ではないということはわかっているんですが、わかる言葉、理解できる言葉で話したときに喜んでくださる人たちがいるという原体験が大きいです。

そういった経験が、等身大の言葉でつづる著作につながるのですね。


重なる意思を持つ二人

密成釈先生は学者として研究をされながら、常にわかる言葉で語る、研究的な対象ではない人にも語るというスタンスでずっと活動されてきたというふうに思うんですが、それはどのような思いがあってのことなんでしょうか?

その辺りには密成さんと似た面があると思います。お寺に生まれ、仏教を身近に感じていたものの、あらためて考えてみるとわかったつもりでわかっていないところはたくさんあるなと。人に伝えようとすると、自分のわかってなさが表出したりしますでしょ。自分自身でも飲み込みやすように、咀嚼するような感じで語ろうとしています。
 そもそも、私はどうも宗教的な才能に恵まれていないようです。もしお寺に生まれていなかったら、宗教をバカにするようなタイプの人間になっていた気がするんです。

密成ええ、釈先生が、ですか! 意外すぎて、びっくりしました。

本当です。それは自分でも実感しているところです。
 だから、宗教的才能がなくても、それほど宗教とご縁がなくても、宗教をバカにするような面をもっていても、わかるような言葉や文章があるといいなあ、などと探しているようなところがありまして。
 おそらく、密成さんも24歳で住職になったということが大きかったのでは?

密成そうなんです、それはすごくそう思います。

まだよくわかっていないのに、人に話さないといけないポジションに立たされたわけでしょう。表現者・白川密成の魅力はそこにあります。上から物を言わずに、悩んでいるところもあまり隠さずに、その時その時で精一杯の言葉を駆使して語っている。
 長い間お坊さんをしていると、初学の頃にはわからなかったことが、いつの間にかわかった気分になってしまう。そうして、どんどんテクニカルな用語を使うようになってくる(笑)。

密成わあー、わかります、なりますね(笑)。

確かに専門用語というのは、多様な意味が凝縮されていますので、仲間内では便利です。でも、ついわかった気になってしまう。あらためて、「無我」を説明しろと言われると、けっこう難しい。
 とにかく、自分自身がしっかりと向き合った上で、腑に落ちた言葉を使いたい。そうでなければ、人にも伝わらないだろう。そんなイメージをもっています。

密成釈先生も、そうなんですね。

70・80代だからこそ語れることもあるでしょうし、20・30代のお坊さんじゃないと書けないものもあるに違いありません。『ボクは坊さん。』や『坊さん、父になる』は、そういうタイプの本だと思います。今日のお話を聞いて、密成さんも私も向いている方向は同じだなと感じました。


*お二人の対談、いかがでしたか? 釈先生、密成さんともに「わかる言葉」で書かれた本たちは、スッと身体の中に染み込んでいきます。さむ〜い冬の夜長に、ぜひゆっくり、読書をお楽しみください!

   

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釈徹宗(しゃく・てっしゅう)
1961年生まれ。宗教学者・浄土真宗本願寺派如来寺住職、相愛大学人文学部教授、特定非営利活動法人リライフ代表。先行は宗教思想・人間学。大阪府立大学大学院人間文化研究科比較文化専攻博士課程修了。その後、如来寺住職の傍、兵庫大学生涯福祉学部教授を経て、現職。『法然親鸞一遍』『図解でやさしくわかる 親鸞の教えと歎異抄』『ブッダの伝道者たち』『仏教シネマ お坊さんが読み説く映画の中の生老病死』(秋田光彦との共著)『聖地巡礼ビギニング』(内田樹との共著)『大阪の神さん仏さん』(高島幸次との共著)など多数。

白川密成(しらかわ・みっせい)
1977年愛媛県生まれ。栄福寺住職。高校を卒業後、高野山大学密教学科に入学。大学卒業後、地元の書店で社員として働くが、2001年、先代住職の遷化をうけて、24歳で四国八十八ヶ所霊場第五十七番札所、栄福寺の住職に就任する。同年、『ほぼ日刊イトイ新聞』において、「坊さん――57番札所24歳住職7転8起の日々――」の連載を開始し2008年まで231回の文章を寄稿。2010年、『ボクは坊さん。』(ミシマ社)を出版。2015年10月映画化。他の著書に『空海さんに聞いてみよう。』(徳間書店)がある。

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