今月の特集1


 2015年12月、シリーズ「コーヒーと一冊」第2弾が発刊となりました。その第2弾3作品のラインナップのうちの一つが、『K氏の遠吠え 誰も言わへんから言うときます。』。著者の江弘毅さんは、関西といえばこの雑誌「Meets Regional」の創刊から12年にわたり編集長を務め、著作も多数。いわば街の達人なのです。『K氏の遠吠え』では、街と食の話はもちろん、ファッションや音楽など、「あれ?」と思いつつも口にできなかったあんなことこんなことに踏み込みまくり! 「批評家・K氏(こと江氏)」誕生の一冊です。
 今回はその発刊を記念して、「働くこと」を書かせたら右に出るものはいない、大阪在住の作家・津村記久子さんとおこなわれた対談をお届け。津村さんの新刊『この世にたやすい仕事はない』の話から「これってどうなん?」な話まで、テンポ良い爆笑トークをお楽しみください。

(2015年11月29日 紀伊國屋書店梅田本店にて収録 構成・写真:新居未希)

街場の遠吠え 江弘毅×津村記久子(1)

2016.01.26更新

スーッとするし、パーッとなるし

津村『K氏の遠吠え』、ほんとに面白いです。大先輩の江さんに言うのは本当におこがましいんですけれども、文章がお上手で、そしてものすごく賢い。「ここを見るか!」という街のディテールを見ていて、勉強になるし笑えるし、もう「わかる!!!」っていう感じなんです。大阪のことを書いてはるだけではなくて、世の中の「どうすんのも〜このH&Mとかもぉ〜〜」みたいな状態とかを、ものすごいきれいに切り取ってくれてはって、スカッとしますし、そのぶん自分の身もさらされる。私ちょっとこの人には嫌われたくないなと思えるような(笑)、読み終わったらパーッと視界が晴れるような本なんじゃないかなと思います。

ありがとうございます。津村さんの小説は、ひとつの舞台のセットになっているなかを突き進んでいくねんけど、そういう網の目から掬い取られへん、どうしようもなくにじみ出てくることが書かれてますよね。そんなんばっかりで面白い。

津村うん、そんなんばっかり。基本そんなんです。いままで散々、パワハラのこととか書いてきたんですけど、『この世にたやすい仕事はない』では、なんて言ったらいいんかな、いい人ばっかりのところで何で辞めなあかんねやろ、辞めることになっていくんやろ、みたいなことが書きたかったんですよね。

はいはいはい。

津村自分のやりたい仕事をしてるのにしんどいことってあるじゃないですか。具体的に「あいつ腹立つ!」っていう人がおればいいんですけど、そんな人もおらんっていうときに、なぜか苦しい。そういうことありませんか? やりたい仕事はしてるしその仕事そのものにも合ってるんやけど、いろんなしがらみの中で人間が疲弊していく、みたいなことを書きたいなと思って。

わかります、ようでてると思います。


読めない大阪弁書きました。

津村わたしと江さんの、ないようであるけどあるようでない共通点って、ディテールかなと思うんです。『この世にたやすい仕事はない』はディテールをすごくつめましたし、『K氏の遠吠え』は、街とか世の中のディテールを見てるんですよね。主流のものが「元からわたし主流ですから」みたいな顔して歩いてるような物事に関して、江さんが「いやいやー」と(笑)。「そうですかね?」ということを、「ここはこうでこうで、こうや」とものすごい速さで電卓叩いていくんを見せるみたいなとこがあって。で、合ってるんですよ実際その数字は。......っていうような本ですよね。

今回わりと意識して、読めない大阪弁書きましたね。

津村読めない大阪弁!?

地の文じゃなくてカギ括弧のなかに入れてますけど、荒れさせたというか。この本ムチャクチャやし、ゆうたら悪口罵詈雑言の類いじゃないですか。それって、言いっぱなしだったら救いようないじゃないですか。

津村文章に、ドライブ感って言ったらごまかし感があって嫌なんですけど、そうとしか言いようのない疾走感があるんですよね。いまお話聞いてて、そういうのってもしかしたら、大阪の話し言葉から生まれるものなのかもしれへんな、と思いました。だから「ナントカやんか」「大阪すっきやねん」みたいに訛ってなくても、基本的に言葉を並べていくプロセスの部分にすごい疾走感があるっていうのは、大阪の人同士がしゃべることによって洗練されていくものなのかもしれないなぁと。そういうものの極みみたいな文章だと思います。

もうこの歳じゃ東京に住めないし、京都にも住めないんですよね。住めないとかいって、神戸に住んでるんですけどね、ぼく。さっきも津村さんに「なんややらしいな、岸和田とか言っといて江さん神戸やんか!」と言われた(笑)。

津村そう、もうどうしたらいいのかなと思って、取り残されたような気分になったんですよね。「えっ、わたし大阪なんやけど......」みたいな。


原稿、どこで何に書く?

津村江さん、原稿は会社で書いちゃうんですか?

家でも書きますけど、会社が多いですね。会社はデスクトップやけど、家やとノートパソコンなんです。キーボードがちゃうかったら進まへんのですよ。ピッチとかが変わってしまったら。

津村繊細ですね。

ごっつい、タイプのアレがきついんですよ。ばちんばちんって。そやし、リターンキー絶対2年で潰れますもん。ばーんて。割れてしまうというか。

津村小指が強い(笑)。私はけっこう、同じものずっと使ってると飽きてくるんですよ。同じ画面を見ながら、同じキーボードで、同じような文章打ち込んでたらすぐ飽きてくるから、ノートに書いたりとか。

手で? 手で書くっていうのはいいですね。人生のうち半分ぐらい、書いたりとか編集の仕事してて、原稿用紙と鉛筆と消しゴムやったんが、キーボード叩くようになって、ごっつい変わりましたね。ものの見方とか。

津村よくなりました? どうですか?

はじめはしんどかったんですよ、文体が変わってくるし。そやけど今はもう、よう戻りませんね。


全部手書きにして見直したほうがいい

津村手書きのほうがいいなって、時々思うときがありますよ。字が汚いんです、私。だから書くことで改まるというか。字がすっごいあほそうで、頭悪そうなんです。きったない字、小5の男みたいな字で。

ぼくなんか字がシーラカンスやて言われてますもん。生きた化石やで。ひどいでしょ、言われ方。

津村でもね、そのほうがちゃんと書こうって気しません? パソコンとかのフォントってすごいきれいやから、何書いてももっともらしく見えるし。「あ¨あ¨っ」っていう文章、ネットとかであるじゃないですか。それこそ『K氏の遠吠え』には食べログのことが出てきますよね。嬉しそうな口で言いますけど、食べログで悦に入って書いてる人いるじゃないですか。ああいう人らってね、たぶん1回全部手書きにして見直したほうがいいと思うんです。

ええこと言うなぁ! それ目から鱗ですわ。

津村あれたぶん、自分にほんとに説得されちゃってるんですよ。きれいなフォントで出てくるから、どんな文章ももっともらしく見えちゃうというか。だからネットの文章って暴走していくんじゃないかなと。嫌なことをびっくりするぐらい嫌なふうに吐き出すでしょう。ああいうのって、一度フォントに変換されることによって、いいものになっちゃうんですよね。見本になっちゃう。

仰ってることようわかります。ほんまに、悪口的なものとか、呪い的なものなんて、わりと手で書いたらやばいですもんね。

津村そう、手で書いたらやばいんですよ。私の悪口ノートもすごいやばいんです。ほんとにやばい。

そんなんあるんですか、今度見してください(笑)。

津村ゆうても日記で、ネタ帳のつもりやったんですけど、気がついたら悪口ばっかりやったんですよ。「うう〜もう嫌〜」みたいなことがいっぱい書いてあるんですけど、自分の字で書いてあるから、馬鹿丸出しなんです。手書きのノートとiPodのメモの2種類あるので、手書きの悪口とフォントの悪口があるんですけど、やっぱり手書きは馬鹿そうなんですよね。すごい反省するんです。

なるほどなるほど。

津村フォントのほうで打ち出したのを見たら、真面目に書いてるんですよ、ひどいことを。きれいな字で。何かもう嫌やな〜と思って、そっちは消しちゃったんです。で、もう一切書かなくなった。でも、手書きは残してるんです。頭悪そうやからおもろくて残してる。

それは言えるな。なかなかすごい。また目から鱗ですわ。さすが言語感覚鋭いなぁ。

(つづきます)


   

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江弘毅(こう・ひろき)
1958年、大阪・岸和田生まれの岸和田育ち。神戸大学農学部卒。『Meets Regional』(京阪神エルマガジン社)の創刊に携わり12年間編集長を務めた後、現在は編集集団「140B」取締役編集責任者。著書に『岸和田だんじり祭〜だんじり若頭日記』(晶文社)、『「街的」ということ』(講談社現代新書)、『街場の大阪論』(バジリコ)、『「うまいもん屋」からの大阪論』(NHK出版新書)、『有次と庖丁』(新潮社)、『飲み食い世界一の大阪~そして神戸。なのにあなたは京都へゆくの~』(ミシマ社)など多数。

津村記久子(つむら・きくこ)
1978年大阪府生まれ。2005年『マンイーター』(『君は永遠にそいつらより若い』に改題』で太宰治賞を受賞し、作家デビュー。08年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞、09年『ポトスライムの舟』で芥川賞、11年『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞、13年『給水塔と亀』で川端康成文学賞を受賞。

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