今月の特集1


 2015年12月、シリーズ「コーヒーと一冊」第2弾が発刊となりました。その第2弾3作品のラインナップのうちの一つが、『K氏の遠吠え 誰も言わへんから言うときます。』。著者の江弘毅さんは、関西といえばこの雑誌「Meets Regional」の創刊から12年にわたり編集長を務め、著作も多数。いわば街の達人なのです。『K氏の遠吠え』では、街と食の話はもちろん、ファッションや音楽など、「あれ?」と思いつつも口にできなかったあんなことこんなことに踏み込みまくり! 「批評家・K氏(こと江氏)」誕生の一冊です。
 今回はその発刊を記念して、「働くこと」を書かせたら右に出るものはいない、大阪在住の作家・津村記久子さんとおこなわれた対談をお届け。津村さんの新刊『この世にたやすい仕事はない』の話から「これってどうなん?」な話まで、テンポ良い爆笑トークをお楽しみください。

(0215年11月29日 紀伊国屋書店梅田本店にて収録 構成・写真:新居未希)

街場の遠吠え 江弘毅×津村記久子(3)

2016.01.28更新


「おいしいものしか食べたくないのよね」っていう人おもんない

けど大阪だけですよね、揚げもんに関して「あそこの店おいしい」とかじゃなくて、「あそこええ油つこてる」っていうの。

津村大阪だけなんですか? え、知らんかった。あの、私が前に働いていた会社って、まずいもん食べてたら軽蔑される会社やったんですよ。お昼に、会社の人たちの中でまずいとされてる店に一回でも行ったら、ずっと言われるんです。「津村さーん、あんたあの店行ってたやろ」「あそこまずかったやろ」みたいなことを言われる。しかも一人に言われるんじゃなくて、いつの間にかみんなが情報を共有してて、津村さんあの店行ってんて、まずいのに、まずかったやろ、ってずっと言われて、バツが悪かったですね。「あそこ、使ってる油悪いやんか」って、やたら言うてました。

ぼく、けっこうまずい店行きますよ。わりと平気で。

津村へー、それは、まずいもん食べたくなって行くんですか?

いやいやいや、あの、ムチャクチャまずくはないですよ。食べられへんことはないけど、まずい、という「まずい」ね。あのぉ、うまいとされるもんばっかり食うてたら、ストライクゾーンが狭なって、人生が不機嫌なってきよるんですよ。

津村あぁ、うんうん。

味覚って変容しますやん。たとえばスーパードライって、コンビニで飲んでも、行きつけのお好み焼き屋で飲んでも中身一緒ですよね。滝に打たれてもキャンプでも中身は一緒。でも味は絶対ちゃうってわかってますやん。それを自覚して、実は味覚ってめちゃくちゃ変容するもんや、っていうほうへ軸足置いたほうが、世の中がおもろく見えるで、というのを養老孟司先生に教えてもらってんな。

津村じゃぁ江さんは、根拠があってまずいもん食べてるんや。

まずいというのを自分でも感じて、周りにもまずい店やと言われてる。でもそれが何らかの拍子で食えるようになることってありますやん。

津村あるかもしれない。まずいもん食べたいっていう気分は、なんとなく理解できるんです。あえてまずいもん食べてるときとかありますよね。なんて言ったらいいんやろう、何か、余裕がある感じですよね。「私、おいしいものしか食べたくないのよね」っていう人おもんないですもんね。

そうそう。


行ってるとこ全部楽しくなかったらツウではない

そやけどもうぼくは、「まずいものは食べたくないのよね」的な人にかかっていこうとは思わへんなぁ。昔ようかかっていってね、泣かすぞ言うてましたわ。

津村それこそさっき言うてた、食べログでムチャクチャ書いてる人が、そういう人かもしれないですよね。

店あちこち食べ歩いて悪口書いてるやつって、消費者であってグルメかもしれないけど、人生のツウではないですね。ツウは行ってるとこ全部楽しくなかったらツウではないです。

津村格言や。

いまグルメの情けなさとかって、すごくそこらへんにありますよね。

津村上澄みばっかり欲しがる人はいますよね。でもなんか薄っぺらなんですよね、そういう人って。そらええもん食べてるしええもん着てるし、ええあれかもしれへんけど、積んできたものがないから、そんなにおもんないんですよね。

うん、ないねぇ。あの、親の総取りと勝ち逃げって、街では許されへんことじゃないですか。みんな親の総取りになりたい人ばっかりやったらゲームはなり立たへんし、誰もが勝ち逃げしたれと思ってるところで博打は打たないですよね。

津村うんうん。勝ち逃げはカッコ悪いっていうのは、一貫してありますよね。

勝ち逃げって、なんか落とし前つけたらなあかんですやん。勝ち逃げ体質の人間ってやっぱり嫌われるし、最後はやっぱり落とし前つけられる、というので自分は育ってきたんやけどな。

津村おいしいもん以外食べたくないのも勝ち逃げですよね。やっぱり私も、勝ち逃げは嫌いですね。下品やからかな。


そりゃ損はしたくないけど...

津村なんか、みんな得したいんだと思うんですよね。

そりゃぼくも、損はしたないけどなぁ。

津村なんて言ったらいいのかな、「得までの道のりは最短がいい」ってみんな思ってるなと思うんです。一番おいしいものを、一番苦労せずに食べたいって。

幻想やなぁ!

津村うん、でもね、行列とかは並ぶんですよ。やから自分の足でいい店を探すとかはやらないけど、行列には並んで、一番いいものを食べたって言いたい、みたいなとこがあって。すごいいろいろ繋がってるなぁと思います。すぐ写真撮ったりする人とかね。

はいはい。そうそう。

津村まぁ写真撮ったらあかんとは言いませんけどね、でも今の人、ほんとすぐに、なんでも写真撮ったりするでしょう。

雑誌やってたら、店の写真とかも撮るじゃないですか。そこに一般の人が写ってたら、怒りはる人もけっこういるから、その写真ボツるんですよ。昔は、って言っても20年前はそんなん別にかまへんかった。自分はものすごいたくさん写真を撮るくせに、撮られると怒るんは、不思議やんなぁ。


上澄みだけほしい=親の総取りをしたい

津村テレビで見たんですけど、2013年に人間が撮った写真の枚数、900億枚とからしいですよ。携帯のカメラや一眼とか全部合わせてね。写真を撮りたがる人は、撮ることだったり、その場所に行くという当事者性みたいなものがどうしても欲しいんだと。

はいはい。

津村でもその当事者性を手に入れるためには、努力しないといけないじゃないですか。おいしいもんを食べるっていう当事者性を得るためには、まずは歩かないといけないし、どこがおいしいんかなってみんなで話し合ったりいっぱい食べたりして、自分自身で「おいしいものって何や」というリテラシーを作っていかなくてはいけない。でも、そのリテラシーを作っていく結構しんどい作業をすっとばして上部分だけ欲しいという、そういう感性ってすごく流行ってるでしょう。流行ってるというか、そういうふうに考える人が多いと思う。楽して上澄みだけ欲しいと。けどそれってやっぱり、親の総取りをしたいという感性とつながってると思うんですよ。

ほんま仰ってることその通りやと思います。そういうある路線の倫理にはずれるもんは、同じ倫理的な蹂躙の仕方において掟破りやと言われるラインがあったんやけどな。
 いま言うてるような、コストパフォーマンスっていうことに関して過剰に固執している感性って、ようするに法にさえ触れなかったら悪いことあるかい、というのとも繋がる。お金もうけしてなにが悪いんですか、っていうね。お金儲けして悪くはないんやけど、お前が言うから悪いねんと(笑)。

津村はっはっはっ(笑)。

僕の実家の近所に豆腐屋があったんですけど、ハードワークなんですよ。夜中の2時から豆腐を作ってる。で、なんやおばちゃん日曜にも店開けてんかいな、金儲けばっかりしてんなぁって言うたら、お金儲けして何が悪いの、ておばちゃんに言われたと。そしたら、そらそうやわな、と思うけど、たとえば村上ファンドの村上世彰さんにね、お金儲けして何が悪いのって言われたら、そらあんたが言うからあかんねんって、そういうことなんですよ。

津村だんじりのこともそうやけど、ほんと江さんのこの本読んでたら、上澄みだけ欲しがるのがいかに下品かよくわかる。そして自分で何となく思ってたんやけど言語化できなかったモヤモヤみたいなんを、江さんに全部スーって言ってもらえたんですよね。





   

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江弘毅(こう・ひろき)
1958年、大阪・岸和田生まれの岸和田育ち。神戸大学農学部卒。『Meets Regional』(京阪神エルマガジン社)の創刊に携わり12年間編集長を務めた後、現在は編集集団「140B」取締役編集責任者。著書に『岸和田だんじり祭〜だんじり若頭日記』(晶文社)、『「街的」ということ』(講談社現代新書)、『街場の大阪論』(バジリコ)、『「うまいもん屋」からの大阪論』(NHK出版新書)、『有次と庖丁』(新潮社)、『飲み食い世界一の大阪~そして神戸。なのにあなたは京都へゆくの~』(ミシマ社)など多数。

津村記久子(つむら・きくこ)
1978年大阪府生まれ。2005年『マンイーター』(『君は永遠にそいつらより若い』に改題』で太宰治賞を受賞し、作家デビュー。08年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞、09年『ポトスライムの舟』で芥川賞、11年『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞、13年『給水塔と亀』で川端康成文学賞を受賞。

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