今月の特集1

 『みんなのミシマガジン』でもおなじみの連載「みんなの落語案内」。著者・高島幸次先生は、大阪天満宮の境内にある文化研究所で、日々の研究を進められています。そんな大阪天満宮のすぐ北隣りにあるのが、大阪唯一の落語の定席・天満天神繁昌亭です。
 2006年に開席し、以降大人気のこの繁昌亭。編集部・アライも、高島先生のお話しを伺ううちに落語が聞きたくなり、訪れてみてびっくり。なんとも楽しく面白く、一気に夢中になったのでした。

 もっと多くのひとに、落語を聞いてほしいし、繁昌亭にも足を運んでほしいなあ...と思い、高島先生にそんなお話しをしたところ、上方落語協会の副会長である桂春之輔師匠との対談を伺えることに!
 そして、取材日の翌日の「天神寄席」にご出演予定だった落語好きの精神科医・名越康文先生が、この日の昼席にもいらしていたので、特別参加をお願いして豪華な鼎談が実現したのでした。
 思わず寄席に行きたくなる、全3回。お楽しみください!

(構成・写真:新居未希)

寄席に行ってみよう。 上方落語編(1)

2016.03.28更新

上方は大道芸、江戸はお座敷芸

―― 落語には主に上方落語と江戸落語と二つの流れがある、と耳にしました。この二つは、どう違うのでしょうか?

春之輔まず、発祥がまったく違います。上方落語は大道芸で、江戸の落語はお座敷芸として発生しました。「お座敷芸」は、言うなら「太鼓持ち芸」やね。

高島そう、だから江戸落語の場合、お客さんは最初から話を聞く気で座敷に来はるから、いきなりつかみでドカンと笑わさなくてもいいんです。
 上方は、大阪やったら生玉さん(*)、京都やったら北野天満宮の境内で、通りかかった人を相手に噺をしたのが始まりと言われています。だから、最初のひと言でパンと惹きつけないといけない。お参りに来た人は、落語を聞きに来たんやないですからね。
(*)生国魂神社のことを言うときに、大阪人が好んで使う愛称。大阪市天王寺区にある。

名越なるほど、全然違いますね。

春之輔その違いの結果として、たとえば下座(*)から音が入ってくるような落語は、上方しかないんです。江戸落語は、基本的に音は入りません。
(*)舞台横の御簾ごしに出演者の様子を見ながら、お囃子を演奏する場所。繁昌亭では舞台に向かって右手にある。

名越そうなんですか!

高島もう一つは、お辞儀も違いますね。繁昌亭にも東京の落語家さんが出はりますけど、深々と、低身低頭してお辞儀しはるんです。ところが、上方の落語家さんは、前に見台と膝隠し(*)があるから、深いお辞儀はできない。
(*)見台は、落語家の正面に置く机。小拍子というミニ拍子木で叩いて音を出す。見台の前に置く小さな衝立を膝隠しという。

名越立川談志師匠が、ものすごい毒舌で総理大臣にも平気で噛みつくけど、「お辞儀が見事で許せる」という話が有名ですよね。ものすごくきれいなお辞儀をするという。

高島それも、大道芸とお座敷芸の違いに由来するんでしょうね。

―― 見台・膝隠しは、上方では基本的に使うんですか?

春之輔いや、ネタによって違います。上方は使ったり使わなかったりで、江戸は使わない。江戸の場合は、もともとは障子や襖で限られた空間の中で話すんやから、音が出るようなものは使わないんです。上方落語は、境内を道行く人たちの足を音で止めることも必要やったんですな。

―― 引き止めないといけないから、小拍子や鳴り物を使うわけですね。

高島そうなんです。僕は、バナナのたたき売りの大道芸と、上方落語は似てると思っています。バナナのたたき売りも、バナナを買いに来る人を相手にしてるんではないですからね。

名越うんうん、「男はつらいよ」の寅さんの口上と一緒ですね。


「時そば」という噺のもとは「時うどん」

―― 上方落語と江戸落語では、演じられる噺は同じものでしょうか?

高島基本的に、大阪でできた噺が江戸に移っていったのが多いです。江戸でできたものが、大阪にきたというのは意外に少ない。
 移り方も、そのままの噺を移す場合と、そうでない場合があります。とくに地名なんかが出てくると、変えないとピンと来ない。けれど展開として上方の地名でないと通じない噺もあるから、この場合はアレンジして、江戸の人間が京都へ遊びにきて......というような設定に変えたり。有名な「時うどん」は、江戸に移されて「時そば」になってますしね。

名越えっ、「時うどん」のほうが先なんですか!

春之輔明治に三代目の柳家小さんが東京に移して「時そば」にして、その後、六代目春風亭柳橋がNHKラジオの番組で演ったことで全国に広がった。そやから今では、我々が「時うどん」をやったら、真似してるように言われたりしてね(笑)。

名越僕も、今のいままで「時そば」が本家やとばっかり思ってました。

高島「時そば」も「時うどん」も、屋台でそばを食べて、勘定をちょっとごまかすところは同じです。しかし、「時うどん」では、まず二人の男が遊郭に冷やかしに行った帰りの遊び心で、うどん屋の代金をごまかす。遊郭を冷やかしに行った流れの勢いで、うどん屋を相手に遊ぶような感じです。

春之輔そうですな、これは「遊び」です。そやけど、江戸落語では、ある男がそば屋を騙しているのをみた別の男が、自分も勘定を騙そうとやって来るんですな。東京はあきらかに騙してるんですね。上方は〈遊び〉、江戸は〈騙し〉でんな。

春之輔師匠のご配慮で、繁昌亭の楽屋で鼎談



落語は明治まで「昔話」と言われていた!?

春之輔この他にも、上方の「貧乏花見」が江戸に移って「長屋の花見」になるのんも面白いでんな。上方落語では、朝からの雨で仕事にあぶれた長屋の連中が、雨が止んだというので外を見たら、たくさんの人がぞろぞろ歩いとる。「何しよんねん」と聞いたら、「これから、花見に行こうとしてんねん」と答える。そこで長屋の連中も「ほな、俺らも行こやないか」と誘い合って花見の準備をする。
 ところが貧しいから「お酒」の代わりに「お茶け(番茶)」、「卵焼き」の代わりに「香々(こぉこ=漬物)」、「蒲鉾」の代わりに「釜底(かまぞこ=お焦げ)」なんかを持って行く。

高島ほかにもいろいろ、「尾頭付き」の魚は「ダシジャコ」の尾頭付きという具合ですね。

春之輔これが江戸落語になると、花見に行こうと言い出すのは大家。大家が長屋の住人を無理矢理に花見に連れて行くんですよ。けれど用意したのは大阪と同じく「お茶け」や「香々」やから、みんなは行きたくない。しかし「でも家賃を溜めてんだろ、大家が言ってるから仕方がねえや」とイヤイヤ付いて行くことになる。

名越付き合いで、花見に行くわけですね(笑)。

高島これもね、上方の〈ヨコ社会〉と、江戸の〈タテ社会〉が表れていて面白いですね。僕は上方の方が好きやけど。

春之輔ただね、人情噺や怪談は、やっぱり江戸落語でっせ。ほかには、講釈・講談もやっぱり江戸かな。

名越(三遊亭)圓朝の「牡丹灯篭」なんかどこで笑っていいんかわからないですもんね、怖くて怖くてね。

春之輔ところでね、落語はもともとは「噺」なんですよ。「落ち」を付ける話というのんで「落語」と言い始めるんですけどな。

高島そうですね、江戸時代や明治などの古い文献を見ていると、落語のことを「昔噺(昔咄)」と書いてあり、「落語」とは書いてませんね。

名越じゃあ「落語」っていう言葉は、新しい言葉なんですね。

(つづきます)

    

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