今月の特集1

 『みんなのミシマガジン』でもおなじみの連載「みんなの落語案内」。著者・高島幸次先生は、大阪天満宮の境内にある文化研究所で、日々の研究を進められています。そんな大阪天満宮のすぐ北隣りにあるのが、大阪唯一の落語の定席・天満天神繁昌亭です。
 2006年に開席し、以降大人気のこの繁昌亭。編集部・アライも、高島先生のお話しを伺ううちに落語が聞きたくなり、訪れてみてびっくり。なんとも楽しく面白く、一気に夢中になったのでした。

 もっと多くのひとに、落語を聞いてほしいし、繁昌亭にも足を運んでほしいなあ...と思い、高島先生にそんなお話しをしたところ、上方落語協会の副会長である桂春之輔師匠との対談を伺えることに!
 そして、取材日の翌日の「天神寄席」にご出演予定だった落語好きの精神科医・名越康文先生が、この日の昼席にもいらしていたので、特別参加をお願いして豪華な鼎談が実現したのでした。
 思わず寄席に行きたくなる、第2回。お楽しみください!

(構成・写真:新居未希)

寄席に行ってみよう。 上方落語編(2)

2016.03.29更新

何や知らんけど好きや、という人がリピーターに

春之輔僕は中学か高校生くらいのとき、三代目桂春團治の「代書屋」と「いかけ屋」の二つのネタが好きでね。「代書屋」も「いかけ屋」も、当時はなんのことか全然知らんかった。そやけど、なんや面白い、好きやというので、高校2年生のときに、春團治のもとへ入りました。

高島代書屋って、今はもうない仕事ですもんね。何をする人かも知らんし、見たこともないけど、落語は面白かったんや。

春之輔そうそう、そういうことです。知らんけども面白い、知らんけども楽しかった。高校生くらいの子どもが、女郎買いに行ったとかわかるわけないんやけど、そのニュアンスは面白かったんやろうね。

―― 落語って、その場に行って生で聴いてみないとわからない面白さがあると思います。難しいものと思っている人も多いけれど、そうではないですよね。

春之輔いま東京ではイケメンの噺家が人気あるって聞きますね。そういう若い噺家がね、若い人を呼んできてくれたらよろしいんですけどね。なかなか、おっさんばっかりのとこへは行きにくいと思うわ。

高島客席に若い人がいるときのほうが、やりやすいですか?

春之輔いやー、そらはっきり言うて、やりにくいですわ。おじさんおばさんのほうが気が楽です。

高島そうなんですか。
名越先生の講演会って、若い綺麗なファンがたくさんいるんですよ。私の講演会は定年退職組のしょぼくれたおじさんばかりでね。ちょっとやきもち妬いてます。

名越いやいや、なんでですか(笑)。

春之輔そら想像つきますわな、名越先生はきっとその若い人たちの気持ちをつかむお話をされるということでしょうね。けれど、手前味噌ですけど、お客さんに合わせるんか、それともお客さんが学べというのか、これが難しいとこやね。

名越僕は心理学が専門なので、それこそ恋愛の話や映画の話、テレビの話も講演のなかではします。でも......心理学って、落語と一緒だと思うんですよ。何回も通わなかったら、わからない部分も多いです。そしてこちらからウケを狙っても、そのときにウケた人は、かえって二度と来ないと思います。リピーターになるのは、もうちょっと踏み込んだ人です。

春之輔なるほど。何や知らんけど好きや、というので来てもらうほうが続くんですやろな。

名越僕は、心理学で「資格を取る方法」みたいなことを教えているわけじゃないんです。聞いて得するとか、聞いて次の商売に生かすとかじゃない。落語もそうですよね。でもリピーターは、なぜか来る。

高島そういえばそうですね。落語って、お金払って時間をかけて、それで何を得るのかと言うたら別に何もないんですよね。

名越落語をほんとに楽しんでる人は、「何や知らんけどそろそろ行こか」って言うて来るんだと思うんですよね。これ、心理学もそうだと思う。目的があるようでないとこが、ちょっと共通してるかなと。

名越「師匠の『質屋芝居』さすがですね」 春之輔「照れまんがな」




初めての人は、ぜひ寄席から!

高島寄席の場合、色んな噺家さんが次々にでてきます。お客さんは、その全員が気に入らなくてもいいから、そのうちの誰かに惹かれたらいいと思うんです。落語聞いたことないし歌舞伎も見たことないお客さんが、今日の春之輔師匠の「質屋芝居」みたいな芝居噺はよう解らんかっても、桂勢朝さんの創作落語(*)で大笑いしてもいいし、その反対でもいいし。
(*)この日の昼席で勢朝さんのネタは「永田町懐メロ歌合戦」。永田町の議員のパロディで替え歌を歌う爆笑ネタ。アライもはまりました。

春之輔それが寄席やと思うんです。あんなんもこんなんもあって、またあんなんも寄せ集めてある。「寄席」とは、よう言うたもんやと思うんですけれどもね。

高島そうですね。

春之輔前座(ぜんざ)から真打(しんうち)(*)まで、ひとくくりとして楽しんでもらうというのが寄席やわな。ネタごとにドラマがあると同時に、寄席全体もドラマやということです。
 もちろん、個々の落語会も否定はしません。たとえば(桂)米朝師匠が発明されたホール落語もそう。特別な噺を聞きたい、という需要はたしかにあるし、それはそれ、これはこれや。
(*)江戸落語における落語家の身分には「見習い」「前座」「二ツ目」「真打」があり、真打は寄席の一番最後の出番(トリ)を演じる。上方落語にこの身分はないが、ここでは例えとして使っている。

名越えっ、ホール落語って、米朝師匠が始められたんですか?

春之輔言い過ぎかわかりませんけど、少なくとも「ホール落語」というのを世間に浸透させたんは、米朝師匠です。たとえば、(桂)文楽師匠や(古今亭)志ん生師匠が自ら主催して1,000人も入るようなところで落語をしたりしたことはなかったですよ。

名越僕は、その「ホール落語」ではじめて落語を聞きに行きました。そもそもテレビで落語を聞いて、おもろいなと思ってよく見てたんです。でもテレビの落語って、10分かそこらの時間しか流さない。もう少しちゃんと聞きたくなって、20歳か30歳のときに、サンケイホール(現、サンケイホールブリーゼ)での米朝一門会に行ったんですよ。
 だから、ずっとホールでやるのが落語やと思ってたんです。40歳を過ぎてから、どうやら寄席というものがあるらしいと知りました。今も、寄席には憧れの気持ちを抱いて行っていますね。

高島なるほど。ただどうでしょうね、まったく初めての方は、ホール落語から入るよりも、最初は繁昌亭あたりから見たほうが入りやすいように思いますが。その反対の入り方をされた名越先生はどう思われますか?

名越いや、そらそうです。寄席はその場の雰囲気がもう落語なんです。絶対に寄席から始めるほうがおすすめです。


噺家さんの登場順って?

―― たとえば今日だったら、昼席に8人の噺家さんと色物(*)が2名が出演されていますよね。この出てくる順は、どういった順番なのでしょうか?
(*)大阪では「イロモン」と読む。寄席において落語以外の漫才や奇術などの諸芸をいう。「まねき(出演者名を書いた看板)」に落語家は黒色、色物は朱色で記されることによる。

高島そうそう、それを知らないと「疲れたからそろそろ帰ろか」って、トリの直前に帰ってしまうお客さんだっていますからね。

春之輔それはもったいないなあ。
 たとえば野球で言うたら中心バッターは4番やけど、寄席の場合はトリをとる人間がいわゆる4番バッターです。4番のほかにも、2番はバントで送る、3番は進塁さしてという感じですな。さすが7番バッターという選手もいたりして、守備や攻撃の力もそれぞれに個性がある。落語もおんなじです。
 寄席の一番目は前座らしく、「さあこれから落語が始まるんですよ」という雰囲気をつくるだけでいい。いってしまうと、そんなにウケんでもええんです。

高島それって、おもしろいところですよね。皆が対等に必死に勝ち負けを争ったらあかんのですね。

名越要は、連係プレーなんですね。

春之輔一番最後の出演は「トリ(大トリともいう)」ですが、中入り(*)の前は「中トリ」というんです。中トリは野球で言うたら5番バッターか3番バッターですね。順番にその変化があって、持ち時間もそれぞれに違います。
 そうやって連係プレーで、繋がりで楽しんでもらいたい。もちろん、個々に4番バッターやルーキーのピッチャーを見に行くっちゅうのもあります。けども全体を通じて、たとえばタイガースファンやというように、繁昌亭が好きやと言うてもらえるのが、我々の理想ですね。
(*)寄席の途中の休憩時間のこと

高島たとえば前座や二番目あたりに出る噺家さんは、まだ持ちネタは少ないですよね。彼らは、高座に上がる前から、その日のネタを決めてるんですか?

春之輔前座は、そらそうですな。ちゃんとネタ帳というのがあって、今日はだれが何を演ったというのを書いていくんです。たとえば前座で「平林」「寿限無」なんかの子どもが主人公の噺が出たら、そのあとはもう子どもが主人公の噺はできません。酒飲みの噺がでたら、その後に酒飲みの噺はできん。噺はかぶったらあかんのです。そういう暗黙の了解があるっちゅうか。

高島出番が最後のトリは、遅めに楽屋に入りますが、それでも、その日は何が演られたかをネタ帳で確認して、それと重ならないネタをやらなあかん。ということは、出番が後ろになればなるほど持ちネタは多くないと困るということですね。

鼎談翌日の「天神寄席」に、名越先生と高島先生は色物で。



同じ噺家でも、日によって別物

春之輔あとは、「このネタは一回聞いたから、もうええ」と言うんやなしに、何回も聞いてほしいと思ってます。落語っちゅうのは、同じ噺でも、演者によってまったく違う。演者によって、「このネタはこの人がやったら面白いのに、あっちの人のを聞いたら全然おもろないな」とかね、あるんです。同じ噺家でも年齢によって、また差があるし。

高島そうなんですよね。今日も、僕の前に座っていた人が「あ、この噺、知ってるわ」って残念そうにしはった。

名越ああー、それは違うなあ。

高島例え同じ噺家さんの同じネタでも、そのときによって全然別物なのに。

名越それこそ僕が一番ショックやったのが、(笑福亭)松鶴師匠です。昔テレビ番組に松鶴師匠が出てはったときに見て、息が止まるくらい笑ったネタがあったんです。それから1年後くらいに、まったく同じネタを松鶴師匠がするので見たら、これがまったく面白くない。

高島あー、すごい解ります。

名越もう、びっくりして。この人は一体何なんや、何者なんや、と思ったんですよね。
 僕はずっと、自分が悪いんやと思ってたんです。受け手側の僕があかんから、面白さを感じとれなかったんやと思っていたら、あるとき(笑福亭)鶴瓶師匠がテレビで「うちのおやっさん(笑福亭松鶴)は、超絶的にすごいときとボロボロのときの差が激しい」とおっしゃっていて。「あっ、俺の感覚は正しかったんや」と思いました。でもそれが、落語のすごいとこなんです。

(つづきます)

     

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