今月の特集1

 『みんなのミシマガジン』でもおなじみの連載「みんなの落語案内」。著者・高島幸次先生は、大阪天満宮の境内にある文化研究所で、日々の研究を進められています。そんな大阪天満宮のすぐ北隣りにあるのが、大阪唯一の落語の定席・天満天神繁昌亭です。
 2006年に開席し、以降大人気のこの繁昌亭。編集部・アライも、高島先生のお話しを伺ううちに落語が聞きたくなり、訪れてみてびっくり。なんとも楽しく面白く、一気に夢中になったのでした。

 もっと多くのひとに、落語を聞いてほしいし、繁昌亭にも足を運んでほしいなあ...と思い、高島先生にそんなお話しをしたところ、上方落語協会の副会長である桂春之輔師匠との対談を伺えることに!
 そして、取材日の翌日の「天神寄席」にご出演予定だった落語好きの精神科医・名越康文先生が、この日の昼席にもいらしていたので、特別参加をお願いして豪華な鼎談が実現したのでした。
 思わず寄席に行きたくなる、最終回です!お楽しみください!

(構成・写真:新居未希)

寄席に行ってみよう。 上方落語編(3)

2016.03.30更新

一門やからとか、そんな意識はむしろない

高島落語には桂、笑福亭、林家といろんな一門がありますが、お互いの弟子たちの交流というか、その関係性が面白いですね。

春之輔意外と、派閥意識というのはないんですよ。むしろ同じ一門のほうが仲悪いんちゃいまっか(笑)。

名越ははは(笑)。なんかわかるなあ。人間やなあ。

春之輔僕らは師匠から稽古をしてもらったり、いろいろ教えてもらうけれども、一銭もお金が動かんのですよね。弟子が売れたからって、師匠は儲からない。お金の関係は一切ない。よその師匠に対してもそうなんです。僕は三代目桂春團治の弟子ですけど、(桂)米朝師匠や(笑福亭)松鶴師匠、(桂)文枝師匠に稽古してもらいました。

高島これ、すごいですよね。四天王に稽古つけてもらってはる。

春之輔松鶴師匠がよく、「わしらみんなで一つや」て言うてはったんですけど、それもそういう意識があるから。昔は知りませんし、東京は知りませんけどね、一門やからとかそんな意識はむしろないです。

高島僕は繁昌亭ができた当初、楽屋番の若いお弟子さんが、桂であろうが笑福亭であろうが一門の違いは関係なく、先輩方の着物をたたむわけですよ。僕は研究者の世界で生きてきたから、よその派閥の先生のカバンを持ったげたら、あとで先輩から「お前、何やねん」って言われましたからね。

名越ぎゃー。

春之輔そういえば、浪曲師の世界では、やっぱり自分の師匠だけの着物をたたむっていいます。むしろそれが普通ですねん。

名越そうですよ。だから落語の世界は、かなり変わってますね。

高島「師匠、今日の鼎談はノーギャラですよ」 春之輔「えっ、ほな手ぇ抜こぉ」




噺家は、悪い奴はなってはいけない

名越どういうタイミングで、一門以外の師匠に「稽古つけてください」って頼むんですか?

春之輔そらもう単に「教えてください」「お願いします」って頼むだけでっせ。

高島自分の師匠に、許可はもらわなくてもいいんですか?

春之輔内弟子の頃はね、どこそこの師匠のところに稽古に行ってよろしいか、と許可得ますよ。ほんなら師匠が「この一升瓶持って行け」と。

高島あ、そういうのがあるんや。独立してしもたら、自分の意思で行くわけですね? 稽古をつけてほしい師匠からOKがでたら、もうそれでいいという感じですか?

春之輔そうですね、その師匠とのやりとりだけで大丈夫。

名越面白いなあ。それって、芸の一つの理想郷じゃないですか?

春之輔そやから噺家はね、悪い奴はなってはいけないと、そんなふうに言う人もいてはります。人間が穢れて汚なくったら、芸も汚くなると。

高島その言葉は、春之輔師匠は春團治師匠からよう言われてはったんですよね。

春之輔そう、うちの師匠には、人間性や人間性やと言われてね、ええ。

高島そやのに、こんなんになってしもて・・・(笑)。


内弟子はもう居てへん

―― 噺家さんは、なにをもって、独り立ちというんでしょうか。

春之輔基本は3年の年季というのが多いみたいです。大工さんでも料理人でも、日本中が皆そうでしたけど、昔は内弟子が中心やったんですわ。師匠の家に住み込んで、家の掃除やら手伝いをして、稽古をしてもらう。弟子と師匠の間にお金が動けへんのやったら、弟子はどうやってお礼をするかというと、まず自分の体を張ってですよね。体を張って言うても、まさか布団の中へ入るわけではないで(笑)。
 内弟子をすることによって、人間模様、人生を知ることができる。師匠と奥さんと師匠の子ども、ご近所の人や親戚の人、それを皆体験するから、ものすごい勉強になる。その身をもって覚えて、身をもってお礼をするというのが内弟子の形ですな。ただ、今住み込みで内弟子なんか皆どこもとってへん。

名越あ、そうなんですか。

春之輔そらそうや。嫁はんが理解できまっかいな。

高島内弟子が奥さんの下着を洗おうとしたら、それは嫌やと言われた話も聞きました。

名越そうか、それはツラい話やな〜。

春之輔いっさい見返りもないし、しょっちゅう居てんのやから。むしろ嫁はんより、弟子のほうが師匠のそばにいてることが多いわけ。仕事場にも飯も一緒に行くし。僕もね、短いけど内弟子をさしてもうてました。
 僕の師匠は三代目やけど、二代目の春團治夫人が今もお元気ですねん。ずいぶん前に、「やっぱり内弟子した子と、外弟子やった子と言うことが違うな」て言ってはりましたね。

高島そうですか。

春之輔そら、四六時中一緒に暮らしてんねやから。

高島二代目夫人は、内弟子で育った人と、外弟子の両方を見てはるでしょ。でもこれからは、内弟子で育った人がみんな大物になって、他は外弟子ばっかりになって、もうわからなくなる。

春之輔そら世の中の流れとおんなじように、落語も変わりますわな。


末路哀れは覚悟の前

高島それともう一つ、新しく入門のする人が大学を卒業してから入門する人が増えましたね。

春之輔これはちょっと古い考えやとは思うけど、大卒の子らは平均点を取るんやわ。そんだけの高学歴やったら、もっと他のモンより知識があるやろ。ほな、それを出せと思います。どう出していいのか、僕はよう言いまへんで。出せんねやったら僕がやってます(笑)。ただ皆おんなじで、そつないねん。

高島なるほど。

春之輔凸凹がないねん。みんな同じような感じや。おもろないのんか言うたらおもろないことはない、ほな、おもろいのんか言うたら、おもろない。せやからもっと、伸び伸び生き生きやれと言ってるねんけど、もっと工夫してと言うねんけど、みんな、しくじりまへんわ。「ええ加減にせえよ」というのがいてへん。

高島サラリーマン化してる、ってことですか?

春之輔まあ、それもあるんかな。言うたら、生半可に頭のいい奴が多いです。職業として落語家を選ぶときに「お金が欲しいからなったんとはちゃいます」とか、「そないマスコミに売れたいと思いません」とか、理屈を抜かすねん。まだ漫才のほうが、売れたいやらお金が欲しいやら、あの人みたいになりたいとか、ある気がするねん。

名越シンプルですね。

春之輔それがすべていいとは言いません、極論でっせ、もちろん。けども「お前そんなことやったら売れへんぞ」って言うたら、「いやそれでええんです」「僕は自分の道を歩みます」と言うのんは、どうなんかな。

高島師匠の立場からしたら、やりにくいでしょうね。

春之輔四代目桂米團治師匠が、弟子である米朝師匠に仰ったのに、こういうのんがあります。

「芸人は、米一粒、釘一本もよう作らんくせに、酒が良えの悪いのと言うて、好きな芸をやって一生を送るもんやさかいに、むさぼってはいかん。値打ちは世間がきめてくれる。ただ一生懸命に芸をみがく以外に、世間へのお返しの途はない。また、芸人になった以上、末路哀れは覚悟の前やで」(桂米朝『落語と私』ポプラ社)

 「末期哀れは覚悟の前」。そやけどそれを解ってんのは、もう誰もいてまへんで。

高島「末期哀れ」は、もう今の人には通用しないけど、昔は「河原乞食」といわれましたからね。春之輔師匠の年代は、もうそうではなくなってきたけども、そういう匂いを嗅いではる。

春之輔あと、芸術家気取りになりよる。もっと芸人になれ、芸人チックになれと言うんですけどね。

名越なるほど、なるほど。いやー、ますます繁昌亭に足を運びたくなりました。


 ......落語の基本的要素から深い話まで、存分に伺った全3回、いかがでしたでしょうか? これを気に、上方・江戸と関わらず、ぜひ寄席に足を運んでみてください! なにか響く一席が、あなたをお待ちしています。


   

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