今月の特集1


 8年がかりで完成した『映画を撮りながら考えたこと』
 最終的に400ページを超える大著となった本書は、どのようにしてできたのか。
 この8年のあいだに監督が経験したことが、本書にも色濃く反映されており、それは同時に、同時代を映し出したものであるにもちがいない。
 そんな確信のもと、本書を編集した三島が、司会という形で監督に「あれこれ」訊いてみました(@青山ブックセンター本店 2016年6月19日)。

 『ちゃぶ台』という雑誌で、台割をつくらない雑誌づくりを試みたり、シリーズ「コーヒーと一冊」では、100ページ前後で本をつくるということに挑戦したり。近年、出版というフィールドで「実験」を重ねている私にとって、映像の世界で20年にわたってさまざまな試行を積み重ねておられる是枝監督は、まさに先生のような存在。この機会に、「これからつくる・つくりつづける」ことについて、どうしてもうかがいたいことを訊ねてみた。

(構成:堀香織、三島邦弘)

是枝裕和監督 自著を語る(3) これからの時代に「つくる」ということ

2016.07.14更新

開かれた状態で

―― 記者の方々とのやり取りのエピソード(第2回参照)をうかがっても感じますが、監督は一貫してひらかれているということを、この本づくりでもずっと感じていました。答えが全部自分の中にあるというスタンスでは全然なくて、「何でもきいてください」と座っていらっしゃって、質問させていただくと、ポンポンと応えられる中で生成していくという感じがして。

是枝準備していくと失敗するんだよね。だから講演会は嫌なの。基本的に全部断っているんですけど。レジュメとかつくってしゃべろうと思うと、つまんないし、聴いていてもつまらないと思うし。なんかね、嫌ですね。

―― 今日は参考までに、本書の再校ゲラをもってきたのですが、これでもかというほど、すさまじく監督の赤字が書き込まれていまして。しかもこれで終わりではなくて、次の原稿にも、これくらい赤字が入っているんです。

是枝それ、減らないんだよね(笑)。

―― その次をお渡ししたら、また同じくらい入っていたと思うんですよね(笑)。

是枝どこかで終えないとね。でもね、それはしょうがないんだよな。直しの少ない原稿を書いてみたいんだけど。

―― たぶん、いまうかがっていてよくわかったんですども、常にそうやってひらかれた状態で、質問に対しても、原稿にも向き合っていらっしゃるので、そこのひとことなどに触発されて、そこに生成される言葉を書きとめておこうということに、どうしても火がついてしまわれるタイプのつくり手なんだろうなと。

是枝それと同じことを脚本作りでも編集でもやるので、すごく遠回りするんですよね。ああでもない、こうでもないと。で最後に結局、最初のかたちに戻ったりするので、迷惑をかけているとは思うんですよね。それが最初から見えればいいんだけどね。なかなかそうはならないんだよね。経験値があがっても、そこがあんまり短縮されないというのはなんなのかな。きっと好きなんだよね。

―― 僕もそうなので、この本づくりがすごく楽しかったです。どんどん変わっていく感じというのが。

是枝下手すると、脚本がそうなっちゃうわけです。しかも印刷された脚本が、翌朝くるとそうなっているという。役者は渡されて「えっ?」という。渡しておいて「覚えてこないでください」ということになりかねない状況が、いつもではないけれど、ときどき起こるんですよね。でも、これ、そのまま撮るようになったらもう......あれなんじゃないかと思います(笑)。


「撮影現場の自由さ」と、「作品の自由さ」は別だ

―― 映画や本にかかわらず、これからの創作活動を考えたときに、どんどん予期せぬ形で変わっていくものを、どれだけ取り入れていけるかということが、より重要になっていくような気がします。この本づくりでも、イレギュラーなことを残すということをじつは意識してつくっていました。たとえば本の校正でも、表現の重複をなくすなど、ひとつのルールで統一するのが美しい、という潮流があって、そうするとツルっとした文章ができあがってくると思うんです。それを僕は、ざらざらした状態にとどめたいというか。建築で言えば、完全バリアフリーではなくて、でこぼこがあってもいいのではないかという編集方針でやっているのですが、監督は、そのあたりについて思われることはありますか?

是枝作品をすべてコントロール仕切るのか、余白を残すのか、即興に委ねるのか......。マイクロスリップ、いわゆるズレみたいなものも含めてコントロールしていくという方法もありますよね。自分の場合は、最初に考えていた方法といまとではずいぶん違うから、この先どこに向かうのかちょっとまだわからないんだけど、たとえばデビュー作の『幻の光』はコントロールしすぎたという気持ちと、一方でコントロール仕切れてない部分が同居しています。だから、それ以降はコントロール不可能な状態をあえてつくったというか、『ワンダフルライフ』は一般の人を登場してもらって、役者と衝突させて、そこから生成されるものを撮ったし、次作の実験的な『DISTANCE』では、状況設定だけを行い、そこで役者から出てくるものをリアクションとして撮っていく、いわば「撮影された演劇」というものと違うものを、という考えで撮りました。

 そんなころ、本書でも名前が出ましたが、演出家の平田オリザさんから「即興というのは書けない作家の言い訳だよね」といわれたんです。オリザさんは、それこそその後「ロボット演劇」のようなことをやっていますよね。微妙な即興的なニュアンスのズレもプログラムでできる、というやり方をしてきているよね。オリザさんのそういう演出に関する突きつめ方は先鋭化されていると思います。

 そのオリザさんに触発されたというわけではないんですが、デビューしたときから方法論なり文体が完成されている"作家"と呼ばれる映画監督がいるとすると、僕は行ったり来たりと模索しながら20年やってきているタイプで、『歩いても 歩いても』からは脚本はすべて書いているんですね。即興に委ねずに書くし、動きもほぼ決める。そういう意味でいうと、現場は不自由なんだけど、できあがったものは自由に見える。「撮影現場が持っている自由さと作品が持っている自由さは別だ」という考え方に、途中経過としてはたどり着きました。でも、そこから先はどこへ向かうかはちょっとわからない。監督が作品に対してどのようなポジションで関わるのかというのは、ひとつの明快な答えがあるわけではないので、今後も変わっていくのだろうなと思います。

―― その監督がたどってこられた経過を本書をとおして知り、学ぶことができたというのは本当に大きかったです。


映画への愛だけでつながる

―― 最後に「自著を語る」ということで、話を伺いたいのですが、この本の「あとがきのようなまえがき」に、「映画は百年の歴史をその大河にたたえながら悠々と僕の前を流れていた。(中略)「すべての映画が撮られてしまった」というような言説がまことしやかに語られていた八〇年代に青春期を送った人間にとっては、今自分がつくっているものがはたして本当に映画なのか?という疑いが常にある。しかし、そんな『うしろめたさ』も、そして血のつながりも越えて、素直にその河の一滴になりたいと僕は思ったのだ。」という言葉をいただきまして......。

是枝ちょっと素直に書きすぎたな。(会場笑)

―― でも素晴らしい序文をいただけたと思っています。「大河の一滴になりたい」という言葉を初めて拝読したとき感動したのですが、これはずっと撮っていらっしゃるなかでずっと思ってきたことか、この本を書いて思い至ったことなのでしょうか。

是枝僕は何かに帰属することを避けてきたというか、帰属意識がそもそも嫌いなのね。偏屈だから、同じ大学で集まるとか、会社の忘年会とか、帰属意識を強めるために行うイベントが大嫌い。結局僕はテレビを経て映画に行ったから、テレビの人たちからは「あいつは映画に行ったヤツ」だと思われていて、映画の人たちからは「あいつはテレビのヤツだから」と思われていて、居心地が悪いんです。でもその居心地の悪いほうがいいわけ。べったり帰属してしまうと、ある種の自由さが失われていく。だから居心地の悪いのは大事だと思っている。

 ただ、カンヌ国際映画祭がいちばん偉いわけじゃないけれど、何がいいって、あの場には、映画を愛している人たち、理解している人たちが大勢集まっていて、「映画」がいちばん偉いんです。それがとても気持ちがいい。自分が帰属している日本、日本語、日本人というのをいったん置いて、そこに集う。そして映画への愛だけでつながるというのが、いちばん純粋なかたちだと思うし、同一性も求められないから、そこには片足くらい帰属意識を持ちたいなと思ったんですよね。そこが気持ち良くなるとまた違うんだけど、そういう郷土愛に近いもの、なんて呼んだらいいか難しいけれど、自分もそういうことを感じてもいいのかなと思った。それを「あとがきのようなまえがき」に書きました。


気になる次回作は?

―― 次回作はもう動いていらっしゃいますか。

是枝いま脚本を書いている最中で、第1稿がこの夏にできる予定です。

―― クランクインはいつの予定ですか?

是枝今年は無理なので、来年になると思いますが、ちょっとハードな法廷ものをやってみようかなと。いまは裁判を傍聴したり、弁護士さんと打ち合わせをしたりしています。

―― 法廷ですか! それはますます気になります。僭越ながら、監督のご活躍をこれからも楽しみにしております。

是枝じゃあ、あと20年かけて、もう1冊つくろうか。(会場笑)

―― 心して参りたいと思います。本日はどうもありがとうございました。


   

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是枝裕和(これえだ・ひろかず)

映画監督、テレビディレクター。1962 年、東京生まれ。早稲田大学卒業後、テレビマンユニオンに参加。主にドキュメンタリー番組の演出を手がける。1995 年、『幻の光』で映画監督デビュー。2004年、『誰も知らない』がカンヌ国際映画祭にて史上最年少の最優秀男優賞(柳楽優弥)受賞。2013 年、『そして父になる』がカンヌ国際映画祭審査員賞受賞。2014年、テレビマンユニオンから独立、制作者集団「分福」を立ち上げる。最新作『海よりもまだ深く』は2016年5月公開。第8回伊丹十三賞受賞。著書に『雲は答えなかった 高級官僚 その生と死』(PHP文庫)、『歩くような速さで』(ポプラ社)、対談集に『世界といまを考える 1、2』(PHP文庫)などがある。

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