今月の特集1


 先月9月17日、建築家、光嶋裕介さんの著書『これからの建築 ~スケッチしながら考えた』が発売となりました。

 みんなのミシマガジンでの連載「これからの建築スケッチ」を大幅に加筆修正して1冊となった本書は、内田樹先生の凱風館や、アジアン・カンフー・ジェネレーションの舞台などを手がけてきた、現在37歳の光嶋さんが、未来の40代、50代になった自分に向けて綴ったマニフェストのような一冊です。

 本書の発売と時を同じくして、光嶋さんは外苑前の画廊「ときの忘れもの」にて、ドローイングの個展を開催。その会場で、光嶋さんたっての願いで、小説家で、敏腕編集者でもある松家仁之さんとの対談が実現しました。

 松家さんから見た、建築家・光嶋さんの特徴とは、そして、建築家を主人公にした小説『火山のふもとで』を書かれた松家さんに、光嶋さんがどうしても聞きたかったこととは。3日間にわたってお送りします。お楽しみください。

(構成:星野友里、構成補助:李てぎょん)

松家仁之×光嶋裕介 これからの建築を語る(1)

2016.10.27更新

気立てのいい犬が走ってきてワン!

松家光嶋さんとは今日が初めてではないんです。私がお手伝いをしている伊丹十三賞を内田樹さんが受賞された2011年に、授賞パーティーで初めてお目にかかりました。とても明るくて、人懐っこい人だなというのが、鮮やかに印象に残ってます。
 建築家にだって当然、気難しい人ばかりじゃなく、いろんな人がいるわけですね。光嶋さんは、失礼な言い方かもしれませんけれど、気立てのいい犬が走ってきてワン!って膝にとびかかってきたような印象があって(笑)。その後、光嶋さんが内田さんの自宅兼道場を建てる過程を書かれた、「建築家一年生の初仕事」というサブタイトルつきの本、『みんなの家。』も面白く読ませていただきました。最初のお仕事が、内田さんの「凱風館」だったわけですね。

光嶋誰かが家を建てるとき、その建築家が今まで家を建てたことないからと言って「あら、じゃああなたに設計をお任せするのやめるわ」なんて言われちゃったら、どんな建築家も「はじめての仕事」っていうものがもらえなくなっちゃうじゃないですか。「美術館建てたことないなら美術館のコンペには参加できません」となったら、巨匠たちが建てるばかりで、若い建築家のはじめての機会というのがなくなる。
 内田先生は違っていて、僕が「絵ばかり描いていて建物を建てたことない」って言うと、「いいねぇ~。そしたら、はじめてだから、頑張ってくれるでしょ?」って。それがすごく背中を押してくれて。


絵描きになりたかった

光嶋僕はもともと絵描きになりたくて、絵が好きだから建築の世界に入っていったんですけど、きっかけは高校時代の先生なんですよ。

松家建築よりも絵だったんですか?

光嶋そうなんですよ、子どもの時から。僕アメリカ生まれなんですけど、どの街に行っても、父親にピッツバーグミュージアムとか、ボストンミュージアムとか、美術館に連れていかれて。子どもの時は美術館嫌いで、「おれ野球が観たいのに」って思ってたんです。でも、マーク・ロスコの「赤と黄色」の抽象絵画とか本物を生でずっと見せられていて、大学入ってから「あ、あれじゃん!」ってなることが多々あって。子どもの時に、無意識のうちにそういうものをたくさん見ることができたのは親のおかげですね。
 それで、僕、早稲田の附属高校で、 藝大受験しようと思いまして。そしたら美術の先生が「お前、英語もしゃべれるんだから外交官とかになればいいのに」って言ったんですよ。

松家適当な先生だなあ(笑)

光嶋いやいや、恩師なんですけどね(笑) 先生に「絵描きで食っていくのは無理だ」と言われましてね。「じゃあ、藝大生予備軍がどんなものなのか見てやろう」と思って、高校二年の時に、高崎にある芸術学校にダブルスクールしたんですよ。そしたら、みんなめちゃくちゃ上手いんですけど、今まで自分が見たとおりに好きなように描いていたのに、「ここもっと影付けたほがいい」とか、「構図はこうしなさい」とか、怒られるわけですよ。
 はじめて絵を教わって、嫌になっちゃって。「こいつらとは戦えないかも」ってコンプレックスと、みんな上手いけど似たような絵ばかり描くなって感じて。それを先生に話したら、「お前、建築って知ってるか? 建築は芸術の頂点にあるんだぞ。絵画とかはある意味余暇だけど、建築は人の命を守るものだからすごいんだぞ」って言われて。それで、通っている高校のキャンバスを設計した穂積信夫先生っていう早稲田の先生を紹介されて、建築家の道に入っていくんですよ。


スケッチを通して、すでに亡くなっている建築家たちと対話する

松家「こんな建築家になりたい」というような憧れの建築家はいましたか?

光嶋僕は穂積先生しか知らなかったので、先生が研究していたエーロ・サーリネンっていう建築家の本を読んで「建築家ってかっこいい!」ってなって。授業でいろんな先生からいろんな建築家のことを教わるんですけど、何がいいのか全然わかんないんですよ。
 ガウディとか熱っぽく語られても、「本当かなあ?」と思って。「装飾は罪だ」って言われても、「でもみんなイヤリングとかしてるじゃん!」って(笑)そうやって考えいてくと、旅に出たくなる。実際に見るのがいちばんいいなと思って、バイトして、1999年、大学二年生の夏ですね。それが自分にとってのターニングポイントでした。そこに、スケッチが始まるんですよ。

松家なるほど...。今日、ここに持ってきてくださったこれが、四冊目のスケッチブックなんですよね? 冒頭のところに「スピードスケッチ」と書いてあります。すぐれた建築家の条件はいくつもあると思うんですけど、そのひとつに「旅をすること」をあげてもいいかもしれません。名建築の建つ場所に自分で足を運んで、自分の目で見てスケッチする、というのは、多くの建築家がやってきたことです。

はじめての旅で描いたパルテノン神殿のスケッチ、1999

ウィーンの聖シュテファン寺院のスケッチ、1999


光嶋そうですね。ル・コルビュジエっていうモダニズム建築の巨匠がいますけど、彼も若いころ旅をしてスケッチをしたっていうのを本に書いていて。自分もそれをなぞりたいなぁと。やっぱり、建築を体験したかったんですよね。「先生がこう言っていたからこうなんだろう」ってなるのは、うまくできすぎている気がして。
 スケッチという行為は、非言語的なものですけど、その建築家が生きていれば会いたくなるんですよ。ガウディとかコルビュジエはもう死んでいますけど、たとえば《ロンシャンの教会》をスケッチしながら「コルビュジエはこの屋根の丸みどうやって出したんだろうな」って。三時間とかずっとそこにひとりでいて、対話するのが大事というか、指で考えるというか。それが学生時代からずっと続いています。

コルビュジエのロンシャンの教会のスケッチ、1999



あこがれのピーター・ズントー

松家せっかくなので今日うかがいたいと思ったのは、光嶋さんが「ヨーロッパでいちばん入りたかった建築事務所がある」って本に書いてらっしゃった...。

光嶋ピーター・ズントーの事務所ですね。

松家現存の建築家で、ぼくがいちばん見に行きたいと思っているのも、ピーター・ズントーなんです。ズントーの代表作、聖ベネディクト教会礼拝堂はいつご覧になったんですか?

光嶋大学三年です。

松家ズントーの建築をいろいろ調べて、何かの目星をつけてから見に行ったんですか?

光嶋「a+U」っていう日本の雑誌を見たんですよ。当時はネットがちゃんとしてなかったから雑誌しか情報源がなくて。日本は「a+U」と「GA」。海外は「EL CROQUIS(エル・クロッキー)」。この三つを全部チェックしていく中で、来年はここに行こうって絞っていました。

松家ピーター・ズントーは、1997年に「a+U」に掲載されるまで、日本では一般的にはそれほど知られていなかった建築家でしたよね。自分の作品が雑誌に掲載されることさえ、さほど望まないというか、ある種、最もコマーシャルじゃない建築家といっていい存在でした。世界を飛び回って、あらゆる場所に建築を建てるのではなくて、生まれ故郷のスイスとその周辺に、土地の石や木材を吟味して使った、目立たない静かな芸術作品のようなものをポツポツと建てるだけのひとです。礼拝堂を観たあと、事務所を訪ねたわけですか?

光嶋ええ。そうすると会いたくなるので、事務所を探すわけですよ。現地の人に聞いて、事務所を発見して。ただ、僕も馬鹿じゃないので、なにか理由がないと行ったらまずいなと思って一回目は我慢するんですよ。ストーカーのように場所だけ確認して、ピンポンは鳴らさないで。

松家ズントーの自宅兼事務所も、外側から見るだけでもいいですよね。98年に出た「a+U」臨時増刊に掲載されていました。入り口のディテールも、惚れ惚れします。

光嶋スイスの山間の小さな街に木造の綺麗な自宅兼事務所でした。ここで働きたいと思ったんです。次は自分の卒業設計もってピンポンするぞって、その時点で決めました。で、石山修武先生の下で修士一年、二年とみっちり鍛えられて、先生の教えをスポンジみたいに吸収して。修士設計の時には、しゃべり方まで石山先生みたいになってましたね(笑)それで、これはちょっとまずいと思ったんですよ。

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11/2(水)光嶋さんがトークショーに出演します!

光嶋裕介×三島邦弘×大井実トークショー「これからの街」を考えよう ~建築・出版・書店、それぞれの視点から~(福岡・カフェ&ギャラリー・キューブリック)

日 時:2016年11月2日 (水) 19:00開演(18:30開場)
会 場:カフェ&ギャラリー・キューブリック
(ブックスキューブリック箱崎店2F・福岡市東区箱崎1-5-14
 JR箱崎駅西口から博多駅方面に徒歩1分)
出 演:光嶋裕介
    三島邦弘
    大井実
参加費:1800円(1ドリンク付・要予約)
ご予約は、こちら


   

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松家仁之(まついえ・まさし)

1958年生まれ。大学卒業後、新潮社に勤務し、海外文学シリーズの新潮クレスト・ブックス、季刊誌「考える人」を創刊。2012年、長編『火山のふもとで』で小説家としてデビュー、同作で読売文学賞受賞。第2作は北海道を舞台にした『沈むフランシス』、第3作は『優雅なのかどうか、わからない』。2014年10月、編集制作として携わる雑誌『つるとはな』を創刊。

光嶋裕介(こうしま・ゆうすけ)

建築家。一級建築士。1979年、アメリカ、ニュージャージー州生まれ。8歳までアメリカで育ち、中学卒業まで日本とカナダ、イギリスで過ごす。1995年、単身帰国し、早稲田大学本庄高等学院に入学。2002年、早稲田大学理工学部建築学科を卒業し、大学院は石山修武研究室へ。2004年、大学院修了とともにドイツの建築設計事務所で働き、ベルリンで暮らす。2008年に帰国し、光嶋裕介建築設計事務所を開設。2010年、思想家の内田樹氏の自宅兼道場(合気道)の設計を依頼され、翌2011年、建築家としての処女作、《凱風館(がいふうかん)》を神戸に完成。SDレビュー2011に入選。主な作品に《レッドブル・ジャパン・本社オフィス(青山、2012)》、《如風庵(六甲、2014)》、《旅人庵(京都、2015)》など。著書に『みんなの家。~建築家一年生の初仕事』(アルテスパブリッシング)、『建築武者修行~放課後のベルリン』(イースト・プレス)など多数。2012〜15年まで、首都大学東京にて助教をつとめ、現在は神戸大学にて、客員准教授。

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