今月の特集1


 先月9月17日、建築家、光嶋裕介さんの著書『これからの建築 ~スケッチしながら考えた』が発売となりました。

 みんなのミシマガジンでの連載「これからの建築スケッチ」を大幅に加筆修正して1冊となった本書は、内田樹先生の凱風館や、アジアン・カンフー・ジェネレーションの舞台などを手がけてきた、現在37歳の光嶋さんが、未来の40代、50代になった自分に向けて綴ったマニフェストのような一冊です。

 本書の発売と時を同じくして、光嶋さんは外苑前の画廊「ときの忘れもの」にて、ドローイングの個展を開催。その会場で、光嶋さんたっての願いで、小説家で、敏腕編集者でもある松家仁之さんとの対談が実現しました。

 松家さんから見た、建築家・光嶋さんの特徴とは、そして、建築家を主人公にした小説『火山のふもとで』を書かれた松家さんに、光嶋さんがどうしても聞きたかったこととは。3日間にわたってお送りします。お楽しみください。

(構成:星野友里、構成補助:李てぎょん)

松家仁之×光嶋裕介 これからの建築を語る(3)

2016.10.29更新


建築家の主人公という案は、会社を辞める十年位前からあった


光嶋僕が松家さんを知ったのは、雑誌『考える人』の村上春樹のロングインタビューなんですよ。そしたら小説家になられていて。それでその小説を読んだらいきなり建築家の話がでてきて、「え、なんで編集者なのにこんな細かい建築家のディテールがわかるんだろう?」って。
 編集者として二十数年お仕事されていて、ある日突然書き手としての「プレイヤー」になったわけですよね。松家さんの、その編集者から創作者へのジャンプのことをお聞きしたかったんですよ。

松家十九歳のときに初めて短篇小説を書いて、「文學界」の新人賞に応募したんですね。受賞はせず、佳作でした。ところが次の作品がなかなか書けなくて...。僕は光嶋さんと逆で、本と映画と音楽と、美術や演劇だけで生きていたみたいなところがあって、現実に人と出会うというよりは、創られたものを浴びているあいだはなんとか生きていける、という人間でした。だから、物を書いて暮らせたらいいなあと漠然と思っていた。でも、次が全然書けなかった。
 最初に出会ったのが、湯川豊さんという編集者なんですね。定年退職後は文芸批評家になって、須賀敦子論や丸谷才一論を書いている方です。しばらく書けないでいるぼくを見るに見かねたのか、文藝春秋でアルバイトしないかと声をかけてくれた。そこで編集者という仕事が想像以上に面白そうだなと発見したんです。で、大学四年の10月に──留年したんで正確には五年生だったんですけど──当時は10月1日が就活の解禁日で、新潮社の説明会に行きました。今よりもはるかに出版業界は景気が良かったから、僕みたいなちょっと変な男でも拾ってもらえたんだとおもいます。
 それでこの世界に入って、すぐに編集の仕事に熱中して、小説を書くことなんて考えもしなくなった。ところが四十歳を過ぎたくらいから、書きたい小説がぼんやりと頭のなかに姿を現わすようになったんです。建築家の主人公というアイディアは、会社を辞める十年位前から頭のなかにはありました。中学生のころ建築家に憧れていたんですね。でも数学ができないとだめだと気づいて、高校生になって早々に諦めた。建築の本はその後もずっと読んでいました。『火山のふもとで』は、建築事務所に取材はしていないんです。それまで本から得て、蓄えてきたものだけで書いています。

光嶋それは凄いですね。ちなみに、今の松家さんと、書いてる松家さんって違うんですか? 村上春樹さんが「地下に下りていくようにしないと書けない」っていうのと...。

松家いやいや、まだその境地にまでは達していないです(笑)


同じ人間だからトラブルとか軋轢とかは一緒


光嶋要するに、建築世界の人間模様が手に取るように、なんでやったことないのにそんなに具体的にわかるんだろうって不思議なんですよ。事務所内の嫉妬とか、コンペのアイディアを思いついていく過程とか。

松家いちばん恐ろしかったのは、建築家の方が読んで「これ違うよね」ってなることだったんですが...。イマジネーションだけで書いたわけですけれど、そのイマジネーションもゼロから出てきたわけではありません。憧れていた建築の世界に、本を通じて触れてきた。好きな建築も見に行きました。つまり建築事務所が舞台になる小説も、自分がオリジナルなものを生み出したと意識はまったくなくて、建築への関心と、小説を読んできた自分の中のストックから形を変えて出てきたんだとおもっています。

光嶋僕が今でも学生時代と変わらずスケッチをしているっていうのは、いっぱいインプットをしないと、水をろ過させるみたいにしないと水が流れきっちゃって固定した考えでしか設計できなくなるのがいちばん怖いんですよね。出したいアイディアと、入れたい情報と。そのバランスは小説家の場合はどうなんですか?

松家光嶋さんのドローイングを拝見していても、それが建築家としての仕事に結びついていく道筋が容易に想像できますね。じゃあ僕の中でドローイングにあたるものは何なんだろうと考えてみたんですが、わからないです。手は動かしませんが、やっぱり読むことかな。小説は小説から生まれる、としか言えないですね。
 どうして設計事務所の人間模様がわかるのか、ということについて言えば、建築事務所と雑誌の編集部って、結局は同じく人間の集まりですから、トラブルとか軋轢は構造的には似たようなものなんですよ、たぶんね。四十年とか生きてくると、そういう経験が嫌でも溜まってくる。

光嶋そうか、そうですよね...!


生命力は、空間に依存しているんじゃないか

松家ミシマ社から出ている新しい光嶋さんの本を読んで思ったのが、最終章の子どもが生まれる話が抜群に素晴らしいことです。新宮(シングウ)の火祭りのこと書いていらしてるでしょう? ああいう身体的な経験が日々刻々と光嶋さんを形作っているんだなっていうのが伝わってきました。

光嶋火の聖なる感じとかがね。二月六日は毎年行きたくなります。

松家夜の火祭りの、目の前にある光の列を、まるで建築のように見ている、その描写が素晴らしいです。子どもが生まれる話も、まったく自分ではコントロールできない、言語だけではコミュニケーションができないものがあるという経験、そこに率直にぶつかって、自分のなかの変化を見ている。建築家として、これから次のところに向かう節目に入ってきた、いうのが最後の章の意味合いだと感じます。

光嶋それはすごく嬉しいです。前著の『建築武者修行』は、学生時代のスケッチを「あれってこうだったよね」という風にして、昔の自分に向かって書きました。三島さんとこの本を作る中で、今回は、これからのことを見据えようと。将来自分が四十代、五十代になった時に「三十七歳の時に考えていた建築がいまできているんじゃないか」って思えるような希望を残そうと。
 エピローグでいまもっとも関心のあることを書こうと思いました。娘が生まれて育っていくなかで、しゃべれないから教えてあげなくちゃ、ってなるんですよ。子どもってあまりに未熟だから絶対サポートが必要ですよね? でも、その未熟な二年間に言葉がないっていうことは論理も時間もないと。じつは、いま貴重な存在がここにいるんじゃないか、むしろ親が成長させられているんじゃないかと。

 建築のことを話すと、みんな数値化できることしか語らないんですよ、「八畳のリビング」とか「目黒駅徒歩三分」とか。そんな薄っぺらいものでしか建築が語られないっていうのがですね・・・。設計者として今関心があるのは、非言語的なもの。空間における生命力っていうのは、身体の生命力ともちろんリンクしていて。人間は誰だって空間に依存しながら生きているんじゃないかと。例でいうと、同じ本を読んでも、満員電車で読むのとお気に入りのカフェで読むのって全然違うじゃないですか。それは本と空間がリンクしているからなんです。
 僕は設計者として、住宅を設計するなら、家族に多様に依存する方法、ライフスタイルの可能性を広げるようなデザインを提供したいんです。これは今考えていることで、五年後には変わっているかもしれない。でも、その変わっているのだって、たくさんの人に伝えたいんですよ。火祭りの火も生命力に通じるわけで、そういうものを空間に宿らせたいと思っています。

松家建築も、最近話題になるのはコストばかりじゃないですか。

光嶋そう、まさに比較衡量できるものばかり。

松家光嶋さんがドローイングを描き、子育てをして、非言語的なものから何かを得ようとすることは、すぐに役立つかどうかはわからないけれど、物理的条件、経済的条件だけで語られがちな建築の仕事に、風穴のようなものをあけていく率直な力になるんじゃないでしょうか。光嶋さんらしい仕事は、そこから生まれてくるにちがいない。そんなことを感じます。

光嶋今日は本当にありがとうございました。


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11/2(水)光嶋さんがトークショーに出演します!

光嶋裕介×三島邦弘×大井実トークショー「これからの街」を考えよう ~建築・出版・書店、それぞれの視点から~(福岡・カフェ&ギャラリー・キューブリック)

日 時:2016年11月2日 (水) 19:00開演(18:30開場)
会 場:カフェ&ギャラリー・キューブリック
(ブックスキューブリック箱崎店2F・福岡市東区箱崎1-5-14
 JR箱崎駅西口から博多駅方面に徒歩1分)
出 演:光嶋裕介
    三島邦弘
    大井実
参加費:1800円(1ドリンク付・要予約)
ご予約は、こちら


   

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松家仁之(まついえ・まさし)

1958年生まれ。大学卒業後、新潮社に勤務し、海外文学シリーズの新潮クレスト・ブックス、季刊誌「考える人」を創刊。2012年、長編『火山のふもとで』で小説家としてデビュー、同作で読売文学賞受賞。第2作は北海道を舞台にした『沈むフランシス』、第3作は『優雅なのかどうか、わからない』。2014年10月、編集制作として携わる雑誌『つるとはな』を創刊。

光嶋裕介(こうしま・ゆうすけ)

建築家。一級建築士。1979年、アメリカ、ニュージャージー州生まれ。8歳までアメリカで育ち、中学卒業まで日本とカナダ、イギリスで過ごす。1995年、単身帰国し、早稲田大学本庄高等学院に入学。2002年、早稲田大学理工学部建築学科を卒業し、大学院は石山修武研究室へ。2004年、大学院修了とともにドイツの建築設計事務所で働き、ベルリンで暮らす。2008年に帰国し、光嶋裕介建築設計事務所を開設。2010年、思想家の内田樹氏の自宅兼道場(合気道)の設計を依頼され、翌2011年、建築家としての処女作、《凱風館(がいふうかん)》を神戸に完成。SDレビュー2011に入選。主な作品に《レッドブル・ジャパン・本社オフィス(青山、2012)》、《如風庵(六甲、2014)》、《旅人庵(京都、2015)》など。著書に『みんなの家。~建築家一年生の初仕事』(アルテスパブリッシング)、『建築武者修行~放課後のベルリン』(イースト・プレス)など多数。2012〜15年まで、首都大学東京にて助教をつとめ、現在は神戸大学にて、客員准教授。

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