今月の特集1

『これからの建築』光嶋裕介著、『お世話され上手』釈徹宗著(共にミシマ社)

 去る2016年9,10月、『お世話され上手』(釈徹宗著)、『これからの建築』(光嶋裕介著)という2冊の本が、ミシマ社より刊行となりました。
 『お世話され上手』は、グループホーム「むつみ庵」を営み、お寺の住職かつ宗教研究者である釈先生が、老いや認知症、迷惑をかけることなどを、仏教の目を通して語っています。
 対して『これからの建築』は、新進気鋭の建築家である著者の光嶋さんが、街、ターミナル、学校、橋、ライブ空間、高層建築などあらゆる空間に思いをめぐらせ、スケッチをしながら描いた「マニフェスト」のような一冊です。

 仏教と建築、そしてグループホーム、近くて遠いようなものたちが、実はものすごく繋がっている!?
 宗教学者と建築家による共鳴の対談、2日目をどうぞ。(1日目はこちら

(収録:2016年12月9日 スタンダードブックストア心斎橋店、構成:衣笠美春)

釈徹宗×光嶋裕介 これからの宗教と建築 〜生命力の感じ方(2)

2017.01.27更新

時間とともに生きていく建築

『これからの建築』にもありますが、高層建築は常に強風が吹いているので、絶対に窓を開けられないんですよね。窓を一生開けられない住居ってどうなんでしょう。

 私の主観ですが、そのあたりにたくさん建っているマンションを見ていると、マンションができたときがピークなんですよ。その後どんどん劣化していく、商品価値が下がっていく。
 でも、できたときがピークなのではなくて、住めば住むほどよくなる家もありますよね。100年経って良さがわかる家もある。どちらが人間が暮らすのに心地よいかといえば、後者のほうじゃないかなと思うんです。光嶋さんはこれを家の生命力と表現していましたね。

光嶋凱風館(編集注:内田樹先生の自宅兼道場。光嶋さんが設計を担当)が5周年になり、内田先生と対談をさせてもらったときに、「5年前に道場が完成したときは、なんかよそよそしかった」とおっしゃっていました。その空間に5年間分の、毎日お稽古をしている何かが蓄積していった。道場には神棚があるんですが、「毎日神棚に頭を下げていると妖精が見える気がする」と先生は言います。それって、何かすごくわかるなぁと。


(左)凱風館の外観。(右)道場で合気道のお稽古。 photo by Takeshi YAMAGISHI

なるほど、妖精ですか。

光嶋僕は「生命力」という言葉を使いましたが、何か自分のコントロールできるものの外側にある、数値化したり、比較したりできない異次元なもの、それが内田先生の言う「妖精」なのかなと思います。5年前はまだいなかった、あるいは、いたのに見えなかったのかもしれないけど、それこそが建築が時間とともに生きられていくということですよね。

凱風館も、できたときより今のほうがずっと色合いもいいですよね。木もくすんできて。塗ったベンガラもいい感じの色になっているように思います。
 経年による変化も視野に入れることが住居の生命力を考えるうえでの手がかりでしょう。また、毎日、朝起きて頭を下げられる場所があるというのは、ものすごく幸せなことですよ。日々生きるのが辛ければ辛いほど、そのことが見えてくるんです。私はお寺に住んでいるものですから、毎朝お勤めがあり、本尊に向かって合掌・礼拝をします。すごく面倒くさい日もあるんですけど、本当に救われますよ。

光嶋釈先生も、そうですか。

住居と生命力を解く手がかりに、建築のなかにある「宗教性」みたいなものがあるんじゃないかと思います。住居自体を生き物として考えるというだけでも、ずいぶん宗教性が高いと思いますよ。


関係性を「 」(カッコ)に入れる

光嶋『お世話され上手』のなかに、儀礼は思想や信条よりも関係性が先立つと書かれていましたよね。ここも、すごく考えさせられました。儀礼って、たとえば「道場に入るときは礼をしなさい」というのも一つの儀礼と言えますか?

道場に入るときに一礼をするという儀礼は、道場の神棚に向かってするものですよね。「私はクリスチャンなので一礼はしません」という人がいてもいいわけで、それはそれぞれの信仰や信条です。
 それとはすこし異なり、儀礼の場の問題でして。とりあえず自分の信仰や信条を横において、その場で振る舞うべき行為をするという場面があります。それが、儀礼は関係性が先立つという意味なんです。

光嶋なるほど。

たとえば、私のお友達が亡くなったとする。その人はクリスチャンなのでキリスト教のお葬式ですとなったとき、「僕は仏教徒なので行きません」とはなりませんよね。そこの儀礼の場に心と身体を添わせて、行ったらそれなりに振る舞います。これは、自身の信仰・信念よりもその人との関係性が優先された結果、特定宗教儀礼の場の流れに身を置いているわけです。

 儀礼の場というのは、個人的な信仰や信条は一旦「 」(カッコ)に入れ、関係性が先立つ場だということが、儀礼研究をしていたときにテーマとして浮上してきました。そしてふと振り返ったら、自分の関係性があまりにも乏しいというか、貧しいことに気がついて、ちょっと愕然としました。よく考えたら、人と付き合ったりするのがすごく苦手な人間なので、関係性をテーマに儀礼を考えるにあたって、これではいかのじゃないか、と思ったんです。「巻き込まれキャンペーン」を始めた理由はいくつかあるんですが、そのうちの一つが、儀礼の研究をしていたということなんですよね。

光嶋僕は大学院を卒業して、ドイツのベルリンという街で4年間働きました。日本人という異邦人として働いていることに最初はすごく違和感があったけど、じゃあいわゆるドイツ人ってどんなものだろうと、周りで働く人たちのルーツをたどっていくと、典型的なドイツ人という人などそもそも存在しませんでした。「ドイツではアジア人は働けないから」と言って、排除に基づいて、クリーンなドイツらしいベルリンをつくったとしても、全然魅力的ではないんじゃないかと思ったんです。

その場がどれほど開かれているか、ということですね。それも儀礼や建築を考えるのに重要な要素でしょうね。
 建築の生命力を考えるとき、手がかりの一つとして「宗教性」があるんじゃないかと言いましたが、もう一つ「公共性」みたいなものもありますよね。アサダワタルさんが言っている「住み開き」のような。自分の暮らしのなかの一部を、公共のスペースにしてしまう動きがあったりする。そこでは排除されない安心感が生まれる。


ミクロな事例を丁寧に取り上げることが大事

あの、光嶋さんは凱風館の施工を担当された中島工務店(編集注:木造住宅の施工を得意とする岐阜の工務店)さんと親しくされておられますが、日本の伝統構法(伝統的な木組みの建築構法)は、今の法規制だとほとんど絶望的なんですよね?

光嶋そうですね。まず耐火構造ではないというところで法的なストップがかかります。
 でも、コンクリートなんてまだ100年とすこししか使われていない新しい技術なんです。500年後がどうなっているのかを実験しようにも、100年前のものしかありません。

木造ってすごく手入れが必要ですが、メンテナンスさえしていれば何百年でももつというような面がありますよね。伊勢神宮の遷宮みたいに、つぶしてまたつくるというやり方もあります。

光嶋木造は材料として優れていて、いろんなものに変わることもできるんです。柱が橋になったりもしますからね。

そういうことを意識的に語っていかなければいけませんね。現代建築にしても、現代社会にしても、ひとくくりに語ってしまわず、一つひとつ、個別の事例を取り上げて、戦略的に意識的に語ることが必要なのだと思います。光嶋さんが語ろうとしていることも、僕がやろうとしていることも似たようなところがありますね。

光嶋そうおっしゃってくださると嬉しいです。

むつみ庵だって、理想の住処というわけではないんですよ。運営していて苦労もありますし、上手くいかないこともあります。
 でも、大事な取り組みなので、意識的に良いところを語っています。なにしろ、すでに成熟期の社会、停滞期の社会へと移行しているので、マクロな流れで語ると、ついついネガティブな印象をもってしまうでしょう。高齢者が20パーセントを超える社会、地方自治体も社会保障も先行きは暗い、とか。

 マクロで社会を見るのも大事なんですが、同時にミクロな事例を丁寧に取り上げて、こんなやりかたもあるんじゃないか、と積極的にみんなで生と死のストーリーやコミュニティーの物語を語らないといけないと思うんですよね。そこからマクロな見方の方向性自体を変えていく。


<つづきます>

   

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釈 徹宗(しゃく・てっしゅう)
1961年生まれ。宗教学者・浄土真宗本願寺派如来寺住職、相愛大学人文学部教授、特定非営利活動法人リライフ代表。専攻は宗教思想・人間学。大阪府立大学大学院人間文化研究科比較文化専攻博士課程修了。如来寺住職の傍ら、兵庫大学生涯福祉学部教授を経て、現職。著書に『法然親鸞一遍』(新潮選書)、『いきなりはじめる仏教生活』(新潮文庫)、『死では終わらない物語について書こうと思う』(文藝春秋)、『落語で花咲く仏教 宗教と芸能は共振する』(朝日選書)、『現代霊性論』(内田樹との共著、講談社文庫)など多数。


光嶋裕介(こうしま・ゆうすけ)
建築家。一級建築士。1979年生まれ。8歳までアメリカで育ち、中学卒業まで日本とカナダ、イギリスで過ごす。1995年に単身帰国。早稲田大学理工学部建築学科卒業後、大学院は石山修武研究室へ。2004年、大学院修了とともにドイツの建築設計事務所で働き、ベルリンで暮らす。2008年に帰国し、光嶋裕介建築設計事務所を開設。2011年、建築家としての処女作、《凱風館(がいふうかん)》を神戸に完成。SDレビュー2011に入選。主な作品に《レッドブル・ジャパン・本社オフィス(青山、2012)》、《如風庵(六甲、2014)》、《旅人庵(京都、2015)》など。著書に『建築武者修行~放課後のベルリン』(イースト・プレス)など多数。神戸大学にて客員准教授も務める。

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