今月の特集1

勢古浩爾さんを読もう(三島邦弘)

2017.02.20更新

 かれこれ15年以上前になる。勢古さんと初めてお会いしたのは、私(三島)がまだ20代前半のころだった。その頃、私は新書の編集者をしていて、結局、勢古さんに2冊ご執筆いただくことになる。1冊目が『「自分の力」を信じる思想』、2冊目が『おやじ論』。

 いま初めて思ったのだが、もしかすると、東京に出てきて右も左もわからなかったあの頃、私は勢古さんに「おやじ」を見ていたのかもしれない。むろん、私の父と勢古さんはまったく違う。その知識量、読書量、ましてや執筆量にかんしては、比較するのも失礼なくらいだ(父が本を読む姿をほとんど見たことがない)。ただひとつ共通点を挙げるとすれば、なんの後ろ盾もない、一市井の人間であるところ。それも、田舎から出てきて、地域的な支えや寄る辺もない都市(勢古さんの場合、大分から東京、父の場合、岐阜から京都)で働き、家族を養ったこと。あえて挙げればこうなるだろうか。

 もう少しだけ個人的な話をつづけさせてほしい。
 父は、私が大学を卒業して1年目に体を壊し、自営業をやめざるをえなくなった。東京に出てきて、働く。いずれも初めての体験で不安しかなかったあの頃、私は、気づかぬうちに、自分の心の奥底に響いてくる人の声を求めていたのではないか。企業や会社に守られていたり、地域的地盤に支えられていたり、学歴によりかかったり、ましてやお金に頼ったり、といったところから一切外れ、裸一貫、頼れるのは我が身ひとつ。もがき、苦しみながらも日々を精一杯生きていく。そんな一市井の人の声を。
 勢古さんは、まさに、そういう方にほかならなかった(と当時、直感で感じたのだと思う)。
 ミシマ社を創業して1年目には、『アマチュア論。』を書いていただいた。
 その「はじめに」に、こうある。

 「プロ」でない素人はだめか。(略)そんなことあるはずがない。懸命に考え、安月給に耐えて仕事をし、それなりに責任感を持ち、人生を精一杯誠実に生きようとしているではないか。「プロ」の条件といわれる属性は、すべての人間が目指し備えるべき属性なのである。

 是枝裕和監督は、映画「歩いても 歩いても」のテーマを「人生は、いつもちょっとだけ間に合わない」とされた(『映画を撮りながら考えたこと』)。これは、裏を返せば、何かを失って初めてわかることが多い、ということでもあると思う。
きっと私の場合、父と話したかったのだろう。仕事のこと、家族のこと、人生のこと、いろんなこといっぱい・・・。
 昨年父が他界し、そのことを実感しないではいられないのだが、私がこの仕事を始めて以来、ずっと希求してきたのは、叶えられない父との対話だったのかもしれない。その意味で、勢古さんほど、私の近くで語りかけてくれる人はいなかったように思う。これも、まったく意識したことがなかったのが、勢古さんと父は同じ年の生まれ(1947年・昭和22年)だった。

 長くなったが、なにも私のことを話したかったわけではない。
 ただ、私が感じたように、自分の奥底に響いてくる声に出会いたい。そう感じている人たちには、ぜひとも、勢古さんを読んでいただきたいのだ。
 自分のなかで言語化できずにいた「まっとうさ」を呼び起こしてくれるにちがいない。
初めてお会いして以来、いや、それ以前の著作においても一貫して、勢古さんは、裸一貫我が身ひとつ、一市井の人間としての立場を貫かれ、そこから言葉を発しておられる。
 たまたま手元にこんな記事があるが、


(京都新聞、2017年2月7日)
 「偽ニュース」が跋扈しようが、詐欺的商法が横行しようが、勢古さんはずっと変わらない。逆をいえば、時代が変われば環境が変わり、環境が変われば、知らず知らずに人間の発想や行動に影響が及ぶ。スマホひとつとっても、ずっと手にしている時点で行動が変わっているし(スマホ登場以前、ずっと手元を見つめ続ける人間など目にすることなどなかった)、SNSなどから流れてくる情報の種類が偏れば、それだけ思考も偏りやすくなる。時代の空気を敏感に察知しながらビジネスをする人であれば、時代の空気が詐欺的やり方なんて普通だよ、というふうになれば、いつしか自分がそうしていることにすら疑問を感じなくなるだろう。
 かように、人は時代や環境の制約をものすごく受けている。
けれど、裸一貫頼れるものは我が身ひとつの人間は、時代や環境といったそんな不安定なものに我が身を委ねることなどできやしない(下手に委ねると、それこそ詐欺にあってしまいかねない)。
 くりかえすが、勢古さんは、変わらない。ずっと、そこにいつづけている。
 いま、そんな人の言葉に、じっと耳を傾けるときではないだろうか。
勢古浩爾さんがいてくれてほんとうによかった。きっとこう感じるのは私だけでないはずだ。

『ウソつきの国』は、2017年2月22日の発売です)


  

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