今月の特集2

 先日、弊社・三島もコラムニストをつとめさせていただいている、住ムフムラボ(グランフロント大阪<北館>ナレッジキャピタル4F)で開催されている「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」に行ってきました(体験編はこちらから)。

 その興奮が覚めやらぬまま、同じく「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」を体験された、平尾剛さんと近藤雄生さんと三島の三人で鼎談を行いました。
 暗闇のなかで、いったいなにが見えたのか・・・?
 全2回でお届けします!

(構成:新居未希、山本ひかる 写真:新居未希)

暗闇でみえたこと 平尾剛×近藤雄生×三島邦弘 鼎談

2014.03.19更新

特集2

無自覚でいたら、本当に感覚が落ちてしまう

三島「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」に行って、感覚の範囲の変数をいっぱい増やさないとあかんなと思いましたね。全然違う部分をどれだけつくれるかというか、その人の感覚レベルの豊かさをつくらないといけないな、と。

近藤たしかに。

三島感覚で理解するって大変ですよね。大変だから、「言語化しよう」と今の社会ではなっているんですけど、一方でそれによって本来感覚で動かなきゃいけない部分が落ちていってるんだということに無自覚でいたら、本当に感覚が落ちてしまう。そしてそういうことにあまりにも慣らされてしまうと、一歩目が動けなくなってしまうんですよね。

平尾それ、すごくわかります。

三島あと、これはもっと自然に溶け込んでいないといけないなと思いました。あまりにもかけ離れているところから、体験して衝撃を受ける。けれどもう少し溶け込んでないと、そんなにも日常と切り離されていると本当はよくないんだろうなって。

近藤本当に別世界みたいになってしまっていますもんね。

三島近藤さんがさっきおっしゃったように、それぞれがそれぞれのレベルで、個人レベルでもいっぱいいろんな感覚を持っているはずなのに・・・。

平尾そうですね。

特集2

花粉症はしんどくない・・・かも。

三島たとえば、僕もなんですけど、春は花粉症でみんな「しんどい」って言うじゃないですか。そうでなくて、花粉症によって失われる感覚の代わりに、得られる感覚がきっとあるはずなんです。

近藤ああ~、そうかもしれない。

三島単純に、多くの人は苦しいだけで終わっている。ただひたすら我慢する期間になっているんですけど、この機能しない鼻に変わるものが絶対あると思うんですよ。

平尾実は僕もそれ思ってたんですよ。花粉症のときって、ポーッとしてしまって論理的なことは考えられない。けれどそのときに意外と、フッとひらめいたりする(笑)。だから、それはわかる気がします。

三島そうですよね。たぶん、決めすぎなんだと思います。「こういうふうに暮らしていないと快適じゃない」と思っていて、そこから少しでも「ずれ」が生じたら、それは苦痛で、我慢する行為であり、しんどい......となってくるんだけど、こっちが普通の快適な生き方なんだってシフトしてしまえばいいんですよ。だけれど、その「ずれ」が自分で許せないことが結構多いんじゃないかなと思います。結局、快適さって自分の固定概念ですよね。

近藤これが快適だっていう基準を外から与えられて、そう思いこんでいるのかもしれない。

三島そこから抜け出ないといけないんですよね。

平尾そうですよね。


受け身すぎると感覚が鈍る

特集2

近藤こないだ家族で繁華街に出て買い物していたときに、買い物ってただいろいろ見ているだけで別に何にもしてないのになんであんなに疲れるんだろう、って改めて感じたんです。

平尾うんうん、疲れます。

近藤「なんだ、この疲労は......」って思っていたら、妻が言うんです。「頭に入ってくる情報量が多いからでしょ」と。そう言われて、たしかにそうだなー、と思いました。とにかく視界にいろんなものが入りすぎるんですよね、きっと。

三島ほんまそうですよ。うるさすぎるというか。

近藤色が豊富だし、それにやたらと明るいし。すべての商品が「自分を見て!」とこっちに働きかけている。それってかなり疲れることなんですよね、たぶん。

平尾ああ~。

三島受け身すぎて、感覚にぶりますよね。

平尾ほんと麻痺しますよね。最近知ったんですが、今、赤ちゃんに着せる服で、心拍数とかがわかるセンサーがついているものがあるんです。赤ちゃんがどんな状態なのか、見たり抱いたりして感じなければいけないものが、ぜんぶ数値化され、可視化されることによってどれだけ身体感覚が鈍ることか。

近藤ええ〜、いまそんなものがあるんですか!

三島恐ろしいなあ。


言葉に頼るブルース・リー

平尾あと興味深かったのが、アテンドの視覚障がい者の方に「東京とか都市は人がいっぱいいるから、歩くのって大変ですよね」って言ったら、「たくさん人がいるから歩けるんです。誰もいなかったら歩けません」っておっしゃっていたんです。

近藤おっしゃってました!「誰もいない田舎道が1番怖い」って。人がたくさんいるところだと、空気の流れがあって、大体わかるんだそうですね。

平尾障害物って言ったら言い過ぎやけど、大勢の他者を僕たちは自らの動線を妨げる者として無意識的に捉えているけれど、彼らは逆なんですね。人が多くざわざわした感じを、きちっと自分の中に取り込んで、それを頼りにしている。だから歩けるんですよね。

近藤本当そうですよね。

三島個人で言うと、「最後まで言葉に頼ってたなー」と思いましたね。本当はもっと感覚でやりたかった。言葉に頼るブルース・リーとかめっちゃかっこわるいじゃないですか。「左キックやります!」とか言ってから左キックを繰り出す(笑)。

平尾・近藤(笑)。

三島自分は脳的にわかったつもりになりすぎやな、と思いました。スタッフの方がおっしゃった、この世界の大切さとかも「その通りや!」と思うわけですよ。その通りやと思うことと、そこで生きていくための行動ができることって全然違うじゃないですか。

平尾うんうん。

三島僕はあの暗闇で走ることもできないし、過剰に言葉に頼っていたし、それ以外の感覚がめちゃくちゃ解放されたかっていうとそうでもない。そこに大きな溝があるということが、自分の課題として浮き彫りになったなと思います。ああいうところで走りまわる自分でいたいです。

近藤三島さん、野生の人間ってよくいわれているけど、案外、街の男だったり・・・。

三島そうそう。超シティボーイ(笑)。


それだけで、もう変わっている

特集2

平尾僕は「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」で感じた背後への気配感が懐かしくて、「ああ、自分は衰えたなあ」と思いました。ラグビーをやめてから、その感覚をずっと使っていなかったけれども、またあの時のように使おうとしている自分に気づいて、意識的にこれからもその感覚を使いたいと思ったし、定期的に行きたいなと思いましたね。

三島なるほど。

近藤僕が今回の体験の中でいちばん思ったのは、年をとっていくと、体力とかいろんなものが衰えていくと思うんですけど、でも、そうしてそれまで持っていた感覚や力が弱まったりなくなったりすると、そのぶん何かこれまでにはなかった感覚が目覚めだすのかもしれないな、ということですね。「何かを失うことで何かを得ているのかも」という実感がありました。ぼくは高校時代バスケ部でしたが、いまNBAの試合とかを見ていると、「おれもこれくらいできるんじゃないかな、なんで高校時代、あんなに動きしょぼかったんだ、おれは」とか思ったりするんですよ(笑)。高校時代よりも体力は落ちながらも、その分、その体力のなさを補うために身につけてきた生きる上での工夫や感覚の向上などがあり、その結果、案外いまの方が動けたり、なんてことがあったりするのでは、と・・・。まあ、それは単なる妄想だと思いますけど(笑)。
 いずれにしても、たとえば事故に遭って身体のどこかの機能を失ったりすることは、今までリスクだとしか考えてなかったけれど、実はそうではないのかもしれない。なにかをなくすことで、新たな世界が開けるかもしれない。そういうふうに思えるきっかけをくれたように感じています。

平尾そう思える余裕を持ったという、それだけでもう変わっていますよね。

近藤ほんとにそうです。

三島とにかく、みなさん一度は行ってみてくださいということですね。これにつきます(笑)。

平尾・近藤間違いないです(笑)。

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