今月の特集2

 自分たちの「世代」を考える――。
 特集1では、「音楽、建築、出版」という表現の分野における、自分たちの役割について語りあいました。

 今回は「ぼくたちの世代」の「家族」について。
 作家・早見和真さんにお話をうかがいました。早見さんは、1977年生まれのまさに同世代。映画にもなった『ひゃくはち』でデビューされ、5月24日より公開の『ぼくたちの家族』の原作者でもあります。
 実は、『ひゃくはち』『ぼくたちの家族』の原作者、プロデューサーは同級生。おふたりは『ひゃくはち』でデビューしたのです。
 自分たちの世代が直面してきたこと、これから直面せざるをえないことを、血の通った言葉と映像で、必死に伝えようとしている――。

 早見さんたちのメッセージは、「同世代」を考えるとき、けっして無視することができない。
 そういう思いで、インタビューに臨みました。

(聞き手:三島邦弘、構成・写真:新居未希)

僕たちの世代② ――家族を考える・早見和真さん

2014.05.22更新


「あなたが私の息子って、本当? あなたはモリガミヤソキチじゃないの? ええ、なんで? 私わからない。あなたが息子なの?」
 今度は何を言い出したのか見当もつかなかったし、知りたいとも思わなかった。のべつまくなしにまくし立てる母を、浩介は黙って見つめる。相手にするだけ無駄なのだ。人間の記憶とはこんなにも儚いものなのか。目の前にいる母は、すでに家族の知っている母じゃない。(『ぼくたちの家族』P87)


「そこに希望はあるのか」ということを突き詰めたい

―― 月並みの言葉ですけど、映画、すごく感動しました。映画も原作もあまりに血が通っていてまったく他人事では観れないし、自分たちが日々の中で目をつむったり、シャットアウトしていたものをいろいろと呼びさます作品だなと。

早見ありがとうございます。とくに今回は、自分が生まれ育った家族に対して牙をむこう、と決意して書いたというか。「そこに希望はあるのか」ということを突き詰めたいなと思ったんですよね。だから親父、おふくろ、自分という近いところで最初から書こうと思っていて。

―― はい。

早見小説も映画も父、母、兄、弟という4人家族の設定ですが、兄弟を2人に分けたのには理由があるんです。石井さん(石井裕也監督)は最初に会ったときから指摘してくれていて。「あれは早見さんが2人にわかれてるんですね」「早見さんのロマンチストな部分が弟に投影されてるし、早見さんの生真面目な部分が兄貴に投影されてる」と。

―― ほおー!

早見これが石井さんの見立てだけれども、それは半分正解で半分不正解だと僕は思っていて。「こういうふうに生きていきたい」「軽やかに、何も背負うな」という僕の生き方の〈理想〉が俊平なんですよ。でも「結局は背負ってしまう。飲み込まれてしまう」という〈現実〉が兄の浩介。これが、書いた当時の僕の思惑でした。

―― なるほど。

早見付き合いの長い友人の中には、この『ぼくたちの家族』を読んで「見事に早見が2つにわかれてる」っていう人もいたし、僕が必死に弟のように振る舞っていることも見抜いている人もいた。まわりの人たちの話を聞いているだけでもおもしろかったのを覚えています。





 週明けに会う約束を交わしながら、一瞬、生まれてくる子のことが胸を射貫いた。これが理想の父親じゃないことはわかっている。わかっているのに、どうしても父のようにはなりたくない。
 家族に弱みは見せられない。家族に弱さをさらすくらいなら、自分は外で吐き出したい。そう、堪えしのべばいいだけだ。
 言い訳じみた思いだとわかっていたが、浩介は頭の中で繰り返す。(P130)


家族の業みたいなものに、しっかり捉えられていた自分がいた

―― 実際の早見さんはご兄弟は・・・。

早見いないですね。僕自身は無理をして弟(俊平)のような人間を装っているというよりも、そう思われたいなあと常に思ってるんです。なんかヘラヘラしてて、でも決めるときは決めるってカッコいいじゃないですか。楽だろうし。

―― そうなりたいってことは、現実ではそうじゃない?

早見おふくろが倒れたときに、そうなりきれなかった自分を突きつけられたんですよね。もう、誰にも頼れなくて、一人で抱え込んで鬱々としている自分っていうのが現れたんです、そのときに。

―― なるほど。

早見おふくろが倒れたとき、本当にいろんなことを突きつけられました。それがこの小説を書きたいと思った一番の理由だったと思います。「俺、こんなに親父に期待してたのか」という自分にも気づいたし、「こんなに母親に対して、母としての役割を求めてたんだ」ってことにも気がついた。かなりのインパクトがありました。

―― はい。

早見僕は15歳から親元を離れて寮生活をしていたから、両親とわりといい距離感を保っていたつもりだったんです、ずっと。とっくに親離れしているし、子離れしてるはずだったのに、でも実際は全然そんなことはなくて。家族の業みたいなものにしっかり捉えられていたんですよね。「家族の形に正解なんてない」って言い張っていたはずの自分が「父親なんだからがんばれよ」って思ってたり、「母親なんだから喜べよ」って感じたり・・・。僕にとってはなかなかの衝撃でした。



 
©2013「ぼくたちの家族」製作委員会


「なぁ、お母さん。もう勘弁してくれよ。頼むからもう黙ってくれ。頼むから、頼むから、もうさ......」
 そのとき、電話の向こうで俊平のあわてた声が聞こえた。なんとかなだめて受話器を奪おうとするが、母も絶叫に近い声を上げて抗っている。
 聞いていられなくなり、浩介はそのまま電話を切った。言いそびれた言葉が滲むように湧いてくる。頼むからもう死んでくれ――。俊平が現れなかったら、自分はそう口にしていたのだろうか。(P128)


リアリティーを出すため、むしろエピソードを削った。

―― 早見さんご自身が一番追い込まれたなというのは、どんなときだったんでしょうか。

早見それが、おふくろが壊れてしまったときよりも、それに対して動揺しまくって、機能しなくなった親父を突きつけられたときだったんですよ。

―― なるほど。

早見僕は結構、「むき出しになったおふくろ、可愛いな」って思ったし、僕のことを忘れて違う人の名前を叫んだときに、正直笑っちゃったんです。でもそれに動揺している親父を突きつけられたときに、いちいち心がえぐられるような気がした。「今がんばんないでどうすんの?」「1週間で死ぬんだぜ、いいの?」って思っている自分がいたり。

―― うん、うん

早見あと、母が1週間で死んでしまうという事実よりも、この状況であと何年も生きながらえてしまうということに対して恐怖を感じたことを覚えています。「万が一あと10年この状況で生きちゃったらどうするんだろう?」と一瞬でも思ってしまった自分が、今思えばやっぱり怖いですよね。

―― 病気が発覚する前日とかは、本当に想像もしていないような感じだったんですか?

早見本当に想像していなかったです。小説も全然ドラマチックに書いてない。むしろリアリティーが欠如してしまうと思って削除したエピソードがいっぱいあります。

―― なるほど。

早見ちなみに映画の舞台の三好町は、まさに僕らの住んでた家のある町で撮影されているんです。最初は、家はセットを組むって言ってたと思うんですけど、石井さんが「早見さんがリアリティにこだわったように、映画もリアルにこだわりたい」と。それでプロデューサーが実際に空き物件を探しまくって見つけたのが、映画に出てくる家なんですね。僕が浪人中息抜きにタバコを吸ってたところが出てきたりするし、俊平役の池松君が乾杯する中華料理屋も、まさに僕と親父と、僕の奥さんと3人で「これからどうする?」って会議した中華料理屋なんですよ。

―― ええ~! ほんとですか! あれは・・・ほんとうにリアルでした。

早見だとしたら、石井さんの狙いは成功したんだと思います。嬉しいです。




©2013「ぼくたちの家族」製作委員会




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早見和真(はやみ・かずまさ)

1977年横浜生まれ。大学在学中からライターとして活動を始め、2008年に『ひゃくはち』で作家デビュー。著書に『スリーピング★ブッダ』(角川書店)、『6 シックス』(毎日新聞社)などがある。



ぼくたちの家族
5月24日(土)より、新宿ピカデリー他
全国ロードショー
配給:ファントム・フィルム
©2013「ぼくたちの家族」製作委員会

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