今月の特集2

 2014年10月10日、青山ブックセンターにて作家の早見和真さんと、ミシマ社代表三島邦弘のトークイベントが開催されました。

 東京を離れた地で傑作『イノセント・デイズ』を書き上げた早見さん。
 東京を離れて「出版不毛の地」で出版社をつくる動きをとった三島。

 作家、編集者の立場から、「東京一極集中」とは違う世界、「地方の可能性と現実」を語り合いました。2人とも鼻炎(東京のせいという説あり?)を抱えながらも、おおいに盛りあがったトークの様子を3回にわたりお送りします。

 3回目の今日は、地方で暮らすことや出版業界まで、縦横無尽に広がるふたりのお話をお届けします。

(構成:星野友里、写真:池畑索季、構成補助:高橋賢治郎)

早見和真×三島邦弘 地方で作家、出版社をするということ

2014.10.31更新

いま、開きたいなーって思ってます

三島地方の話をすると、現地の方々との交流とかあるんですか?

早見まさに、いまその話をしようと思ってたんですけど、なんとか心を開くまいとしてたんです。4年間。乱すな、オレに触れるなっていう顔をしてたと思うんですよね。たとえ楽しそうと思ったとしても消防団とか入らないように。

三島やっぱり、そういう話くるんですね(笑)

早見明らかに異物なんですよね。だからみんな良くしてくれる。きっと小説家だからという理由でほっといてくれたし、この4年間何一つ不満はない。心からしゃべれるのは数人だな、という感じでした。それが、この半年くらいすごく開いてるんですよ。ぼくをよく取材してくれる地元新聞の記者にそんな話をしたら「早見さんに会いたいって人あげてきます」って言ってくれて、近くの町長からなんとか寺の住職とか・・・。でもその人たちに会うのも本当に楽しみで。

三島それはいいですね。

早見昨日、何でかなと、ひょっとしたらこの町を出ていくときが近いのかな、なんて思ってたんだけど違って、今日朝起きたときに答えを見つけたのですが、これはきっと『イノセントデイズ』を書けたからなんですよ。ぼくの4年間の集大成はやっぱこれだったんです、いまの段階で。4年前に引っ越してきて、この完成型ができたときに、ああ開きたいなーって思った気がするんですよね。これ、どうすか、読みたくなりませんか。

三島きましたねー(笑)。でも、これほんとによく書ききれたなと。すごい作品ですよ。
これを最後まで書かれたってことと、伊豆と移られたことと、どう関係しているのかなってことを今日一番聞きたいかなって。


たとえ自分が狂ってもこの本だけは書こうと

早見やっぱ東京いたらこの本は書けなかったと思うんですよ。本当に逃がさなかったんですよ。自分を。小説からというよりも、主人公である死刑囚の田中幸乃という登場人物から目を背けないって一年間自分に課したんです。本当に飯食えなくなりましたし、寝られなくなったし、夢ばっか見るし、あ、これ本当に体おかしくなるわって。でも、たとえ狂ってもこの本だけは書こうと、そこはもう逃げないって決めて。マジで超痩せてたんですよ。14キロくらい、1章1キロ痩せました。

三島そうしてやってるとき、バランスをとろうとは思わなかったんですか?

早見思わなかった。どんだけおかしくなれるかって。じゃないと田中幸乃さんに失礼だって変な考えが芽生えたんです。

三島なるほど、それはすごいですね。

早見なんか、デビュー作の『ひゃくはち』の時は自分の視点とか目線とか訳わかんなかったし勝手に没入していったんですよ。主人公はあれは完全にぼく自身で、その目線だけじゃいつまでも通用しないなと。だから2作目以降はどんだけひいて見られるかを自分に課してみたんですね。だからパソコンで書いている自分の後頭部をもう一人の自分が見てるということを延々と意識してきたなかで、六作目で初めてそこを一回取っ払おうと。もう一回意識的に潜ってみようと。でもぼくは田中幸乃じゃないし死刑囚にはなれない、じゃあオレは一番そばで見ていようと。小説家っぽいこと言ってる・・・(笑)。

三島いや、すごいです。

早見2008年の『ひゃくはち』を書いた6月のぼくに今のぼくがこれを持っていって、おまえ6年後これ書くぞって渡されたら、たぶんオレ頑張ったなって思えると思うんですよ。それは常に自分に突きつけていたいとは思うし、5年後の自分をがっかりさせたくない。できることなら『失われた小説を求めて』は書きたくないと思ってます(笑)。


不景気ですよね話をふきこんでくる大人たち

三島最後の最後に『失われた感覚を求めて』を書くモチベーションになったのは、なんというか出版の全体の空気感がちょっと嫌なものになっているなと感じるところがあって。

早見わかります。なんかやかましいですよね。三島さん含めてよく話すんですけど、少なくともぼくの人生の中では今が一番景気いいんですよね。食いたいもん食えるし。行きたいとこ行けるし。そのぼくに、なんか不景気ですよね話をふきこんでくる大人たちがいっぱいいるんですよ。37才のぼくが大人とかいうのもえげつない話なんですけど(笑)。でも、なんかそれに飲み込まれそうになるんですよね、その空気感に。

三島ほんと、そうなんですよね。

早見本が売れない時代なんだなーみたいなことを思いもするけど、でもぼくは今が一番売れてるんですよ。もうそんな空気触れさせないでって思うし、もうひとつは、少子化の話をするんすよね。読者人口の話とかしてくるんですけど、でもあんたらそのための努力してないじゃんて人が多いんですよ。で、そういう人たちに、じゃあもうおれたちはパチンコでもなく車でもなくモバゲーでもなく、小学生とか中学生を小説好きに、本好きに洗脳して良い立場なんだから、たとえば小5の一年間、中2の一年間は一冊本読んだら出版社持ちでほしい本あげるっていうシステムを作ろうよって、本ないと生きていけないっていうことやろうよっていったら鼻で笑われるんですよね。

三島早見さんはいつもこういう素晴らしいアイデアをね、次から次へと出してくれる、けっこうぼく、採用しているというか。

早見今度、ミシマ社で中高生に読ませたい一冊っていう本をつくるんですよね。『失われた感覚を求めて』でもそのことに触れられてるんですけど、そこにぼくの名前が出てこない。オレの企画なのに!

三島すみません、一体化してるんです(笑)。


やれることやろうよ、ぐだぐた言ってないで

三島作家がいて編集者がいて、今はまだ言語化できないようなときめくものが企画段階であるとしたら、そこのまだ未分化なものが最終形になったときに、形になったものをほしいって思っている所にちゃんと届けるのが適正な循環というか、ものづくりの基本だとぼくは思っているんですけど。

早見そうですね。

三島今、ものづくりのイニシアチブが全然違うところに行きつつある。そこは本当に変えていかないと。気づいたときには遅いんですよね。つくれなくなっていってる。体が反応しなくなる。もっと感じ取れていたはずの生きた情報も感知できないで、個々が受け入れる情報しか流さない。そこが本とかメディアの画一化につながっているだろうなと。京都とかに行くと全く、いや全くとは言わないけど。

早見そもそものくだらないルールがない。出版というものに対する。

三島コレおもろいわーってなったら、やりましょかって。そこが課題なんです。変なのが今後出てくると思う。これまでのメディアの価値からしたら。だけど、この時代に出しておいたほうが良いかもしれないし、本当に変なものかもしれない・・・。

早見いいんですよ、クソみたいなもの出しても。なんかこういう理由で、このタイトルはなんちゃらでとかも含めて、たかだが1万部とかいう世界じゃないですか。どうせじり貧なんだからやれることやってみましょうよ、ぐだぐた言ってないで。

三島大胆にどんどんやっていったらいいですよ。

早見ぼく世代論嫌いですけど、そこを引き受けてこれから面白がれるのってぼくらの年代なんじゃないかなって思ってるし。でも、なんとなくだけど三島さんとやる本売れそうにないんだよなー(笑)。

三島そんなことないですよ。

早見愛してはくれると思うんですけどね。

三島もちろんです。


   

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

早見和真(はやみ・かずまさ)

1977年、神奈川県生まれ。大学在学中より、ライターとして活躍。2008年、『ひゃくはち』で作家デビュー。同作は映画化、コミック化されベストセラーとなった。他の著書に、『スリーピング・ブッダ』(角川書店)、『ぼくたちの家族』(幻冬舎)、『ポンチョに夜明けの風はらませて』(祥伝社)、『6(シックス)』(毎日新聞社)、『東京ドーン』(講談社)がある。

バックナンバー