今月の特集2

『シェフを「つづける」ということ』井川直子(ミシマ社)

 2月に発刊となった『シェフを「つづける」ということ』(井川直子著)。ノンフィクション作家の星野博美さん、ブックディレクターの幅允孝さん等々の素敵な書評が相次ぎ、書店員の方々の支持も熱く、じわじわとその熱量がひろがっています。
 今月6日、本書の発刊を記念し、代官山 蔦屋書店にて、著者の井川直子さんと、『料理通信』副編集長の曽根清子さんによるトークイベントが行われました。
 井川さんが2006年から『料理通信』で連載されている「新米オーナーズストーリー」をずっと一緒に9年つづけているというお二人が、お店で働き、生きていくということについて、そして「つづいている」お店の共通点について、具体的な例をあげながら語ってくださいました。
 料理店にかぎらず、自分の仕事を「つづける」ことを見つめるヒントがたくさん詰まったその内容の一部を、ここにお届けしたいと思います。

(構成:星野友里、構成補助:田渕洋二郎、写真:池畑索季)

お店で働き、生きていくということ 井川直子×曽根清子 後編

2015.04.25更新

僕らの考えるエレガント(リストランテ ヤギ/代官山)

曽根次は中目黒のラ・ルーナ・ロッサ(『シェフを「つづける」ということ』に登場される高田昌弘氏がシェフをされていたことがあるお店)でも働いていた八木シェフが代官山に開いたリストランテです。これは2012年なんですけれども、久しぶりにリストランテの取材だなって思ったのを覚えています。

井川そうですね、このころは震災の後で、次々と外国のリストランテが日本から撤退してしまったんです。時代の流れとしてはリストランテではなく小さい店とか、日常的にみんなが気軽に飲める店に移っているのに、「あえてのリストランテ」なんだってびっくりしたことを、私も覚えています。

曽根八木シェフは「何でリストランテじゃダメなんだろう」っていう理由を考えたんですよね。その理由というのが、無駄が多いこと。無駄にエレガント、無駄に堅苦しい、無駄に高い......。じゃあ、その無駄なものを全部省けばいいじゃないかって考えてらっしゃったんですね。

井川彼は経歴からしてリストランテで育ってらっしゃいます。それで自分の知っているリストランテって、そんなに悪いものじゃないよっていうことをちゃんと伝えたいんだっていう明確な意思があったんですよね。

 何を無駄かと考えるのはその人の背景によって違うと思うんです。彼の場合はお客さんと自分が同世代と考えて、僕らの考えるエレガントって何だろう、僕らの考える無駄って何だろうっていうのを等身大で考えていった。そうすると、有名画家の絵があるよりもかっこいいワインラベルの原画をセンス良く飾ってたほうがいいよねとか、ロマネスク朝の家具よりもモノクロームの皮の質のいいのがいいよねとか、そうやってエレガントの価値観を少しずつ修正していかれたそうです。


間違いを誰も正してくれないという危機感(Ata /代官山)

曽根こちらは正統派フレンチで修業を積んだシェフが、代官山に開いた魚介ビストロです。夜遅くに行ったら映画の音楽がかかっていて、ふっかりとした足の低い椅子に腰かけたらもう立ち上がれないくらいの感じで。なんだかすごい自由なんです。

井川ここはほんとにユニークなお店で、お店のなかに架空の物語をつくっちゃうんです。1789年フランス革命頃という時代設定で、北欧あたりの海に浮かぶポントレット島という名前を付けた島を想定して、そこにはどんな人がくるのか、どんな街なのか、という物語を全部このお店につくったんです。そこにあっておかしくないものだけを置いている、という感じでした。

曽根なんでそんなことをするかというと、オーナーシェフになると間違いを誰も正してくれないという彼の危機感だったんですね。じゃあ間違ったことがわかるように自分で物語を書こうって思ったと聞いたときに、「すごい!!」って思いました。

井川唯一の答えはお客さんがいなくなることで、それでは遅いということで、そこにあるべきものかどうかってことだけを自分に問いかけていけば、イエス、ノーに迷いがなくなるとも仰っていました。人間は弱いものだからちょっとうまくいかなくなると、価格競争に走ってしまうかもしれない。料理人であることの根本からそれないように、物語を作るんだって。


目指す地点に向かう一本の線(L'AS /表参道)



曽根こちらは2012年に表参道で昼夜5000円コース一本のお店で独立した兼子シェフが、独立後一年九カ月にして移転拡張したお店です。

井川兼子シェフもものすごく突き詰めて考えていらして、「素晴らしい料理でもお客がなぜか入らない店」と「そんなに料理が特別なわけではないのにいつも満席の店」の違いは何だろうと。独立前に、この理由がわからないと店をやってもダメになるな、と思ったそうです。

 感じたのはシェフの目指す地点が明確で、それに向かってすべてが一本にならんでいると、エネルギーが回り始めること。そのエネルギーにお客さんは引きつけられるんだっていうのが彼の答えだったんですよね。目指す地点を、兼子シェフの場合は自分が一番になれる土俵、と考えました。ではそれがどこかを探すときに自己分析をしていったんですね。

曽根そうなったときに、自分は即興で料理を作るタイプの人間ではないと。細部まで考え抜いて料理を作るから、再現性が高く、精度の高い料理をスタッフを使って作れる。そしてコース一本、トップクラスのフレンチの技を5000円で体験できるという店を形づくっていきました。

井川すごく理路整然としていて、なぜ5000円かというと、8000円の店はよくあって、5000円で正統フランス料理を食べられる店はすごく珍しいんじゃないかと。

 シェアではおいしさはフルに伝わらないからコースのみにする。コースごとに値段に段差をつけると力が分散するから一本に絞る。コース内容はコストを下げるために大量仕入れてメニューは2週間固定。シェフは営業中は司令塔として指示を出さなくてはいけないので、サービスに徹して全方位に目を配りながら店全体を回していく。そのために厨房客席一体型レイアウトなんですね。コックさんもお皿を運ぶ全員サービス体制。

 飲食業は慢性的にサービス不足が叫ばれていて、僕はそれを追いかけたくないと仰ってました。コックさんもお皿を運んでみんなでもてなしたい、楽しんでもらいたいという、本当にすべてが目的地点に向かって一本の線になる道をいってらっしゃいました。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

・・・いかがでしたでしょうか。シェフたちの言葉や思想の強さはもちろんのこと、それを切り取られる井川さんと曽根さんの眼差しにもまた、このお仕事を「つづけられてきた」お二人ならではの強さ、厚みを感じます。最後に、トークのなかでのお二人の言葉を引いて、終わりにさせていただきます。


井川料理や空間が同じレベルにあって、その中でお客さんはどの料理人、どの料理を選ぶかとなったときに、「伝えてくれるもの」に共感して選んでるような気がします。たとえば思想に共感することであったり。ただ「居心地がいいよね」ということだけじゃなくて、そのお客さんが意識している、していないにかかわらず、選んでいると思います。

曽根やっぱりぶれない何かをもっているというのは、お店をやっていくうえで、一番核になるのかな、ということを取材をしていても思います。私たちはそのぶれない何かをシェフに聞いていくことが仕事なんです。料理人さんは、自分で手を動かして、自分で体験したことからしか言葉を紡ぎださないので、そういう言葉を聞きたくってこの仕事をやっているのかなって思います。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

バックナンバー