今月の特集2

邦楽って、なんだか難しそう。
どう楽しんでいいかわからない......そんな人も多いのでは?
邦楽の歴史研究者でもあり、常磐津の演奏者でもある、京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター准教授の竹内有一先生に、お話を伺いました!

学生と市民が合同で、常磐津の浄瑠璃と三味線を3カ月ほど体験する講座を主催しました。好評につき延長開催中です。2015年7月京都芸大にて。(竹内)


◎この記事は、京都市さんと作成した「京都 和の文化体験の日 邦楽入門の入門」と対をなしています! 冊子と本記事をあわせて読むと、より深く邦楽の面白さを知ることができるかも? 冊子についてはこちら

(構成:新居未希、写真はすべて竹内有一先生にお借りしました)

邦楽入門の入門 web編(2)邦楽ってほんとに面白いの?

2015.11.24更新


J-POPに潜む、伝統的な感性

―― 「邦楽」と聞くと、日本の伝統的な音楽ではなくて、J-POPや演歌を思い浮かべる人のほうが多いような気がします。

竹内そうですよね。けれど伝統的な邦楽とJ-POPの2つは、そんなにかけ離れたものでもないんです。たとえば「音階」に着目してみると......
日本人が古代から身につけている音階は「ド・レ・ミ・ソ・ラ」、5音の音階なんですね。「せっせっせーのよいよいよい」といった唱えごと・あそび歌、「こいのぼり」のような童謡、「越天楽」のような雅楽もこの音階です。「ファ」と「シ」、つまり4番目と7番目の音が抜けるので、「ヨナ抜き」という愛称があるほど、古くから親しまれてきた伝統的な音階、音感なんです。
実はこれ、J-POPにもたくさん隠れてます。朝ドラ「朝が来た」の主題歌なら、「あしーたがんばろう」のところ(ソラーミレドラドドー)とか。J-POPのサビのあたりは、ヨナ抜きが多いですね。だから、口ずさんだり、耳に残ったり、しやすいんですね。

―― そんなつながりがあるとは! 全然知らなかったです。

竹内外国の音楽にも、「ヨナ抜き」はあるんですよ。「蛍の光」のもとになったスコットランド民謡、ブルース、ジャズなど、ビートルズの曲にも。

―― 意外な発見です。だから、外国の音楽でも自然に好きになれて、日本でこんなに広まったのかもしれませんね。

竹内このような視座は、世界中の音楽を聴き歩いた研究者、小泉文夫さんが早くから研究に生かしていて、『音楽の根源にあるもの』という本などに詳しく書かれています。おすすめです。


タコツボ文化と変容させる力

―― たとえば邦楽の中でのジャンルや、使用する楽器はどれくらいあるのでしょうか?

竹内単純にいくつある、ということは、はっきりとは言えないです。どういう点に着目するかによって、いろんな説明のしかたがあるからです。たとえば、歌舞伎に使われる音楽ジャンルに着目すると、長唄と義太夫節が基本ですが、私が関わっている常磐津節や清元節も重要で、特定の演目にしか使われない大薩摩節や河東節、さらに、明治以降は歌舞伎では使われなくなった富本節のような絶滅危惧種もあります。

―― 歌舞伎に関係ある音楽だけでもたくさんあって覚えきれないです。ほかにも雅楽、能楽、地歌・箏曲、まだまだあるでしょうから、それぞれについて詳しくみていくと、たいへんなことになりますね。

竹内そうなんですよ。でも、楽器の使われ方を細かくみていくと、いろいろな不思議に出会えて面白いですよ。笙や篳篥(ひちりき)が雅楽だけに用いられるのはなぜ? 能楽に弦楽器がまったく使われないのはどうして? その答えをわかりやすく説明できたら面白いでしょうね。
 結局のところ、時代背景、用途や受容層ごとに、ジャンルと楽器の組み合わせ方の習慣ができていく、そこから枝分かれして独自に展開を遂げていく、そしてそれらが併存していくんですよ。政治学者の丸山真男さんが日本の社会や文化を「タコツボ文化」と言い表しましたけど、邦楽の歴史やジャンルも、タコツボみたいなところがあると思います。

―― なるほど!

竹内もう一つ面白いことは、それぞれのタコツボの起点が、必ずしも日本に根ざしているとは限らないことですね。「雅楽」やその楽器はおもに中国・朝鮮から、「三味線」は中国・琉球の影響から、そのほかにも......。雅楽のように、もとになった音楽が本国には残っていないという場合もありますし。でも、それが日本にだけ残っている。タコツボ文化だから、継承され保存されたんでしょうね。もちろん、もとの形のままではないですけれど。日本人は、よそから来たものを受け止めて、醸成させていくことが得意なんでしょうかね。

―― たしかに、それは音楽以外のいろいろな文化や営みにも共通する現象でしょうね。

竹内日本の音楽史をひもとくと、まず、外国の文化を導入する時期が100年続くんだそうです。その間にそれが定着するか消滅するかが決まり、定着に向かった音楽や楽器はさらに100年が経つと消化吸収に向かう。さらに100年経つと自分のもののようになって、自然に変化を交えていく。そういう流れが、しばしば繰り返されることが日本音楽史の特色だと考えられているんです。雅楽がそうですし、三味線もそれに近い面がありますし、日本で行われている西洋音楽だって、これからは、そういう視点でみていくと面白いですね。

京都生まれの故 常磐津一巴太夫師(いちはだゆう、左から3人目)は、門閥の出身ではありませんでしたが、常磐津浄瑠璃方として史上初の人間国宝に。私もいろいろなことを学ばせていただきました。2013年8月京都南座にて。(竹内)


世襲と名義

―― たとえば歌舞伎だと、スターの座はほぼ世襲制ですよね。邦楽は、世襲などではないのでしょうか?

竹内世襲制というと、親から子へ一子相伝、みたいなイメージでしょうか。そういう捉え方に疑問を呈した研究者がいるんですよ。どういうことかというと、世襲によって継承されるのは「名義」、名前や芸名であって、血縁を継承するのではないというんです。だから、養子や芸養子を立ててまで大切な名義が継承されたり、いったん途絶えた名義が復活したりする訳です。

―― なるほど。では言い方を変えると、外部から邦楽の世界に入ることは、よくあるのですか?

竹内そういう人は、昔も今もたくさんいらっしゃるようですよ。私もそうですし。歌舞伎の舞台に出ている演奏家でも、かつてギターを弾いていた人、音楽大学でクラシック音楽を専門にしていた人など、いろいろな経歴の人がいます。意外かもしれませんけど、京都の芸妓さんにも、そういうかたはいらっしゃいます。

―― 竹内先生ご自身は、いつから邦楽に興味を持たれるようになったのですか?

竹内私は子どもの頃から鍵盤楽器をいじったりするのが好きだったようです。父親が謡曲の師範で、家で時々聞こえてきましたが、申し訳ないことに子供の頃は関心を抱かなかったようで......。学生時代に長唄三味線や歌舞伎に巡り会い、凄い演奏だな、かっこいいなあと思ったのが、興味を持ったきっかけです。その後、常磐津節の浄瑠璃の稽古をはじめましたけど、聴くことが好きだったので、まさか自分が演奏家になるとは思いませんでした。大学のほうから音楽学の研究者としてかろうじて働く環境をいただいてきたので、なんとか両方を結びつけて、面白いことができればなあ、と思っています。

―― そうだったんですね。さきほどの話に戻りますが、名義を継承していくということは、たいへんそうですよね。

竹内大事な名義を背負って芸を受け継いでいくのは、スター的な立場のかた、流儀の代表者である御家元などの役目です。心労の多いたいへんな仕事だと思います。流儀の一人一人の将来を担っていく訳ですから。
 たとえば常磐津節の場合は代々、文字太夫という名義がスターであり流派の看板になっています。でも、最初からそうだった訳ではありません。また、常磐津節も最初から「伝統」音楽だった訳ではありません。文字太夫という名義を継承した人々の工夫と努力、その名義と常磐津節を慕って盛り立てようとする門人やファンの支え、両方が噛み合って育まれてきたんでしょうね。

―― でも、邦楽のような古典は、いくらなんでも流行に左右されたり、受け継げなくなって困るようなことは、ないですよね?

竹内いえいえ、消滅したジャンルや流派が、江戸時代からいくつもありますよ。楽器もそうです。先ほどのタコツボにたとえて言えば、ひび割れたり、さまよい流れて行方不明になったり、そんな感じでしょうか。逆に、明治以降から最近までの間に、新たに生まれたジャンルや流派もあるんです。常に新陳代謝を繰り返しているということですね。


ちょっと気になるアノ話

―― ひとつ、気になっていることがありまして。そのー、演者さんは、どうやって生計を立てていらっしゃるんでしょうか?

竹内それは気になりますよね。たとえば、歌舞伎に出演される演奏家だと、ひと月に25日間興行がありますので、それだけでかなり忙しいです。でも、歌舞伎興行の場合は出演単価がそれほど高くはないと思います。それから、興行に毎月のように出演する人は限られていますし、交代で出演することもあるので、歌舞伎出演だけで生計を立てている人は、ごく一握りのかたということになります。

―― たとえば、小鼓とか能管だったら、能の舞台でも歌舞伎の舞台でも掛け持ちで仕事ができそうですが?

竹内能と歌舞伎の演奏家は、まったく違うジャンルになりますから、同じように見えても、演奏する曲も演奏のしかたも異なります。それぞれ専従者として独立していますので、プロの演奏家が両方の舞台を一人で掛け持ちすることはできないですね。だから、京都創生座でやっているような異ジャンル交流の舞台が成り立つともいえます。義太夫節の演奏家も、人形浄瑠璃(文楽)の専従者と、歌舞伎(竹本)の専従者とに、完全に分かれています。

―― 演奏という職業をみんなで役割分担してやっていくための習慣や仕組みがきちんと定められているということですね。

竹内どんな邦楽ジャンルでも、演奏活動だけで生計が成り立っている人は、スター的な人、トップの一握りの人だと思います。それはクラシック音楽でも同じです。演奏活動以外に収入を得る方法は、演奏の教授と教育、つまりお稽古やレッスンでしょうね。後継者や愛好家を育てることは、とても大切ですし、教えることが演奏家自身の修行になるという意味もあります。多くの演奏家は、演奏活動と門弟への教授活動の両方をなさっていると思います。

―― なるほど。プロにもいろいろな状況があるんですね! いやあ、邦楽の世界は、まだまだ奥が深いです。まずは実際に聴いてみるべし、体験してみるべしですね!

実演家団体主催の公演は、演奏家が研鑽と試練を重ねるためにも貴重な場となります。2012年10月関西常磐津協会公演会より。左より、若音太夫(竹内)、先輩の巴瑠幸太夫(はるこだゆう)。(竹内)



12月12日(土)、京都・大江能楽堂にて「はじめまして邦楽」という入門講座が開催されます。解説に、竹内先生がご登場! じっくりわかりやすく教えてくれるので、はじめての人も楽しめること間違いなしです! 詳細は下記をご覧ください。

  

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「京都 和の文化体験の日」


ショーイング・プログラム「はじめまして 邦楽」
日本の伝統文化「邦楽」に気軽に触れられる公演です。冊子にも登場していただいている、京都市立芸術大学・竹内先生の解説付きなので、初めてでもわかりやすいこと間違いなし!
三味線、太鼓、笛などの演奏は、生で一度聴いてみるべき。おすすめです!

日時:平成27年12月12日(土)14:00〜
場所:大江能楽堂(京都市中京区押小路通柳馬場東入橘町646)
解説:竹内有一(京都市立芸術大学 日本伝統音楽研究センター 准教授)
演奏:重森 三果、藤舎 華生、中村 寿慶、常磐津 都代太夫、常磐津 都史、常磐津 若音太夫(竹内 有一)、細野 桜子(東京藝術大学)、堀越 日向子(同志社大学)、堀越 花音(京都市立西京高校)
参加費:無料
定員:250名


ミーティング・プログラム「聴いてみよう、触ってみよう にっぽんの音」
邦楽には欠かせない楽器、「小鼓」「三味線」に触れてみよう!
演者・職人さんそれぞれのお話もじっくり伺えます。

<小鼓編>
日時:平成27年12月12日(土)18:00〜
場所:ちおん舎(京都市中京区衣棚通三条上る突抜町126)
講師:曽和鼓堂(能楽囃子方 幸流 小鼓)
参加費:1,000円(お茶付き)
定員:20名

<三味線編>
日時:平成27年12月13日(日)14:00〜
場所:宮川町歌舞練場 広間(京都市東山区宮川筋4丁目306)
講師:野中智史(三味線職人)
参加費:無料
定員:20名


【お申し込み】
京都市文化芸術企画課(TEL:075-366-0033 MAIL:bunka@city.kyoto.lg.jp)へお問合せください。

Twitter:@Kyoto_wanobunka / Facebook:facebook.com/KyotoWanobunka



● チラシや冊子は、京都市内の区役所・図書館・文化施設や飲食店・書店・ギャラリーなど各所で好評配布中! 欲しいけど見つからないという方は、京都市文化芸術企画課(TEL:075-366-0033 MAIL:bunka@city.kyoto.lg.jp)へお問合せください。

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竹内有一(たけうち・ゆういち)

1967年長野市生まれ。京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター准教授。専門は日本音楽史・近世邦楽。常磐津若音太夫の名で実演活動にも取り組む。

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