今月の特集2

 今年の3月、ノンフィクションライター・井上理津子さんの『関西かくし味』(ミシマ社)が発刊になりました。世の中に山ほどあるグルメ本......とはひと味もふた味も違い、味だけでなく、そのお店の人、生き方までをぐるっと綴っている一冊。うまくて安いは当たり前、関西の「ええ人・ええ味」をぎゅっと詰め込んでいます。
 本書の刊行を記念して、ただいま『京都ぎらい』(朝日新書)が大ヒット中の井上章一さんと、京都にて対談イベントを開催しました(井上章一さんの『アダルトピアノ』『名古屋と金シャチ』は代表・ミシマの編集なのです!)。
 ふたりの「井上」が語る、京都、そして関西とは? 第2回をお届けします。

井上理津子×井上章一 京都ぎらい?の関西案内(2)

2016.06.07更新


世界中に散らばる「ゲイシャ」

章一この本のなかでご紹介いただいていた大阪のコーヒー屋さんに、1400、1500円とかのコーヒーがありましたよね?

理津子そうですね、ちょっと高いんですけれど、大阪の福島区にあります「カフェ・バーンホーフ」というお店です。生産地や作っている人までわかる、スペシャルティコーヒーというものを出していらっしゃるカフェなんです。

章一そこのお店のいちばんのコーヒーが「パナマ・ドンパチ・ゲイシャ・ナチュラル」っていう名前なんですよね。この名前に「パナマ」と「ゲイシャ」が一緒にあるのは、どういう由来なんですか?

理津子私が聞いて調べたかぎりでは、日本の芸者さんとは何も関係なく、現地の農園名からの固有名詞だそうです。私もはじめ音で聞いたとき、日本の「芸者さん」という言葉からこの名前ができたのかなと思ったんですけれど......。

章一しょうもないウンチクなんですが、むかしYS-11という飛行機があったんですね。ある年代以上の方は覚えていらっしゃるかもしれません。日本の国際旅客機。これがブラジルに輸出されたんですが、受け取ったブラジルは日本から来た飛行機だということで「ゲイシャ号」とニックネームをつけたらしいんです。だけど日本側は、「その名前はやめてくれ、フジヤマとかにしてくれ」と文句をつけた。けれどブラジル側は「フジヤマではわからない、ゲイシャのほうがわかる」とこだわったそうです。結局、じゃあニックネームはナシにしてくれ、ということで、YS-11と呼ばれたんですけどね。

理津子ほほお、そうなんですね。

章一フィンランドにも「ゲイシャ」という名前のチョコレートがあるし、地中海ではニシンの缶詰が「ゲイシャ」と呼ばれている。ゲイシャという言葉は世界中にあるんですよ。

理津子それはYS-11がそう呼ばれかけたように、日本イコール芸者のイメージで日本から行ったものです? それとも、偶然おなじ音声なんですか?

章一今のべたチョコと缶詰は、日本の芸者さんです。世界中に散らばっている「ゲイシャ」の研究をしなければならないと、思っているんですけどね。ゲイシャという学名の蝶々も、ありますよ。

理津子ぜひ研究して解明してください。あ、でもその前に、ぜひぜひ「カフェ・バーンホーフ」へ「ゲイシャ」を飲みに行ってください(笑)。



「フレンチおでん」と「しめ鯖サンド」

章一世界というのは本当に不思議でね。人から聞いた話なんですが、アメリカのフロリダ州に鯛焼きが売ってあったらしいんです。気になって食べてみたら、中からあんこではなく、レーズンが出てきたらしい。色だけはあってるんですよね。あんこを食べられなかった人がレーズンを入れてみたんだと思うんですけど。

理津子すごいですねえ。

章一でも海外では、おそらくこういうことがいっぱい起こってるんだと思う。
 京都は日本の懐石料理を世界文化遺産にして、正しいオーセンティックな料理、正しい日本料理を海外に普及させようとしているんですが、僕はむしろ「正しい」というところにこだわらない日本料理が世界中に散らばってる様子を、そういう人たちにぶつけてやりたいっていう野心があるんですよね。

理津子すごい野心がお有りで!(笑)

章一あとあの、本のなかに「フレンチおでん」とかも紹介されていましたよね。味が想像できなくて、びっくりしたんですが。

理津子梅田の「赤白」という店。あれは最高でしたよ。辻調理師専門学校を出てからフランス大使館の公邸料理人を勤めていた方が、日本に戻ってきて作りはじめられたメニューなんです。やはりフランスの方からしたら、日本料理は薄味で物足りなかったりする。そういうときに、洋のエッセンスを加えた日本のお料理を出していたそうなんですね。もう、みんな食べたらびっくりしますよ〜。

章一あと、「しめ鯖のサンドイッチ」も気になるなあ。これなんか言葉で聞くだけだと、ゲテモノっぽく響くんだけれど。

理津子わたしも、最初聞いたときは合わない気がしたんです。でもむちゃくちゃ美味しかったです。淀川区東三国の「漁菜 克献」という店。しめ鯖って普通はお酢に漬けるんですが、このお店では赤ワインを混ぜて漬けてらっしゃるんです。その配合もとても良くってね。ちょっと前までおひたしを食べていた舌でビールを飲んで、しめ鯖サンドを食べても、合うんですよねえ。

章一なるほどねえ。


日本は食の国際化がすごい

章一私たちの食はすごく国際化されていると思うんです。僕はイタリアに行くたびに思うんだけど、イタリアにはほとんど、イタリア料理の店しかないんですよ。フレンチなんてほとんどない。

理津子ほほー、そうなんですか。

章一一軒もないと確信できるほど歩き回ってはいないので、イタリア人何人かに聞いただけで断言はできないですけれど、フレンチなんて選択肢ありえない、って答える人がほとんどでした。

理津子すごいなあ。『関西かくし味』の中のエッセイに書いたネタをひとつ言わせてもらうと、今年の1月に初めてインドに行ったんですが、インドの人たちもインド料理ばかり食べていたんですよね。ニューデリーには蕎麦屋なんかもあると聞いてたけれど、私には見つけられなかった。
 200人くらいの現地労働者がいる工場に知り合いが勤めているんですが、インド人のワーカーたちはいつもお弁当を持ってきていました。3、4段のスチール製のお弁当箱の中身は、毎日カレー、カレー、カレー。社食みたいなところでもメニューは1種類だけで、それもカレーなんです。インド料理いろいろあるさ、といっても、スパイスのバラエティを楽しむばかりみたいでしたね。

章一日本人は「ご飯食べに行こう」というときに、「和洋中どれがいい?」って言うじゃないですか。たとえばイタリア人には、和洋中というボキャブラリーがありえないんですよ。もう、「ご飯=イタリア料理」なんです。

理津子和洋中でなくて、伊伊伊、というわけですね。インドも印印印(笑)。

章一日本のなかでも、我々は和服・洋服という言い方をしますよね。映画では洋画・邦画、美術では日本画・洋画という。けれど、食べもんだけ中華が入る。食べもんにおける日本の国際化ってすごいんじゃないかと思うんです。世界中にこれだけ門戸を開いている文化圏はないような気がするんですよね。

(つづきます)

    

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井上理津子(いのうえ・りつこ)
1955年奈良市生まれ。タウン誌記者を経て、フリーに。長く暮らした大阪から2010年に東京に引っ越すも、たびたび帰阪している。著書に『大阪 下町酒場列伝』『旅情酒場をゆく』(以上、ちくま文庫)、『新版 大阪名物』『関西名物』(ともに共著、創元社)、『遊廓の産院から』(河出文庫)、『さいごの色街 飛田』(筑摩書房/新潮文庫)、『葬送の仕事師たち』(新潮社)、『親を送る』(集英社インターナショナル)など。最新刊『関西かくし味』(ミシマ社)が今年3月に発刊された。


井上章一(いのうえ・しょういち)
1955年、京都府生まれ。京都大学工学部建築学科卒、同大学院修士課程修了。京都大学人文科学研究所助手ののち現在、国際日本文化研究センター教授。専門の建築史・意匠論のほか、日本文化について、あるいは美人論、関西文化論などひろい分野にわたる発言で知られる。著書に『霊柩車の誕生』(朝日新聞社)、『つくられた桂離宮神話』(講談社学術文庫、サントリー学芸賞)、『アダルト・ピアノ』(PHP新書)など多数。最新作『京都ぎらい』(朝日新書)が「新書大賞2016」第1位に。

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