今月の特集2

『となりのイスラム』内藤正典(ミシマ社)

 発刊して以来反響が広がりつづけ、多くの方から「読んでよかった!」の声をいただいている『となりのイスラム』。去る9月22日、刊行記念イベントを開催しました(@スタンダードブックストア心斎橋)。
 著者の内藤正典先生、そして聞き手に『遊牧夫婦』シリーズで世界を旅してきた近藤雄生さんをお招きしてのトークイベント。テーマは、「世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代」の暮らし方・生き方です。
 この時代だからこそイスラムについて知ってほしいこと、学ぶべきことはたくさん。
 お二方ならではの「となりのイスラム」トークを、3日間にわたってお届けします!

(構成:田渕洋二郎、構成補助:八木智大、写真:新居未希)

内藤正典×近藤雄生 「世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代」の暮らし方・生き方(2)

2016.10.20更新

敬虔なイスラム教徒は女性に視線を合わせない?

近藤僕は2003年〜2008年まで夫婦で世界中を旅していたんですが、イスラム圏のなかでとくに印象的だったのはイランですね。イランでは、女性はみんな黒いチャドルを着ています。女性であれば、外国人も含めて全員が着ないといけないので、妻も買って着ていました。初めてその光景をみたときは、なんだか少し異様な感じがしたのはたしかです。でも、それから2〜3週間かけてイランを通過したのですが、イランの人はとても親切で、どこかで食事をしていると「今晩泊まるところはあるか」と聞かれて。まだ決まってないなら「家に来い」という話にほぼ必ずなってましたね。それがこの写真です。


内藤この写真、よく見てください。このイランの女性、髪を出してるでしょ。本当は被りたくないんですよ。でも「国が被れって言うから被ってる人」というのは、こういうふうにわざと少し髪を出します。自分で本当に隠したい人は、ベールの下に、固定するものを着けるんです。そうすると、髪が出ないんです。

近藤そうなんですよ。この人、家に帰ったら脱いでしまって、ぼくの妻にもそんなのいいから脱ぎなさいって(笑)。また、あるおじさんの家にお世話になったら、「お前ら来たからシャンパンを振る舞ってやる」と言いだして、車に乗って暗がりにいったら、紙袋持った男性がいたんです。その紙袋にはシャンパンが入ってて......という、密輸の取引みたいなこともありました。
 イスラム圏にはそういう印象がありますね。イスラム法のもとで、アッラーの、神のいうことに従って生きているのかと思いきや、そうでもない人もいる、と。

内藤ひとことにイスラムと言っても、本当にいろいろですからね。私から見ると、何かのときにお酒を少し飲むんだけど、ハッとしてやめてしまったよ、とボソボソッというのが、もっともイスラム教徒らしい(笑)。「俺の前に酒を置くな! 汚らわしい」なんて言うのは、半端なやつですよ。自分の信仰なんだから自分で決めればいいわけで。コーランに「無理強いするな」と書いてあるので、イスラム教徒じゃない人間に「お前、酒なんて飲んじゃダメだよ」と言うのも、半端なイスラム教徒かもしれません。

近藤そうなんですね(笑)。

内藤本物だな、と思うのは、そういうところに神を畏れる気持ちがある人です。飲んでしまったけど、飲まなければよかったな、とじっとしている人。

近藤ほかにも、この人は本当のイスラム教徒だな、と思う方の特徴はありますか?

内藤そうですね、すごく敬虔なイスラム教徒は、女性に視線を合わせません。もっとすごいと、女性が来ると、くるっと後ろ向いちゃう人もいる。「なんで後ろ向いてるの」と聞くと、「正面から見たら邪念が起きます」と(笑)。


ハラール認証はインチキ?

内藤最近日本でも目にするようになったけれど、ハラールビジネスがなかなか流布してきていますよね。ハラールは、もともとは「神に許されている」という意味なんですけど、許されているか許されてないかは、神様以外、いったい誰がわかるんですか、と思うんですよ。

近藤ハラールというのは、イスラムの調理法のことですか?

内藤調理の方法だけではなくて、要は「許されている」ということです。その反対語が「ハラーム」で、オスマン帝国宮廷で男子禁制の場の「ハーレム」もそれに由来しています。
 「ハラール認証」というのを最近よく見かけますけれども、一旦認証マーク取ったからといって、次の日にハラールでつくったかどうかなんてわかるはずがないですよね。まして一年後にもハラールかどうかなんて。それこそ、神様にしかわからない。

近藤ハラール認証って、いろんな国で出していますよね?

内藤そう、問題はそこなんです。日本のハラール認証は、東南アジアの国に関係する機関からとっているようですね。でも、その国は、イスラムの法で統治するイスラム国家じゃありません。イスラム国家でもない国の機関が、どうやって認証を出すんですか。いつか他の国が、うちこそイスラムの本家、また別の国が、いやいやうちの認証こそ本物だと言い出したら収拾がつきませんよね。イスラムのことを知らない人にしてみれば、どうすりゃいいんだ、ということになります。

近藤なるほど。

内藤同志社大学の学生食堂では、イスラム教徒の留学生を集めて、どうしたいかと聞いたんです。そうしたら、「調理に豚肉とアルコールさえ使わなければ、別に何食べたってOK」だと言う。また、イスラム学者の見解にも、一神教の国から輸入されている肉については食べてもいいという説があります。
 ですから「我々のハラールポリシーはこうです」と宣言することが大事だと思いますね。たとえば「これはブラジルから輸入した肉なので使います」と書いておいて、その下に「そのもとになるのは、こういうイスラム学者の見解があるからです。それで気にしないなら食べてください」と、英語と日本語で書いたらいいんです。



そもそもなぜ、お酒を飲んではいけないの?

近藤事実を書いて、最後の判断はイスラム教徒の方ご自身がそれぞれしてください、と。

内藤そう。嘘をつかなければいいんです。醤油もそうです。ふつうの醤油には微量のアルコールが含まれますが、たとえば刺身や寿司を食べるときにつける醤油で酔っ払うわけはありません。ですから、気にしないイスラム教徒もいますし、少しでも入っているから食べないというイスラム教徒もいます。

近藤たしかにそうですね。

内藤そもそもなんでイスラム教徒がお酒を飲んでいけないかというと、酔うことによって人が理性を失って悪さをすることがあるからやめろ、という趣旨です。それにお酒については、コーランの中でも記述が何回かゆらいでいる。最初のうちは飲んでいたようですが、酔っ払って礼拝したらコーランの朗読を間違えてしまったので、これはよくない、という話になった。ほかにも、「飲んだら礼拝に近づくな」と言っている部分があったり、「酒にはいいところもあるけど悪いところも多いからやめとけ」と言っている部分もあったり、「ダメなものはダメだ」という箇所もある。おそらく、だんだん厳禁の方向に行ったのでしょう。

近藤どこを採用するかは個人次第なんですね。

内藤イスラムのルールとしては禁止ですが、それ以上、個人がどうするかは個人の問題だと私は思います。


    

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内藤正典(ないとう・まさのり)

1956年東京都生まれ。東京大学教養学部教養学科科学史・科学哲学分科卒業。博士(社会学)。専門は多文化共生論、現代イスラム地域研究。一橋大学教授を経て、現在、同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。著書に『イスラム――癒しの知恵』『イスラム戦争 中東崩壊と欧米の敗北』(以上、集英社新書)、『ヨーロッパとイスラーム』(岩波新書)、『トルコ 中東情勢のカギをにぎる国』(集英社)など多数。


近藤雄生(こんどう・ゆうき)

東京大学工学部卒業、同大学院修了後、旅をしながら文章を書いていこうと決意 して、2003年、結婚直後に妻とともに日本をたつ。オーストラリアでのイルカボ ランティア(2003-04)に始まり、東南アジア縦断(2004)、中国雲南省で中国語の 勉強(2005)、上海で腰をすえたライター活動(2006-07)、その後、ユーラシアを 横断してヨーロッパ、アフリカへ(2007-08)。旅と定住を年単位で繰り返しなが ら、各国からルポルタージュ・写真を週刊誌・月刊誌に発表。2008年秋に帰国 し、現在は京都市に在住。著書に『遊牧夫婦』『中国でお尻を手術。』『終わり なき旅の終わり』(以上『遊牧夫婦』シリーズ、ミシマ社刊)、『旅に出よう』 (岩波ジュニア新書)。ノンフィクション、サイエンス、エッセイ、紀行文な ど、さまざまな分野の文章を執筆中。京都造形芸術大学・大谷大学 非常勤講師。

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