今月の特集2

『となりのイスラム』内藤正典(ミシマ社)

 発刊して以来反響が広がりつづけ、多くの方から「読んでよかった!」の声をいただいている『となりのイスラム』。去る9月22日、刊行記念イベントを開催しました(@スタンダードブックストア心斎橋)。
 著者の内藤正典先生、そして聞き手に『遊牧夫婦』シリーズで世界を旅してきた近藤雄生さんをお招きしてのトークイベント。テーマは、「世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代」の暮らし方・生き方です。
 この時代だからこそイスラムについて知ってほしいこと、学ぶべきことはたくさん。
 お二方ならではの「となりのイスラム」トークを、3日間にわたってお届けします!

(構成:田渕洋二郎、構成補助:八木智大、写真:新居未希)

内藤正典×近藤雄生 「世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代」の暮らし方・生き方(3)

2016.10.21更新

国家によるセクハラ

近藤そういえば今年の夏、フランスでブルキニ(イスラム教徒の女性のために全身を覆い隠す水着)が問題になりましたね。

内藤はい。「イスラム教徒が水着で全身を覆ったら罰金だ」なんていいだして、アホかと思いますけど、フランスの感覚からいうと、肌を露出してないというのは、きっと男に抑圧されているんだ、と思い込んでしまっているんですね。

近藤そういう解釈になってしまうのですか。

内藤たしかに昔は、イスラム教徒の社会のなかで世間体がどうのこうのだったり、あるいは、夫の場合は嫉妬心から自分の妻にベールをかぶれと言っている場合がありました。だけど、今は大半自分の意思なんですよ。どこを隠すかというのは、女性が自分で決めることであって、それに対して国家権力が「脱げ」というのは、文字通り国家を挙げてセクハラを働いているとしか言いようがないでしょう。

近藤そうですよね。ベールをかぶるのは気候の問題も関係しているはずなのに。

内藤そうそう。もともとアフガニスタンなどでは、ほこりっぽいということもあると思う。今でもよく覚えていますけれども、アフガニスタンに9.11の後アメリカ軍が入ってきたときに、ローラ・ブッシュ、つまりブッシュ大統領の夫人がラジオで演説をして「みなさん、今日からあなたたちはブルかをかぶらなくていいんです」と言ったんですけれども、誰も脱がなかったという(笑)。取ったって別に何のメリットもないということなんですよね。

近藤雄生さん


「がんばらない」ことのメリット

近藤私たちは、日本にいながら、どうしたらもうすこしイスラムを身近に感じられるようになるでしょうか。

内藤イスラム教徒の人たちは、非常に子どもさんを大事にしたり、もちろん高齢者に対して優しかったり、とにかく弱者に対して優しいです。それだけでなく、西洋や日本がいままで持っていた価値観とは違ういい面を持ってますよ、ということを知ってほしいですね。
 たとえば、イスラムの方たちは、人間自体が弱い存在だということをわかっているんです。理性で何かを克服しようとか、乗り越えようとか思っていないですね。そのせいでイスラム圏は経済的に発展が遅れたという側面もあるのですが、一方で辛抱強く、がんばってなんでも乗り越えるんだという発想を持っていないことのメリットってあるじゃないですか。仕事でがんばりすぎてストレスを溜め込んで、病気になってしまう。その果てに自ら命を絶ってしまうことも。でも、イスラム教徒の人たち、そもそも物事の結果は神様が決めることと思っていますから、がんばり過ぎないですよね。特に、仕事や勉強がうまくいかなかった時の反応がちがうんです。「神様が望むなら(うまくいくかも)」という感じです。

近藤おお、そうなんですか。

内藤ストレスを和らげる工夫がイスラム教徒にはあるんですよ。「アッラーに丸投げ」っていうのはそういうことでもあるんですけれど。たとえば、試験に落ちたりしても「神が望まなかったからしょうがない」と考える。その逆もあって、お金を儲けたとしても、「それはアッラーがやってくれたんだから思い上がるな」となるんです。儲けた分は弱者に喜捨する。このシステム、よくできてますよね。

近藤いいですね。

内藤これは会社の講演なんかでよく話すんですが、「明日までに◯○を達成しろ」と言われてできなくたって、それは神が望まなかったら仕方ない、と言っていいんです。朝9時からの会議に、子どもが熱を出したから遅れてしまっても、「そんな言い訳が通るか」なんて言わないんですよ。だって、明日の9時に自分がそこにいるかなんて、神様以外どうしてわかるの、という話なんです。それは神に対する畏れです。人間は理性を過信して、分を超えてしまうことがありますけれども、何か畏れの対象があると、そこから一歩引いてみることができるわけです。

近藤なるほど。先日、取材で島根県の隠岐諸島に行ったんですね。島は船で行き来するしかないため、天候が悪くて船が出なければ島を出る手段はありません。その場合は、いくら明日、大阪で仕事があるからと言っても戻れません。いまはスマートフォンがあって、誰にでもすぐに連絡がつくし、何でもすぐ調べられてしまう。そのため多くの人が、なんとなく万能感を持ってしまっているような気がするんです。何でも自分の力でできるんだっていう。自分もどこかそんな感覚を持ってしまっている中、島に行って、天候によって日々の生活が左右されるといったような、自分の力ではどうにもできないことがある、ということを日常的に感じることの大切さを痛感しました。

内藤そうですね。日本は自然災害が多いから、そういう感覚を持ちやすのかもしれない。それがイスラムの場合は神様(アッラー)なわけです。でもイスラム教徒に、日本人では台所にもトイレにも神様がいるというと、彼らはびっくりしますけどね(笑)。


ストレスがひどいと思ったらイスラム教徒に会おう

近藤たしかにそうですね(笑)。

内藤こんなこと言うと医者に怒られるかもしれませんが、あまりにストレスがひどくて気力がわかなくなってしまった、と思ったらイスラム教徒と会うと楽になります。イスラムの教えがどうのではなく、とにかく楽なんです。日本人は患者を前に、全部理詰めでいってしまいがちです。「こういうことしたから、こうなった」という因果応報の世界です。でもイスラムにはこれがない。原因と結果の関係は、全部神様のなかにあるので、アトランダムにしか出てきません。こうしたからこうなったんだ、だから自己責任だ、という発想がそもそもない。

近藤素敵ですね。

内藤あと一番大切なことは、弱いものいじめをしないことですよ。もう、その一点につきるんです。あんなテロは、怒りがなきゃやらないんです。じゃあその怒りの源泉は何なのかといったとき、イスラムの教えや植民地支配の歴史がどうだとかいうことよりも何よりも、やっぱり弱者を傷つけ続けたことですよ。イデオロギーがどうのこうのいうよりも、そのことを理解するだけで、イスラム教徒との間の共通理解というのは深まるはずだと、私は確信しています。


   

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内藤正典(ないとう・まさのり)

1956年東京都生まれ。東京大学教養学部教養学科科学史・科学哲学分科卒業。博士(社会学)。専門は多文化共生論、現代イスラム地域研究。一橋大学教授を経て、現在、同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。著書に『イスラム――癒しの知恵』『イスラム戦争 中東崩壊と欧米の敗北』(以上、集英社新書)、『ヨーロッパとイスラーム』(岩波新書)、『トルコ 中東情勢のカギをにぎる国』(集英社)など多数。


近藤雄生(こんどう・ゆうき)

東京大学工学部卒業、同大学院修了後、旅をしながら文章を書いていこうと決意 して、2003年、結婚直後に妻とともに日本をたつ。オーストラリアでのイルカボ ランティア(2003-04)に始まり、東南アジア縦断(2004)、中国雲南省で中国語の 勉強(2005)、上海で腰をすえたライター活動(2006-07)、その後、ユーラシアを 横断してヨーロッパ、アフリカへ(2007-08)。旅と定住を年単位で繰り返しなが ら、各国からルポルタージュ・写真を週刊誌・月刊誌に発表。2008年秋に帰国 し、現在は京都市に在住。著書に『遊牧夫婦』『中国でお尻を手術。』『終わり なき旅の終わり』(以上『遊牧夫婦』シリーズ、ミシマ社刊)、『旅に出よう』 (岩波ジュニア新書)。ノンフィクション、サイエンス、エッセイ、紀行文な ど、さまざまな分野の文章を執筆中。京都造形芸術大学・大谷大学 非常勤講師。

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