今月の特集2

 2017年3月、森の案内人・三浦豊さんの初単著『木のみかた』が発売になりました。日本全国の森、3000箇所以上もの森を歩き続ける三浦さんの目を通せば、街なかの道路、路地にも自然があふれているのがわかり、なんだかいつもの景色が違って見えてきます。「街を歩いていても木を見る視線がかわった」「外に出るのが楽しくなった」と、うれしいお声も続々!
 そんな木の「味方」であり、「見方」を教えてくれる三浦さんと、もじゃもじゃ緑が生い茂った建物=もじゃハウスを広め、設計すべく活動している設計士・干潟裕子さんの対談イベントが、2017年7月7日(七夕!)に開催されました。
 とにかく緑を語るふたりがアツい、大盛り上がりだったイベントの様子を、前後編でお届けします。

(写真:鳥居貴彦、構成:新居未希、構成補助:上原綾子)

緑と一緒に働くふたり 森の案内人・三浦豊×設計士・干潟裕子(2)

2017.08.11更新

森の中で一人で泣いてた(三浦)

干潟知識を得られていたのは、本からとかですか? たとえば、植物の生態系のことであったりとか。

三浦本もですけど、基本的にずっと森のなかを歩いていたので、見て覚えるというか......日中ずっと歩いてるから、もう夜なんかはフラフラで。

干潟ずっと、お一人で?

三浦はい、一人です。山と渓谷社の『日本の樹木』という本はいつも持ってました。これで植物を調べて。でも、観察って難しい。見るってけっこう訓練がいるんやと感じました。
 あと、旅を始めて、最初から最後までずっと一人でいると、内面と向き合う感じになるんですよね。自分と。当時の僕の心境もあると思うんですけど、辛かったことや嫌やったことが湧き上がってきて、思い出して一人で泣いたりしてました。絶対人に寄ってきてもらえない状況です......。

干潟(笑)。たしかに客観的に見ると、森で泣いてる人って......

三浦ちょっと心配ですよね(笑)。でも半年ぐらいたつと、それが出きってしまうというか。

干潟デトックスですね。

三浦でも、出ると受けられる。呼吸みたいなもんなんですかね。吐いたら吸えるみたいな。そしたら、当たり前に生えてた木を見て、「生きているってすごいなぁ」と思ったんですよね。


木も好きだがラーメンも好き、という三浦さん


その土地の植物は異なる色を持っている(干潟)

干潟私は生まれたときから側に自然があったので、木も人と同じように自分のそばにいる存在だと感じてました。子どものころとか、悩みとかがあったら木の下に行って、一人で泣いたりしてましたね。

三浦じゃあ木は生き物で、当たり前のようにあったんですね。羨ましい。

干潟私の思い出の景色と言えば、以前北海道に行ったとき、北海道って気候も植生も全然違うし、私たちが育っているこの本州の、照葉樹林帯の森林の色とも全然違うじゃないですか。なんか、こんなに明るい森があるんだなぁって感動したんです。北海道に行って初めて、森林って、その土地ごとに異なる色を持っていて、まったく違うもんなんだなぁって実感して。

三浦めっちゃわかります。そう、日本って全然違うんですよ。


写真:三浦豊

 去年、自分のなかでブレイクスルーがあって。それまで「植物は動けない」って思ってたんです。ちょっと上から目線だったんですよね。僕は動けるし、行きたいとこも行けるけど、あいつらは動けへんと。けど気づいたんです、「動く必要がない」んだと。あ、僕が無駄な動きばかりしてるんや、その場で生をまっとうしてるってすごいなぁって思いました。僕は、今日は2万歩歩いたぞと万歩計で計って、おなかが減って、夜にコンビニに行っておにぎり食べておいしいな〜、とかやってるのに。
 北海道と本州の森の色が全然違うのも、違う環境であるというのを、あいつらは身をもって示しているというか。

干潟そこで生きる、その土地に根をはるってこういうことなんだ、という感じですよね。


植物と仕事するのは、無力さを感じるため?(干潟)

三浦植物を知っているというと、なんか肌寒いというか、なんか偉そうに聞こえてしまう気がするんです。教祖目指してんの? みたいな。けど、自分がそんな偉い人間じゃないっていうのは肌身に感じているので。

干潟植物と仕事をしていると、枯れたりそんな上手く育たなかったり、裏切られるというと傲慢な言い方ですけど、自分が思った通りにいかないことだらけなんです。もちろん、建築も100%思い通りにはいかないんですが、植物の上手くいかない割合に比べると、植物のない建築は失敗する割合がもっと少なくなると思うんです。でも、あえて植物と仕事をする道を選んでいるのは、そうやって植物に自分の無力さを突き付けられたいからなのかもしれません。

三浦無力さですか。

干潟生態系の中で人間は一番あとにできた生命で、植物のほうが地球に生存している期間は長いですよね。私たち人間なんて、生命力としては一番弱くて、それを補うために文明とかでガチガチにしていると思うんですけど、植物って人間の文明の中でも、想像を超える生命力で生きてて、アスファルトに根をはってたりもする。本来植物は人間の力を必要としなくても大きくなって、自分の力だけで生きられる生き物なので、人間が「育ててあげる」という言い方は傲慢やと思ってます。仕事で植物を扱っているとは言いたくなくて、植物と一緒に仕事をしていると思っています。

三浦すごい、めっちゃ壮大や。


「植物に関係する仕事をしている人は全員ラピュタが好きなはず」と干潟さん


ただイケてることをしたいんです(三浦)

干潟私がしていることはエゴなんじゃないか......と考えると抜けられなくなるんで、そう考えるのはやめようとは思ってるんですけど(笑)。でも無力さを突き付けられて生きるって、それが謙虚さにつながったり、強さになったりするんだろうなぁって。だから植物と仕事するのはやめられないなって思うんです。

三浦なるほどはぁ。でも、僕は無力さを感じて、ということではないんです。ただイケてることをしたいというか。

干潟イケてる? えっ、どういうことですか?

三浦たとえばヤンキーが車から重低音の音楽を鳴らしてるみたいに、なんかかっこいいことしたいなーと思ってるんです。「木を大切に......」云々みたいな、植物がいいことに祭り上げられるのがすごく嫌で。
 東京で、アスファルトの間から草木が芽吹いているのを見たとき、「ロックやなー」って思ったんですよ。抗いというか、反骨精神というか。いけーー!と思った。だから、そういう意味で僕は干潟さんと真逆ですよね。煩悩の果て......(笑)。

干潟(笑)。でも、ロックっていう感じはわかります。私も道端で芽吹く植物を全力で応援してるんで。

三浦同じ植物に関わることをしていても、一方は無力さを感じていて、もう一方はイケてることをしたいという気持ちでいるって、それ自体がなんか植物の違いみたいな感じですね。

干潟三浦さんの場合、煩悩をそぎ落としたい、みたいな感じなんですかね?

三浦うーん、そぎ落とすというか、肯定感というか。「こんな俺でもオッケー」という肯定を、植物から感じるんですよね。

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三浦豊(みうら・ゆたか)
1977年京都市生まれ。森の案内人、庭師。 日本大学で建築を学んだ後、 庭師になるために京都へ帰郷。2年間の修行を経て、日本中を巡る長い旅に出た。 2010年より「森の案内人」として活動をはじめる。著書に『木のみかた 街を歩こう、森へ行こう』(ミシマ社)。
http://www.niwatomori.com


干潟裕子(ひがた・ゆうこ)
1979年 山口県生まれ。建築家/ランドスケープアーキテクト/二級建築士/一級造園施工管理技士。京都芸術短期大学ランドスケープデザインコース卒業後、造園コンサル勤務を経て、建築事務所へ転職。独学で二級建築士取得後、もじゃハウスに人生を捧げる決意を固める。
2012年 もじゃハウスプロダクツ開設
2013年 House"n"Landscape創刊
http://mojya-house.com/

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