スポーツ紙バカ一代

第2回 田中将大について考えることは喜びである(前編)

2009.07.22更新

「事件」は9回に起きました。「ピッチャー、福盛に替わりまして、田中」。アナウンスの瞬間、歓声とは異質のどよめきが福岡ヤフードームに沸き上がります。ええっ!? マーだよ、マー! オイオイ、マジかよッ!! 時刻は21時を回っている。まずは、会社に報告しなくちゃ。

「マー君がリリーフで緊急登板です。救援は今季初めてになります。金曜日に9回142球を投げてますから、中2日になります」

「おお、テレビで見てるよ。こりゃ、凄いな。一面でいくぞ」

「ああ、155だ。速ええッ。155キロが出ました。これ、マーの自己最速です。更新しました」

「よし。取材終わったら、電話くれ。締め切りはタイトだけど、頼むぞ」

「海の日」だったおととい20日のこと。ソフトバンク戦の1点リードで迎えた9回、田中将大が今季初のリリーフを務め、マウンドに立ちました。田中は17日のオリックス戦で9回142球の力投をしたばかり。23日からはオールスター休みに入るとはいえ、プロ野球の常識に照らせば、疲労が回復していない中2日の登板はあり得ないことです。それでも電撃登板し、自己最速を更新する155キロの剛速球で若鷹打線をピシャリ。打者3人に2つの三振を奪い、拳を握りしめ、雄たけびをあげました。

ヤフードームで楽天・野村監督を取材する筆者

いったいどんな気持ちでマウンドに向かったんだろう? 野村監督ら首脳陣の意図は? 読者の知りたいことはたくさんある。ざっくり構成を考えながら、ロッカールームから出てくる田中を待ちます。投手は投球後、肩肘のケアをしなくてはならないので、すぐには出てこない。時間は刻一刻と過ぎていきます。

取材してから記者室に戻って、締め切りまであと何分あるんだろう? うひょー、時間ねえなあ。こんな中でも、一般紙の記者陣はなぜか余裕しゃくしゃくです。何でかな? ああ、きょうは新聞休刊日なんだ! 即売スポーツ紙に休刊日はない。やるしかありません。

アイシングを終えた田中が出てきました。福岡ヤフードームから隣接する宿舎までの長い通路を「ぶら下がり」、一緒に歩きながら話を聞きます。リリーフいくぞって、どのタイミングで言われたの? その時、どんな気分だった?

「7回です。『マジか』と思いました」

マー君の名前が呼ばれた時、場内はもの凄い驚きの声が上がっていたよね。どんな気がしたかな?

「快感でした」

まだ君が生まれる前にヒットした角川映画「セーラー服と機関銃」で主演した薬師丸ひろ子も、そんな台詞を言ってたよ。36239人の視線を釘付けにした二十歳にしか口にできない、生命力に満ちた談話だなと思いながら、スコアブックの余白にメモしました。

「大マー神、電撃リリーフで圧巻投球。自己最速更新155キロ」。結局、翌朝の在京スポーツ新聞はこの熱投を4紙が一面で報じました。

「田中将大のピッチングを見ることは喜びである」。しみじみ、そう思います。9イニングで30球近くも150キロ以上を計測し、140キロを超えるエグいスライダーで空振り三振を奪う。こんな馬力のある気持ちのいい投手は、今の日本でマー君しかいません。

松坂を見たいのなら、飛行機のチケットを買って海を渡らねばならない。沢村栄治や稲尾和久は天国へと召された。江川卓は日テレでのジャケット姿しか見られない。でも、田中将大はまだ二十歳です。電車に乗って球場に行けば、その凄みを体感できる。

わたしはできることなら20年後も、マー君の投球が見たい。そのころは「マー君」なんて呼べないかな? いや、矢沢永吉は還暦迎えても「永ちゃん」だもんね。そのくらい、普遍性のある呼び名でしょう。そのためにも、体だけは大事にして欲しい。勝負の世界、目前の1勝は確かに大事だけれど、酷使の末に選手寿命が縮むようなことにはなって欲しくないと、切に思います。

素顔のマー君はちょっとシャイなところもありますが、芯の強い、魅力あふれる若者です。我々報道陣に対しても、ほどよい距離感を保ち、いい意味で緊張感のある「間」をとっています。

一度、田中に怒られたことがあります。4月の開幕直後、今季初勝利を挙げたマー君の原稿の中で、裏方さんから取材したエピソードをそのまま書いたところ、事実と異なるというのです。「僕がそんなこと、言うわけないじゃないですか」。翌日、試合前練習のために球場入りした剛腕から、ピシャリと言われました。

取材対象のアスリートから、広報などを介すことなく、マンツーマンで直接言われた経験は、記者人生の中で初めてです。自ら報道をチェックし、パブリックイメージについても気を払う。これも一流の条件といえるでしょう。この二十歳に対する興味は、それからさらに強いものになりました。もちろん、この件は尾を引くことなく、その後も笑顔で取材に応じてくれています。

来週は、そんなマー君との忘れられない思い出について書きたいと思います。ちなみにこの連載は当初「2週間に1回」の予定だったのですが、楽天の先発ローテにならい「中6日」になりました。剛速球はありませんが、「打たせてとる」原稿で、読者各位に楽しんで頂ければと思っています。

きょうも田中はブルペン待機の予定。リリーフ登板はあるかな? それでは、福岡ヤフードームへと取材に行ってきます。皆さんも、素敵な夏をお過ごし下さい。


【参考】マー君自己最速155キロでセーブ!
http://hochi.yomiuri.co.jp/feature/baseball/tanaka/news/20090721-OHT1T00018.htm

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加藤弘士(かとう・ひろし)

1974年4月、茨城県水戸市生まれ。水戸一高ではプロレス研究会に所属。慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、97年に報知新聞社入社。広告局、出版局を経て、03年からアマ野球担当。05年にはアマ野球担当キャップ。06年は巨人番(投手担当)。07年からアマ野球キャップに復帰し、09年には楽天・野村番。10年はまたもやアマ野球キャップを務め、斎藤佑樹の大学ラストイヤーに密着。11年は日本ハムと西武の遊軍記者。好きな言葉は「そのうち何とかなるだろう」。カラオケの十八番は「夜空」(五木ひろし)。173センチ、61キロ。右投右打。

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