スポーツ紙バカ一代

第7回 カツ丼騒動

2009.08.26更新

ドラフト1位の黄金ルーキーが、直立不動で立たされている。野村監督が怒気をはらんだ声で、何やらまくし立てています。試合中、プレスルームのモニターに映し出された「公開説教」のシーンに、報道陣は騒然となりました。8月22日、Kスタ宮城で行われた楽天・オリックス戦。楽天ベンチでのひとコマです。

この日の先発投手は新人サウスポーの藤原でした。初回、オリックス打線にいきなり3連打を浴びて2点を献上。4回にはコントロールを乱し、下位打線に3連続四球を与え満塁のピンチを招くと、またも連打を浴びて3失点。4回途中で5失点KOと首脳陣やファンの期待を裏切る結果となりました。

藤原は8月5日のオリックス戦(京セラドーム)で1安打無四球完封。打者27人で仕留める「準完全試合」の快投を演じ、プロ初勝利を挙げたばかりです。ところがこの日は一転、制球難から自滅しました。野村監督は常々、「四球はいいことは何もない。味方のムードをぶち壊すし、周りに不安を呼び込む」と、投手がフォアボールを与えることを嫌います。「公開説教」を見ながら、思いました。老将の逆鱗に触れるのも、やむを得ないよなあ-。

試合も終盤に差し掛かり、楽天は0-10と完膚無きまでに叩きのめされました。時計は21時をまわった。原稿をどうするか、デスクに報告です。

「えー、楽天です。新人の藤原が制球難から自滅し、野村監督から初の『公開説教』を食らいました」

「おお、きょうは他にも話題はてんこ盛りなんだ。すまんが、短くまとめてくれるか」

「分かりました。監督の会見で何か飛び出したら、また報告します」

投打に完敗。会見場に現れた野村監督は、不機嫌でした。

「ふわぁ。つらい仕事だな。こんな時も、談話を言わんといかんの? 藤原一族も、根性ないな」

その後に放たれた言葉は、衝撃でした。

「きょうはアカンと思ったよ。試合前の食堂で、先発なのにメシをバカバカ食ってんだよ。血液が、みんなそっちへ行っちゃう。こりゃあ、アカンと思った」

「プロ意識というか、コンディション管理ができていない」

「確か、カツ丼だったと思う」

藤原投手は野球へ真摯に取り組む、実直な青年です。その新人サウスポーが試合前、カツ丼をむさぼり食う-。しかもきょうのメニューには「ソースカツ丼」があったらしい。普通、先発投手は消化にいいパスタやうどんを「腹八分目」に食べるのがセオリー。ソースカツ丼をドカ食いするなんて信じがたいですが、それゆえに興味深い話です。

放たれるボヤキの数だけ長くなった監督会見を終えると、スポーツ紙の記者は一目散に選手の車がとめられた駐車場へと向かいます。コーチ陣や藤原本人の談話を取るためです。時刻は22時を回りました。記事の締め切りが気になる時間帯です。

ミーティングを終えた佐藤投手コーチが出てきました。あのー、藤原君が試合前にカツ丼を食べてたって、本当ですか?

「カツ丼なんて、食べないよ。それは監督の勘違いだ。藤原と顔が似ているヤツだよ。裏方さんじゃないかな? 本人はパスタとサラダを食べたって、言っていたよ」

ええーッ! じゃあ藤原投手は「無罪」ってこと!? 試合後のコーチ会議ではその旨、監督に説明があったようです。各スポーツ紙の記者が慌ただしく会社に連絡をし始めました。

「例の件ですが、ノムさんの勘違いです。藤原はカツ丼を食べていないようです」

そして22時半を回ったところ。登板後のケアを終えた藤原投手本人が、駐車場へと姿を見せました。さすがに元気なく、その表情は憔悴しきっています。

「試合中、野村監督からかなり厳しく言われていたみたいだけど」

「しょうがないです。ふがいないのは、自分なんで」

「試合前、カツ丼は食べていたの?」

「実は食べてませんが、それはしょうがないですね」

決して言い訳することはなく、ただ現実を受け止めようとしていました。

翌日のオリックス戦前。ベンチで打撃練習を見守りながら報道陣と雑談する野村監督の前を、大粒の汗を流した藤原投手が通りました。「お疲れさまですッ!」。大きな声で知将へとあいさつする姿は、いつもより凜々しく映りました。

とどのつまりは、野村監督の勘違いがすべてなのでしょう。でも老将からすれば、制球難で自滅する藤原投手への怒りがピークに達し、ヘンな形で現れてしまった。勝負にこだわるそんな74歳の執念を、声を荒らげて批判する気持ちにはなれません。

藤原投手にすればとんだ災難だったのでしょうが、世の中はことほど左様に理不尽極まりないものです。あふれる思いをグッとこらえて、胸の内にしまい込んだ姿勢に、男を感じます。この経験を肥やしに、もう一回り大きなプロ野球選手になってくれるでしょう。

「カツ丼騒動」からは勝負の世界を真剣に生きる男と男の熱い鼓動が、聞こえてきます。
わたしは楽天イーグルスが、さらに好きになりました。

【参考】
ノムさん、藤原に"試合前カツ丼"説教もああ勘違い

http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/npb/news/20090823-OHT1T00023.htm


 ◆楽天0─10オリックス(22日・Kスタ宮城) 楽天の先発・藤原が4回に3連続四球で自滅し、3回1/3を6安打5四死球で5失点KO。野村監督は会見で「先発なのに試合前の食堂で、(ソース)カツ丼を腹いっぱい食っていた。血液がみんなそっちに行っちゃう。コンディション管理ができない」と激怒し、試合中は新人左腕に初めて"公開説教"した。

 ところが、これが勘違いだった。佐藤投手コーチは「カツ丼なんて食べないよ。藤原と顔が似ているヤツだ」と苦笑。藤原は「実は食べてませんが、しょうがないです」と無抵抗で、クリームパスタとサラダを食べたという。6連勝で止まったショックが"カツ丼騒動"につながった!?

(2009年8月23日06時00分 スポーツ報知)

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加藤弘士(かとう・ひろし)

1974年4月、茨城県水戸市生まれ。水戸一高ではプロレス研究会に所属。慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、97年に報知新聞社入社。広告局、出版局を経て、03年からアマ野球担当。05年にはアマ野球担当キャップ。06年は巨人番(投手担当)。07年からアマ野球キャップに復帰し、09年には楽天・野村番。10年はまたもやアマ野球キャップを務め、斎藤佑樹の大学ラストイヤーに密着。11年は日本ハムと西武の遊軍記者。好きな言葉は「そのうち何とかなるだろう」。カラオケの十八番は「夜空」(五木ひろし)。173センチ、61キロ。右投右打。

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