スポーツ紙バカ一代

第9回 フォーエバー・ヤング 

2009.09.07更新


イ、イテエ・・・・・・。やばいな、こりゃ。もう、走れない-。

「30km」を示すボードを通過すると同時に、足が前に動かなくなりました。歩いても、痛い。両ひざを激痛が襲います。カラータイマーが点滅した我が身をあざ笑うかのように、楽園の日差しが肌を照りつけ、容赦なく体力を奪っていきます。俺クラスが、なんて無様なこった。トシ、とったなあ-。

昨年12月、14年ぶりにホノルルマラソンに出場しました。前回出場した94年、わたしは大学2年生だった。二十歳の輝きを放ちながら快足を飛ばし、3時間45分ジャストの好タイムをマーク。ご機嫌さんでゴールへと突入したものです。そして今。普段から「オレって年齢より若く見られるんだよね~」と軽口をたたいていましたが、ハワイの地でわたしが実感したのは、あまりに厳しすぎる「老い」という名の現実でした。

足を引きずりながら、ロス五輪女子マラソンのアンデルセンのようにフラフラと、残り12.195キロをさまよう。腹が減った。糖分が不足しているからでしょうか、意識が朦朧としてきた。痛みだけが激しく、両足に響く。もう歩けない。悔しくて、情けなくて、涙が出てきた。でも、棄権だけは嫌だ。その一念でただ前に進み、ゴール。6時間45分-。直視したくない数字だけが残りました。

激痛は数日間、消えることがなかった。何とか自力で帰国を...と心を奮わせましたが、体がついてきません。成田空港までは車椅子のお世話になりました。湿布薬を貼り替えながら、敗因について考えた。序盤20キロ、あまりにコンディションが良好だったことから、ハイペースで飛ばしすぎたのです。一言で言えば、過信でしょう。二十歳の時の成功体験が、仇となった。あの頃のエネルギッシュな自分が、忘れられなかった。

この失敗を契機に、わたしは「老い」について考えるようになりました。トシとることは、避けられない。その実態を直視した上で、三十代後半をどう生き抜けばいいのか?

普段接している楽天イーグルスの選手に、まさにそのお手本となるべき存在がいました。今年11月で41歳を迎える4番打者・山崎武司さんです。武司さんはきょう(9月7日)まで、34本もの本塁打を量産。「おかわり君」こと西武・中村剛也の放つリーグトップの36本まで、あと2本に迫りました。もし本塁打王に輝けば、史上最年長のホームラン王となります。一度はオリックスから戦力外通告されながら、05年には創設されたばかりの楽天に入団。野村監督との出会いを経て "再生"し、ここまではい上がってきました。


武司さんはなぜ、老いないのですか? 普段の生活から心がけていることは、ありますか?

「酒を飲まないことが、大きいかな。酒は筋肉を硬くするし、次の日にも残るやろ。あとはよく寝ることやね。何時間、というのはないよ。眠くなったら、寝る」

その一方で、"酒は百薬の長"と言う方も、いますよねえ。水島新司先生の漫画「あぶさん」では、中年を迎えた主人公の景浦安武が「酒しぶき」をバットに噴いて、打席に向かいます。

「オレの先輩でも、酒に強くて、めちゃくちゃ打ちまくる人たちは、たくさんいたよ。でもね、ある時期になると、ガクンと落ちるんだ」

酒を飲まないから、体が柔らかい。股関節が柔らかいからこそ、効率よく瞬時にバットへと力を乗せることができる。ヘッドスピードの数値は、西武のおかわり君や中島裕之といった20代の強打者と、互角のままだと聞きます。「逆あぶさん」とも言うべき節制ぶりは、わたしたちも見習うことができそうです。

そういや、楽天イーグルスでアンチエイジングといえばこの人。74歳を迎え、ますます意気盛んな野村克也監督も、酒は一滴も口にしません。

衆院選で落選した中川昭一財務・金融相が2月のG7後、ろれつが回らない記者会見を行った際には、「ベロベロ映像」を見た上で、こう苦言を呈していました。

「あれは完ぺきに酔っぱらっている。球界にも酒で身を滅ぼすヤツは、圧倒的に多いよ。オレはコレで監督をクビになったけどな」

小指を突き立て、ニヤリと笑いました。

「ミシマガジン」編集長の大越とは、貧乏だった大学時代に東急目蒲線・武蔵小山駅前の「庄や」で瓶ビールとほっけ焼きだけを頼んで、朝まで語り明かしたものです。あのころは、夢の中へ。もう、酒はやめようかな。中性脂肪を気にしながら、黒烏龍茶で乾杯しようか。

僕らの願いは、ただひとつ。フォーエバー・ヤング。

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加藤弘士(かとう・ひろし)

1974年4月、茨城県水戸市生まれ。水戸一高ではプロレス研究会に所属。慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、97年に報知新聞社入社。広告局、出版局を経て、03年からアマ野球担当。05年にはアマ野球担当キャップ。06年は巨人番(投手担当)。07年からアマ野球キャップに復帰し、09年には楽天・野村番。10年はまたもやアマ野球キャップを務め、斎藤佑樹の大学ラストイヤーに密着。11年は日本ハムと西武の遊軍記者。好きな言葉は「そのうち何とかなるだろう」。カラオケの十八番は「夜空」(五木ひろし)。173センチ、61キロ。右投右打。

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