スポーツ紙バカ一代

第10回 「アッ、お父さんだ!」

2009.09.14更新

9月12日は、楽天イーグルスにとって歴史的な一日となりました。ソフトバンク戦に勝利し、球団創設5年目にして、初めてクライマックス・シリーズ(CS)進出マジック「19」が点灯したのです。

初年度の05年は38勝97敗でダントツの最下位。ところが06年に就任した野村克也監督のもと、着実に力をつけ、今季は現在、3位をキープしています。球団史上初のAクラス入り、そしてCS進出、さらには日本シリーズ出場へと夢は広がります。

翌日13日の「スポーツ報知」ではこの快進撃を1面で報じました。スポーツ紙の記者にとって、1面の原稿を任されるのは最高の栄誉です。1面はスポーツ新聞の「顔」。前日にあった最も熱いニュースが位置するスペースと言えるでしょう。デスクから「フロント(1面)でいくぞ」と指令が下った瞬間には、思わず脳内のスイッチが入ります。頭は冷静に、心は熱く。読者に心底、楽しんでもらえる記事を。その一念でガツガツ原稿を書いていきます。

どんなレイアウトで、どんな見出しがつけられたのか? 遠征先の博多からは翌朝になるまで見られませんが、この夜だけは別でした。日本テレビ系福岡放送の「スポーツうるぐす」を視聴していたら、刷り上がったばかりの翌日の紙面が番組の中で紹介されているではありませんか!

見出しは「まさかの日本一へ ノムさん CSマジック点灯」。
メイン写真は笑顔満開の知将。いい表情だ。素晴らしい一枚です。

寄り合い所帯の弱小球団からスタートした楽天にとって、緊張感みなぎる激戦が続く状態で9月を迎えるのは、初体験になります。先ほど、テレビのニュースではプロ野球OBの解説者が、こう語っていました。

「ものすごい緊張感の中で試合が続きますから、選手らはどうしても硬くなるでしょう。特に楽天は球団史上、初めてのことですからね」

ふむふむ。さて、その実態はどうでしょうか?

まさにその12日。ソフトバンク戦の試合前にあった出来事です。博多遠征時、楽天ナインはヤフードームに隣接するホテルに宿泊しています。この日はデーゲーム。午前11時過ぎ。選手ミーティングを終えた野手陣がホテルを出発しました。長い関係者通路を歩きながら、球場へと向かいます。

「おはようございま~す!」。あいさつを終えると、わたしは選手やコーチの隣に付いて、一緒に歩きながら世間話をします。たわいない会話の中に、原稿へのヒントは隠されているものです。

テクテク、テクテク。球場へと続く薄暗い関係者通路を歩いていたら、前方付近から驚きの声が上がりました。

「アッ、『お父さん』だ!」

何とこの日はソフトバンクモバイルの協賛試合。同社のCMでおなじみ、あの白い犬が応援隊長として来場していたのです。「お父さん」は関係者入り口に着けられたワゴン車から、ちょうど降りるところでした。

「すげえ! 本物の『お父さん』だ!!」

野手陣がバッグから携帯電話を取り出し、カメラモードに切り替えます。いやいや、選手だけじゃないぞ。コーチ陣もエキサイトしてきた。一斉にレンズを向けて、撮影会が始まりました。

「上手く撮れないなあ。悪いけど、写真オレんところにメールして!」

「OKっすよ~」

「これ、嫁や娘が喜ぶよな~。実物の『お父さん』だもん!」

普段はファンからサインや記念撮影を求められるプロ野球の選手達ですが、この時ばかりは立場逆転の大はしゃぎ。なんか不思議な、微笑ましい光景でした。

打率パ・リーグトップを誇る鉄平外野手は携帯電話を宿舎の部屋に置いてきたそうですが「いいものが見られました」と満足顔。不惑の主砲・山崎武司内野手も「こんだけ人気の犬もいないよなあ」とニンマリです。

その騒動から3時間後、試合がプレイボールを迎えます。初回2死から3番・鉄平がライト前ヒットでチャンスメイク。続く4番・山崎武司は左翼席へ 34号2ランをたたき込み、41歳を迎えるシーズンでは史上最多本塁打となる一撃で、球史にその名を刻みました。武司さんは8回にも35号2ランを放ち、記録をさらに更新。チームは6連勝で、球団史上初のCSマジック「19」が点灯しました。

緊張感で硬くなる? いやいや、心配は要りません。明るく、強く、たくましく。楽天ナインは笑顔を忘れることなく、未体験の9月を乗り切ってくれることでしょう。

さあ、明日からは首位・日本ハムとの3連戦。これから番記者も博多から札幌へと移動です。ところで誰か、「お父さん」の写メ、オレに送ってくんない? あんまりよく、撮れなかったから・・・・・・。

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加藤弘士(かとう・ひろし)

1974年4月、茨城県水戸市生まれ。水戸一高ではプロレス研究会に所属。慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、97年に報知新聞社入社。広告局、出版局を経て、03年からアマ野球担当。05年にはアマ野球担当キャップ。06年は巨人番(投手担当)。07年からアマ野球キャップに復帰し、09年には楽天・野村番。10年はまたもやアマ野球キャップを務め、斎藤佑樹の大学ラストイヤーに密着。11年は日本ハムと西武の遊軍記者。好きな言葉は「そのうち何とかなるだろう」。カラオケの十八番は「夜空」(五木ひろし)。173センチ、61キロ。右投右打。

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