スポーツ紙バカ一代

第17回 「尾花丸」よ、セ界の荒波を行け

2009.11.16更新

大学時代は横浜に部屋を借りて住んでいました。港に一軒、好きなバーがあった。酒の味も分からない二十歳の頃。よく仲間と繰り出しては、飲み明かしたものです。

バーの名は「スターダスト」。ここでピンと来た読者は、かなりのサザン通でしょう。82年に発売された「ヌードマン」というアルバムに収録された「思い出のスター・ダスト」の舞台となった店です。近年のライブでもよく演奏されていました。桑田佳祐さん自身、好きな曲なんじゃないかと拝察できます。

JR東神奈川の駅から海側に歩いて10分。小さな窓からは横浜港が一望できます。ジュークボックスにコインを入れる。クリアな音質とは対極にあるスピーカーから、オールディーズが流れてきます。オーティス・レディングにビートルズ、カーペンターズ・・・おっと、サザンもありました。曲は「LOVE AFFAIR~秘密のデート~」です。

「マリンルージュで愛されて 大黒埠頭で虹を見て シーガーディアンで酔わされて まだ離れたくない」

聴き慣れた曲も目の前の情景が違うと、こうも美しく響いてくるのか。理由もなく、泣けてきます。

先週、スポーツ新聞の野球面には不似合いな「マリーンルージュ」との見出しが躍りました。横浜の新監督に、今季まで巨人の投手総合コーチを務めた尾花高夫さんが就任することになった。その会見を横浜港の観光船「マリーンルージュ」の船上で行ったというのです。

「尾花さん、いい顔してるなあ」。紙面を見たわたしの率直な感想です。06年、巨人番として新任の尾花投手コーチを担当しました。前年の05年、巨人はチーム防御率が球団史上ワーストの4・80と「投壊」してしまった。この再建を託されたのが、尾花さんでした。

就任間もない名伯楽に話を聞くと、オフの間、巨人の全試合の映像をチェックしたという。チーム総失点は737点にも膨らんでいました。これを200点減らすには、何をすべきか? ポイントは2つ。四球と本塁打を減らすしかないというのが尾花さんの考えでした。

「四球とホームランが総失点の5割5分から6割を占めていた。だから、簡単なこと。極端なことを言えば、四球を100個減らして、ホームランを60本減らすというだけで、防御率は1点は下がるわけだよ。ただ、減らすためにはどうしたらいいか。それが難しい」

意識改革が始まりました。投手陣には投球練習時、ただ一生懸命に投げるのではなく、低めに制球することが求められました。特に変化球を、低めに。高めに浮くから、打たれる。2月の宮崎キャンプからは投手ミーティングが頻繁に行われるようになりました。尾花さんやスコアラーが集めたデータをもとに、各チームの打者の傾向が分析されています。

どんなデータを使って、ミーティングしているんだろう。ミーティングルームから出てきた選手が小脇に抱えた資料を横目でこっそりとのぞき見したら、驚きました。普通、チャート(配球表)はパソコンで作られているのですが、尾花さんの場合、直筆の手書きだったからです。

「とにかく選手にはパッと頭に入って、分かりやすく覚えやすいというのが一番だから。オレは、調べるよ。でも伝えるときには、シンプルに、だな」

データは決して無機質なものではない。投手が強い気持ちで打者に太刀打ちするための、心強く頼もしい援軍でなくてはならない。手書きの配球表には、確かな血が通っていました。それにしても尾花さん、データ分析は気の遠くなるようなしんどい作業ですよね?

「苦しい作業だよ。勝つというのは、ものすごく苦しいんだよ。でも、そこから逃げちゃダメだから。ピッチャーに『逃げるな。バッターに向かっていけ!』と言ってるわけだから、オレも勝利を追究することから、逃げちゃいかんと思っているよ」

そう話してくれたあの日から月日は流れ、尾花さんが投手コーチを務めた4年間で、巨人のチーム防御率は2・94まで改善されました。一方の横浜は今季、チーム総失点はセ・リーグでワースト。どのように投手陣を再建するのか、手腕に期待が高まります。

尾花さんのヤクルト時代の師匠格にあたる前楽天監督の野村克也氏が、口癖のように話してくれました。

「男として生まれてきたからには、一度はやってみたい仕事は3つある。連合艦隊司令官、オーケストラの指揮者、そしてプロ野球の監督や」

日本でプロ野球の監督になれるのは、12人しかいない。巨人の投手コーチは文句ない好待遇だったと聞きます。それでも尾花さんは一国一城の主となる道を選んだ。目指す野球は「アナライジング・ベースボール(分析野球)」。あの時にチラ見した手書きの配球表が、脳裏をよぎります。

データを解析する冷静な頭脳と、勝負師として1球にこだわる熱き心。首位・巨人とは42・5ゲーム差、ダントツの最下位球団は、どんな変貌を遂げるのでしょうか? セ界の荒波へと出航した「尾花丸」が勝利をたぐり寄せ、ハマの夜景をさらに美しくしてくれることを願っています。

【参考】
尾花丸 投手力で波乗る!船上で宣言「アナライジング・ベースボール」...横浜(11月14日)
http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/npb/news/20091113-OHT1T00298.htm

「オバナ演説」で横浜からヒゲ消えた...横浜(11月16日)
http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/npb/news/20091115-OHT1T00267.htm

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加藤弘士(かとう・ひろし)

1974年4月、茨城県水戸市生まれ。水戸一高ではプロレス研究会に所属。慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、97年に報知新聞社入社。広告局、出版局を経て、03年からアマ野球担当。05年にはアマ野球担当キャップ。06年は巨人番(投手担当)。07年からアマ野球キャップに復帰し、09年には楽天・野村番。10年はまたもやアマ野球キャップを務め、斎藤佑樹の大学ラストイヤーに密着。11年は日本ハムと西武の遊軍記者。好きな言葉は「そのうち何とかなるだろう」。カラオケの十八番は「夜空」(五木ひろし)。173センチ、61キロ。右投右打。

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