スポーツ紙バカ一代

第21回 「『サニーデイ・サービス』って、何や?」

2009.12.21更新

最近は就職活動の時期が早まっているようです。「スポーツ記者になりたいのですが、仕事の話を聞かせてもらえないでしょうか」という大学3年生からの問い合わせを、いくつか頂きました。

「スポーツ記者になるのはやめた方がいいです。生活は不規則だし、プライベートを犠牲にして、仕事に忙殺されますよ。もっと楽して、のんびりとお金を稼げる仕事に就くことを、おすすめします」

学生にはそんな話をしていますが、わたしが記者になったのは29歳の時でした。大学卒業後、すぐにスポーツ新聞の会社に入社しましたが、配属は広告局だった。その後、出版局に異動し、雑誌の広告営業を担当します。「取材記者になって、原稿を書きたい」という希望を心の奥に潜めたまま、二十代は過ぎていきました。

ちなみに現在、「ミシマガジン」の編集長を務める大越裕も当時、とある出版社で広告営業の仕事をしていました。大手広告代理店の雑誌局があった聖路加タワーの21階でよく遭遇しては「広告ページが埋まんねえんだよなあ」と愚痴りあったものです。

「ブログ」なんてなかった世紀末。書きたい。自らの思いを表現したい。営業の仕事の傍ら、わたしは日々、もがいていました。そうこうしてたら、音楽雑誌「クッキーシーン」がディスクレビューの執筆者を探しているという。ノーギャラでしたが「ぜひ、やらせて欲しい」と売り込みました。短い行数に自らの思いを込めて、CD評やライヴレポートを綴っていく。送られてきた新刊の掲載誌を、何度も何度も読み返したものです。

あのころ、わたしは「サニーデイ・サービス」というバンドに夢中でした。情感たっぷりに原稿を書いていたら、それがある人の目に留まった。「いつも加藤さんの原稿を読んでいます。今度、雑誌を創刊するので、ぜひとも連載をお願いしたい」。そんなメールが届き、音楽とお笑いの雑誌「splash!」を創刊する遠藤敏文さんと品川のロイヤルホストでお会いしたのは、ニューヨークで同時多発テロが勃発した01年9月11日のことでした。

本業の広告営業に悪戦苦闘しながら、「splash!」の連載「ジャンボ加藤の『夜のヤルタ会談』」は好評を博して続いていきました。一方でそのころの上司には「記者で勝負したい」と訴え続けました。念願が叶い、編集局に異動したのは、03年初頭です。

オレに野球記者が勤まるのだろうか? 不安だらけのスタートでしたが、新米記者のわたしが心を躍らせた対象こそ、社会人野球・シダックスの監督に就任したばかりの野村克也さん、その人でした。楽天監督になってからは、常に大勢の報道陣に囲まれる光景が日常でしたが、シダックス当時は違った。練習を見守る老将の隣で、マンツーマンでの取材を3時間なんてこともありました。

書いた記事が監督の逆鱗に触れ、「公開説教」されたことも思い出されます。番記者を務めることで、野球記者としてのイロハを学ばせてもらった。09年は、プロ野球監督としてのラストイヤーに密着させてもらいました。杜の都で過ごした、あまりに濃密なシーズン。今年は35年間の人生で、一番面白い1年になりました。

あれは2月の沖縄・久米島キャンプ最終日のことです。選手宿舎のロビーで原稿を打っていたら、移動のためにスーツ姿に着替えた野村監督が、わたしと同じテーブルに腰掛けた。ノートパソコンに貼ってあるステッカーをジーっと見つめるなり、こう訊いてきました。

「『サニーデイ・サービス』って、何や?」

「ロックバンドです」

「そうか。面白い名前やな。どっかの会社の名前かと思ったよ」

まさかノムさんの口から「サニーデイ・サービス」という肉声が放たれるとは。書き手としての自分を創ってくれた2つのあこがれが、まさかの融合を遂げた瞬間でした。

ああ、こんな愉快なひとときがあるから、スポーツ記者はやめられないんだよな。仕事はハードだけど、日々がエキサイティングで、めちゃくちゃ面白いよ。就活中の学生諸君、もしよかったら、希望業種のひとつに、加えてみてください。

【告知です!】

きたる12月30日、吉祥寺のスターパインズカフェというライヴハウスで、小生が企画制作する歌謡ショウ「フォーク大名」を開催します。わたしも自ら「ジャンボ加藤と国際オバケ連合」というバンドで、出演します。愛と笑いがたえない、しょうもないイベントです。師走のお忙しい時だとは思いますが、ぜひとも冷やしにご来場いただければ幸いです。お待ちしています。

「フォーク大名 10周年記念興行」
http://www.folkdaimyo.jp/

2009年12月30日(水)17時開場 17時30分開演
吉祥寺スターパインズカフェ(JR・京王井の頭線吉祥寺駅下車徒歩3分)
http://www.mandala.gr.jp/spc.html

木戸銭 2300円(別途1ドリンク代がかかります)

豪華出演陣と時間割

17:00~ファンタスティック・ピッチング・マシーン中嶋(野球DJ)
17:30~The CHICAMO
18:05~Yuglet Waterloo
18:35~USA大山カラテ
19:05~ルノアール
19:35~モノノフルーツ
20:05~DIGISON
20:40~ジャンボ加藤と国際オバケ連合
準トリ 東京ペールワン(漫才)
トリ   Secret(超大物)

詳細はウェブサイトをご参照下さい。
ご不明な点は下記までお気軽にお問い合わせ下さい!
info@folkdaimyo.jp

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加藤弘士(かとう・ひろし)

1974年4月、茨城県水戸市生まれ。水戸一高ではプロレス研究会に所属。慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、97年に報知新聞社入社。広告局、出版局を経て、03年からアマ野球担当。05年にはアマ野球担当キャップ。06年は巨人番(投手担当)。07年からアマ野球キャップに復帰し、09年には楽天・野村番。10年はまたもやアマ野球キャップを務め、斎藤佑樹の大学ラストイヤーに密着。11年は日本ハムと西武の遊軍記者。好きな言葉は「そのうち何とかなるだろう」。カラオケの十八番は「夜空」(五木ひろし)。173センチ、61キロ。右投右打。

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