スポーツ紙バカ一代

第26回 がんばれ、オリックスバファローズ

2010.02.08更新

今から3年前、07年3月22日のことです。奈良県生駒市の近大グラウンドでは近大対慶大のオープン戦が行われ、ネット裏にはプロ5球団14人のスカウトが集結していました。名門大学同士の一戦。これは、ぜひ見てみたい。センバツ高校野球の開幕を控え、大阪入りしていたわたしも取材に出向きました。

目を見張ったのは、普段なかなか見ることのできない近大の1番打者です。スイングが鋭い。内野ゴロでも俊足を飛ばし、ヒットにしてしまう。背番号7。ああ、これが噂の小瀬浩之か。その秋、ドラフト指名され、オリックスに入団します。

昨年は仙台での楽天戦で、その雄姿を何度も見ることができました。「小瀬、順調そうだな」「真面目ですしね。来年はレギュラーに定着しますよ」。プレスルームではオリックス担当とそんな話をしながら、有望なバットマンに期待を寄せていたものです。

そして2月5日午後。会社で原稿を書いていると、フロアが慌ただしくなった。「オリックスで転落死があったようだ」「キャンプ地でですか!?」「宮古島だ。どうやら、小瀬らしい」

夕方になると各球団の担当記者から、小瀬さんと交流のあった選手の談話が続々と送られてきました。これをアンカーとして100行の原稿にまとめることになった。キーボードを叩くたび、悲しみがこみ上げてきます。何故、こんなことになったんだろう。どうしてなんだろう。

読者の皆さんにとって、プロ野球のキャンプはどんなイメージでしょうか。「寒い本州を離れ、温暖な地域へ移動して、みんなで集中的に練習する」。わたしも野球担当記者になるまでは、だいたいそんな印象でした。でも、実際に訪れてみると、全然違います。

プロ野球のチームにとって「一年の計はキャンプにあり」。監督ら首脳陣の考えを理解し、濃密なメニューをこなすことで、シーズンを戦い抜く体力と知力を培う。毎日が激しい競争です。特にレギュラー当落線上の若手にとっては格好のアピールの場。生ぬるい空気の中でチンタラと楽なキャンプを送ったチームの成績は、自ずと低迷することになります。

そんな大切なキャンプ中に、前途有望なチームメートが選手宿舎の非常階段から転落して、24歳の若さで亡くなってしまった。ご遺族の悲しみはたいへんなものでしょうが、オリックスの選手もまた、つらい思いでいることでしょう。集中力をもって心身を研ぎ澄まさなくてはならない時期に、起きてはならないことが起きてしまったのですから。

岡田彰布新監督を迎え、新生・オリックスには熱パの台風の目となる可能性が満ちています。それでもナインが前を向き、野球に専念するまでには、まだまだ時間がかかるかもしれません。がんばれ、オリックスバファローズ。悲しみの底から、はい上がれ。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

加藤弘士(かとう・ひろし)

1974年4月、茨城県水戸市生まれ。水戸一高ではプロレス研究会に所属。慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、97年に報知新聞社入社。広告局、出版局を経て、03年からアマ野球担当。05年にはアマ野球担当キャップ。06年は巨人番(投手担当)。07年からアマ野球キャップに復帰し、09年には楽天・野村番。10年はまたもやアマ野球キャップを務め、斎藤佑樹の大学ラストイヤーに密着。11年は日本ハムと西武の遊軍記者。好きな言葉は「そのうち何とかなるだろう」。カラオケの十八番は「夜空」(五木ひろし)。173センチ、61キロ。右投右打。

バックナンバー