スポーツ紙バカ一代

第29回 働くって、何だろう

2010.04.12更新

今年に入ってから、わたしの身の上に「異変」が起きています。高校の教壇に上がらせてもらう機会が続いているのです。先月は茨城県水戸市にある緑岡高校の1年生を対象に「職業観育成セミナー」と銘打った授業の講師を務める機会に恵まれました。

講師控室から教室に向かう途中、日常では味わえない独特の緊張に襲われます。「意識しすぎだ。硬いよ、硬い。笑顔でな」。必死に自らへと語りかけ、クラスルームの戸を開ける。「起立、礼」。さあ、1対40の真剣勝負に、ゴングが打ち鳴らされました。

呼んでいただいたからには、綺麗事ではなく、ありのままをお話しするのが誠意というものでしょう。仕事をして、お給料を頂くということは、そんなに格好いいものではない。スポーツ記者としての喜びと苦悩を、ストレートに喋らせてもらいました。

日々、他紙との競争が激しいこと。学歴は一切関係なく「実力至上主義」で評価されること。

取材対象との信頼関係を築くことの難しさ、心が届いたときのうれしさは、まさに恋愛のようであること。

休日がほとんどない。たまに休みがあっても、ひっきりなしに電話がかかってくる。仕事を忘れ、自分の時間を持つのが難しいこと。

何よりスポーツ紙記者の一番の問題点は、仕事があまりに面白すぎることだ。だから人生が少しだけ、いや大きく、狂ってしまう-。

「起立、礼」。授業の終わりを告げるムーブで、わたしは深々とお辞儀しました。地に足がつかぬまま、45分×2時間の講義は幕を閉じました。

放課後、担当教諭にお願いして、生徒らのレポートをチラ見させてもらいました。シャープペンシルで丁寧に書かれた一枚の藁半紙が、目に留まりました。

「お話をする顔がいきいきしていました。加藤さんの話を聞いて、本当にこの仕事が好きで楽しいということが伝わってきました。私も自分に合った、好きな仕事を見つけたいです」

慌ただしい時に追われ、疲労に覆われていた全身が、少しだけ軽くなりました。

若いというのは、たくさんの時間を持っているということで、それだけで大変な価値がある。野球部から聞こえる金属バットの音色と、わずかにチューニングが狂った軽音楽部のエレキギターが、不思議なハーモニーを奏でる夕暮れのキャンパス。働くって、何だろう。授業を通じて、多くのことを学ばせてもらったのは、わたしの方でした。

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加藤弘士(かとう・ひろし)

1974年4月、茨城県水戸市生まれ。水戸一高ではプロレス研究会に所属。慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、97年に報知新聞社入社。広告局、出版局を経て、03年からアマ野球担当。05年にはアマ野球担当キャップ。06年は巨人番(投手担当)。07年からアマ野球キャップに復帰し、09年には楽天・野村番。10年はまたもやアマ野球キャップを務め、斎藤佑樹の大学ラストイヤーに密着。11年は日本ハムと西武の遊軍記者。好きな言葉は「そのうち何とかなるだろう」。カラオケの十八番は「夜空」(五木ひろし)。173センチ、61キロ。右投右打。

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