スポーツ紙バカ一代

第30回 プロ野球とアマ野球の違いとは?

2010.04.26更新

男として憧れる職業のひとつに、高校野球の監督があります。十代の若者を心身共に鍛え上げ、目指すは聖地・甲子園。信頼という名の絆で結ばれた師弟関係を取材するたび、やってみたいな、オレだったらどんなチームを作ろうかな、と夢想します。

名将と呼ばれる監督さんの中に、横浜高校の渡辺元智監督がいます。愛弟子にはレッドソックス・松坂大輔やロッテ・成瀬善久、西武・涌井秀章ら各球団のエース格が並びます。タレントの上地雄輔さんもその一人かな。横浜高校の大ファンとしても知られる柳沢慎吾さんが、采配時のモノマネを演じることでもおなじみです。

24歳で監督に就任後、70年代、80年代、90年代、00年代と異なる4つのディケイドで甲子園制覇をしているのが、凄い。時代の流れにあった指導法をその都度、確立して、若者と向き合っている証拠でしょう。65歳になった今でも、野球への情熱は衰えることがありません。

「カトーさん、なんか美味しいモノでも食べに行きませんか」

今春のセンバツ高校野球大会の期間中、渡辺監督とマンツーマンで晩ご飯をご一緒する機会に恵まれました。名伯楽は甲子園出場こそ逃したものの、解説の仕事で大阪入りしていた。曽根崎の鉄板焼き屋で二人きり、野球談義に花が咲きます。わたしにとっては至福のひととき。普段は飲まないアルコールも、自ずと進んでしまいます。

「これ、見てくださいよ」。宴もたけなわ、指揮官が誇らしげに取り出したのは、万歩計です。「選手達がね、誕生日祝いにくれたんですよ。だから今、できるだけ歩くようにしているんです」。65歳には見えない。若い。健康への気配りは、グラウンドに立ち続けることへの執念につながっているような気もします。

曽根崎から福島のホテルまで30分、夜の散歩をご一緒することにしました。毎日が忙しく、タクシーばかり利用していたから気づかなかったけど、大阪の街にも知らないうちに、桜が咲いていた。夜桜が、綺麗だ。憧れの監督さんと一緒だからって、嬉しくて飲み過ぎたかな。そんなわたしに、名将はこんな問いを発してきました。

「カトーさんはプロ野球とアマ野球の違いは、何だと思う?」

「えーと、お金をもらいながら野球をやるのがプロで、授業料とかお金を払いながらやるのが、アマですかね?」

「それもそうだね。でも、こんな言い方はどうかな」

力強く歩を進めながら、渡辺監督は言いました。

「何としてでも勝たなきゃいけないのが、プロ。アマチュアは、負けてもいい。敗戦の中から学べることは、たくさんある。負けて、勉強するんです。負けて、強くなる。それがアマチュアの、いいところじゃないかな」

横浜高校は今春の神奈川県大会3回戦で、慶応高校と延長12回の死闘の末、2-4で惜敗した。夏の県大会は同校にとって異例となるノーシードで臨むことになりました。守備の乱れから献上した決勝点。ナインはそこから、何を学んだのでしょうか。

グラウンドにはきょうも、渡辺監督の厳しい声が飛んでいることでしょう。負けて、学ぶ。負けて、強くなる。わたしもそんな男になりたい。高校野球の監督は、やっぱり憧れの職業です。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

加藤弘士(かとう・ひろし)

1974年4月、茨城県水戸市生まれ。水戸一高ではプロレス研究会に所属。慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、97年に報知新聞社入社。広告局、出版局を経て、03年からアマ野球担当。05年にはアマ野球担当キャップ。06年は巨人番(投手担当)。07年からアマ野球キャップに復帰し、09年には楽天・野村番。10年はまたもやアマ野球キャップを務め、斎藤佑樹の大学ラストイヤーに密着。11年は日本ハムと西武の遊軍記者。好きな言葉は「そのうち何とかなるだろう」。カラオケの十八番は「夜空」(五木ひろし)。173センチ、61キロ。右投右打。

バックナンバー