スポーツ紙バカ一代

第38回 運命のドラフト。2人の「S」は、どこへ。

2010.10.25更新

「10・28」が近づいてきました。スポーツ紙のアマ野球担当記者にとって最大の任務は、ドラフト取材です。昨年末から各球団のスカウト、ドラフト候補選手や指導者らを一年間、追いかけてきました。泣いても笑っても、あと3日。なかでも今回の超目玉、早大・斎藤佑樹と中大・澤村拓一の両投手には思い入れも強く、進路が気になります。

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斎藤佑樹については、今更説明するまでもないでしょう。06年夏の甲子園決勝、引き分け再試合の激闘で日本中を熱狂させた「ハンカチ王子」も、早いものでもう大学4年です。肉体は鍛え上げられ、大人の体格になりましたが、至近距離で見る凛とした佇まいは依然として「王子」のまま。清廉の一言に尽きます。4年間は決して順風満帆ではなく、好不調はありましたが、ケガによる離脱は一度もなく、エースの座に君臨し続けました。

斎藤と他のドラフト候補との決定的な違いが、ひとつあります。アマチュアの有望選手を評する時、通常はその投手のセールスポイントに注目するものです。「球威ある直球を投げる」「変化球の切れ味が鋭い」「無尽蔵のスタミナを誇る」といった具合に。

でも、斎藤に関しては、週刊誌上などでマイナス面を強調する論調が目立つのです。 スポーツ選手である以上、実際に現場で取材している書き手から指摘されるのであれば、致し方ないかもしれない。ところが取材の形跡が見られない、明らかに事実誤認の悪意ある記事が、あまりに多すぎる。一流の媒体なのに、平気で嘘が書いてある。

学生である本人は、それに反論する機会を持っていない。5大学の打者以上に神経をすり減らす、見えない「敵」と闘っていたのではないかと推察します。高額の年俸が与えられ、必勝が義務づけられたプロ野球選手ならともかく、アマチュアの選手に心ない声は酷過ぎたことでしょう。そんな環境でも、ひたすら鍛錬に打ち込み、逞しさを増した。そして運命のドラフトでは、1位候補としてその日を迎える。タフな若者だと感心します。

斎藤が「柔」なら、澤村は「剛」。投手としてのスタイルは好対照。豪快さが、気持ちいい男です。2月頃、一緒に晩ご飯を食べに行きましたが、ビール、焼酎を美味しそうに煽る姿が印象に残っています。一方、真顔で「カトーさん、自分、日経をきちんと読んで、理解できるようになりたいんです。だって同年代は就活で、みんな日経を読んでるわけじゃないですか」なんて話してくれたりする。そんな意外性も、魅力的に感じられます。

「就活仲間」のプレーが、気になるのでしょうか。澤村は先月、神宮球場へと足を運び、東京六大学野球を観戦。斎藤のピッチングを生チェックしています。「今、着きました」。試合前、澤村から電話をもらい、客席に向かうと、ネット裏2階席の最後部から食い入るようにマウンド上の斎藤を見つめていました。帰りは「出待ち」し、撤収する早稲田のバスをお見送り。ファンなのかよ! と思わず苦笑してしまいました。

この秋から「iPhone4」を愛用しているのも、両投手の共通点。ドラフトが終わり、一段落したら、おすすめのアプリを教えてもらおうと思っています。

さあ運命の「10・28」。わたしもあと少し、ドラフト翌日の特集に向けた準備に没頭します。2人の「S」の未来に、幸あれ。

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加藤弘士(かとう・ひろし)

1974年4月、茨城県水戸市生まれ。水戸一高ではプロレス研究会に所属。慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、97年に報知新聞社入社。広告局、出版局を経て、03年からアマ野球担当。05年にはアマ野球担当キャップ。06年は巨人番(投手担当)。07年からアマ野球キャップに復帰し、09年には楽天・野村番。10年はまたもやアマ野球キャップを務め、斎藤佑樹の大学ラストイヤーに密着。11年は日本ハムと西武の遊軍記者。好きな言葉は「そのうち何とかなるだろう」。カラオケの十八番は「夜空」(五木ひろし)。173センチ、61キロ。右投右打。

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