スポーツ紙バカ一代

第53回 HOLD YOUR LAST CHANCE~ハタチの武者修行。雄星、豪州へ

2011.11.14更新

「割り箸がないみたいなんで、買っていかないと!」

初の海外行きを前に、その声は弾んでいました。11月8日、埼玉・所沢の西武ライオンズ若獅子寮で、成田空港から豪州に向かう菊池雄星投手を見送りました。南半球は初夏。西武はすでに今季全日程を終了していますが、雄星は海外武者修行に抜擢され、オーストラリアのプロリーグ・メルボルンで実戦経験を積むことになった。この日の夜、機上の人になりました。

高卒2年目の今季はプロ初勝利をマーク。完投勝利も挙げました。昨年はケガで1年を棒に振ったことを考えれば、4勝1敗、防御率4・14という数字は、健闘と言っていいでしょう。それでも本人は謙虚に足元を見つめています。

「今年は投げて勝ったというよりは、打って勝った試合に投げていた感じ。来年は投げ勝つというか、投手戦を演じられるような選手になりたいんです」。ヤフードームで行われたパ・リーグのクライマックスシリーズ最終ステージ第3戦。9回まで両軍無得点だった杉内と涌井の投げ合いが脳裏をかすめます。あの力投を見て、何かを感じたに違いない。

メルボルンのスタジアムは決して恵まれた環境とは言えません。球場の両翼は80メートル。内野の芝生もボコボコのようです。が、雄星はいたって前向きです。

「向こうの選手はみんな、ハングリーと聞いています。目つきも違うだろうし、取り組んでいる姿もすべてが刺激になる。野球以外の生活面も含めて、いかに自分が恵まれて野球をやれているか、勉強になると思うんです」

送り出す渡辺久信監督はかつて、台湾プロ野球でプレーしたことがあります。自らの体験も交えて、こんな話をしてくれました。「いろんなことを経験して、吸収してこいと言ったよ。いろんな国の選手がいるし、いろんな国の野球文化がある。それだけで勉強になる。慣れない土地はたいへんだと思うけど、楽しいと思うよ。俺が台湾にいた頃は、5カ国の選手がいたのかな。日本、アメリカ、オーストラリア、ドミニカ、プエルトリコ・・・。うん、かなり勉強になったもん」。そして来季の雄星へ、強い期待も口にしました。

「来年は当然、2ケタ勝って欲しいし、ローテを1年間守れるだけの体力と内容を身につけて欲しいね」。思えば渡辺監督も、あるいはエース・涌井も、高卒3年目のシーズンには最多勝をマークしています。さらなる飛躍へのヒントが、豪州の地には隠れているかもしれません。

異なる環境で心身を研ぎ澄ます20歳には、魂の「応援歌」があるようです。携帯型音楽プレーヤーに、長渕剛のナンバーを50曲入れて持っていくと明かしてくれました。

「えーと、『HOLD YOUR LAST CHANCE』。それから『桜島』『Myself』『いつかの少年』『SORA』」あたりですかねえ」

「長渕の魅力って、どんなところ?」

「男っぽくて、かっこいいじゃないですか」

曲のなかで「HOLD YOUR LAST CHANCE」が一番最初に出てきたのが、少しだけ嬉しかった。わたしもこの曲には心を揺さぶられるからです。まだ長渕がマッチョになる前、長髪だった頃。84年の作品です。NHKの銀河テレビ小説「まんが道」の主題歌で、主演の竹本孝之がカヴァーしていました。「傷つき打ちのめされても/這い上がる力が欲しい/人はみな弱虫を背負って生きている」。80年代の悩める若者に勇気を与えた、ニューミュージックの名曲と言えるでしょう。

出発からもうすぐ1週間が経ちます。強烈な太陽光線のもと、雄星はどんな表情で、白球と向かい合っているのでしょうか。つかんで欲しい、異国の地でのチャンス。帰国はクリスマス・イヴ。真っ黒に日焼けし、精悍さを増した雄星を、成田空港で出迎えたいと思っています。


(写真左は雄星、右は渡辺監督。中央の黒シャツが筆者・加藤)


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加藤弘士(かとう・ひろし)

1974年4月、茨城県水戸市生まれ。水戸一高ではプロレス研究会に所属。慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、97年に報知新聞社入社。広告局、出版局を経て、03年からアマ野球担当。05年にはアマ野球担当キャップ。06年は巨人番(投手担当)。07年からアマ野球キャップに復帰し、09年には楽天・野村番。10年はまたもやアマ野球キャップを務め、斎藤佑樹の大学ラストイヤーに密着。11年は日本ハムと西武の遊軍記者。好きな言葉は「そのうち何とかなるだろう」。カラオケの十八番は「夜空」(五木ひろし)。173センチ、61キロ。右投右打。

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