スポーツ紙バカ一代

第55回 前例なき挑戦。ソフト出身の逸材がプロ野球入りしたのだ

2012.01.20更新

「おいおい、マジかよ。知らねえよ~!」

昨秋のドラフト会議は忘れられません。日本ハムのドラフト7位指名は、早大ソフトボール部の大嶋匠捕手でした。硬式球での野球経験がない、"異業種"への指名はまさにサプライズ。隠し玉にも程があります。ドラフト取材はわたしの得意分野だったはずですが、恥ずかしながらまったくのノーマークでした。

「すぐに飛び出せる記者いるか? 会見は早大の小手指キャンパスで21時20分から。カメラの手配も頼む」

慌ただしく取材の段取りをしながらも「ドラフト前に抜きたかった。どこかにヒントはあったはずだ」と後悔の念にさいなまれたものです。すぐさま大嶋本人に接触した記者からの報告は「国際大会でも確かな実績。強肩に加えて長打力も自慢で、今年の公式戦では13試合連続本塁打もマーク。ソフト界では知らぬ者はいない有名人」とのこと。どの報道陣も事前に情報をつかめなかった。その分、どんなアスリートなのか、自然と興味が沸いてきます。

大嶋はこの1月、千葉・鎌ケ谷の日本ハム2軍寮へと入寮し、現在は新人合同自主トレのまっただ中にあります。1月17日にはプロ入り後、初めてブルペンで球を受けるというので、取材に行ってきました。

マウンドに立つのは、昨秋の都市対抗野球大会で完全試合を達成したJR東日本東北出身の右腕・森内寿春投手です。同期入団とはいえ、大嶋よりも5歳年上になります。

「さあいきましょう!」

大嶋の声が響きます。捕手は中腰で捕球する、いわゆる「立ち投げ」です。「ナイスボール!」。ストレートがミットに突き刺さると、「バシッ」と乾いた音が奏でられます。でも、なかなか難しそうだ。ごくたまに「パスッ」といい音が鳴らない状態もある。ミットの芯ではなく、網の部分で受け止めてしまったみたい。大嶋も「すいません」と思わず恐縮しています。課題と収穫の30球でした。

普段、プロ野球の1軍捕手ばかり取材していると、ついつい忘れてしまうのですが、「いい音を鳴らしてミットの芯で捕球する」という当たり前のことが、いかにハイレベルな職人の技術であるか、思い知らされます。

練習を終えた大嶋は、取材にこう応えてくれました。「森内さんのボールを捕らせてもらって、見えてきた部分がある。まだ追っかけてしまっている。追っかけずにバチっと捕れば、大丈夫かな。数多く捕る。それしかないと思います。どんどん受けていきたい」

ソフトボールを引退した昨年8月以降、青春を燃やした大きなボールには一切触っていないとも明かしてくれました。「だって、やる必要ないですよね?」。過去の輝かしい栄光と決別し、未来の自分へとチャレンジする、強い「覚悟」が感じられます。

越えるべきハードルは多々あります。きょうは「立ち投げ」だから良かったけど、座って捕球となったら、どうなるのか。ストレートではなく、カーブやスライダー、フォークなどの変化球を受けたら、どうだろう。特にプロの1軍投手の投げる球は、一流になればなるほどえげつない。そうだ、外国人投手のストレートは「動く」。これまでに見たことのない軌道だろう。果たして大嶋は、対応できるのだろうか。

ソフトボーラーの才能を見出した日本ハムの大渕スカウトディレクターはブルペンでの捕球を視察後、こんな話を聞かせてくれました。

「これからでしょう。キャッチングとスローイングは、努力がもっともっと必要になる。それでも、先は長いです」。彼に求める理想の捕手像には「元気な捕手だね。本来もっと声を出して、場の空気を変えられる捕手でしたから。いい雰囲気を持っている。ドッシリして、明るくて、投手に声を掛けるタイミングにも、センスがありましたからね」

大嶋は最後に言いました。「自分の良さを出していければいいと思う。自分の良さ? 明るい感じじゃないですか」

前例なき挑戦。簡単な道のりでないことは、百も承知です。それでも前代未聞のチャレンジを温かい目で、応援していきたいと思っています。結末のわかり切ったドラマなんて、面白くも何ともない。大嶋の前に道はなく、大嶋の後に道はできる。開拓者の誇りを胸に、笑顔を忘れることなく、白球を追って欲しいです。ドラフト当日、「知らねえよ~!」とほざいたオレを、見返してくれよ。

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加藤弘士(かとう・ひろし)

1974年4月、茨城県水戸市生まれ。水戸一高ではプロレス研究会に所属。慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、97年に報知新聞社入社。広告局、出版局を経て、03年からアマ野球担当。05年にはアマ野球担当キャップ。06年は巨人番(投手担当)。07年からアマ野球キャップに復帰し、09年には楽天・野村番。10年はまたもやアマ野球キャップを務め、斎藤佑樹の大学ラストイヤーに密着。11年は日本ハムと西武の遊軍記者。好きな言葉は「そのうち何とかなるだろう」。カラオケの十八番は「夜空」(五木ひろし)。173センチ、61キロ。右投右打。

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