スポーツ紙バカ一代

第56回 言葉でも魅了する男。ソフトボーイ・大嶋匠

2012.02.13更新

あなたが人生のなかで「早稲田大学」という存在を初めて意識したのは、いつですか?

わたしははっきり記憶しています。北関東の地方都市で小学生だった頃、夢中になったテレビ番組は日テレの視聴者参加型番組「アメリカ横断ウルトラクイズ」。その出演者で、心惹かれるお兄さんは、大抵早稲田の学生か、OBでした。知的で、逞しくて、ユニークで。「ああ、ボクもいつか、早稲田大学に行きたい」。ニューヨーク行きの切符を目指して熱戦を繰り広げるオトナたちを見ながら、漠然としたそんな夢を抱いていました。結局、ご縁がなかったけど。

1月末からプロ野球のキャンプ取材で沖縄に滞在しています。日本ハムのルーキーで「これぞ早稲田!」を強く感じさせてくれる若者と、出会いました。先月の当欄でもご紹介させて頂いた、早大ソフトボール部出身のドラフト7位・大嶋匠捕手。今や「時の人」です。スポーツ新聞は1面で、ニュースのスポーツコーナーやヤフートピックスはトップ扱いで、彼の奮闘を追います。

「ズドーン!」

それは衝撃以外のナニモノでもありませんでした。2月8日の紅白戦。大嶋は「8番・DH」でスタメン出場すると、野球初打席、初スイングでバックスクリーンに特大のホームランを放ちました。今季、12球団で一番乗りのアーチです。柔らかく、力強い打撃フォームはオリックスのスラッガー・T-岡田を彷彿とさせる。これ以上ない満点デビューです。翌9日の紅白戦でも右へ左へとヒット2本を放つ。マルチ安打の活躍。「異種からの挑戦」は一気に世間の注目を集めることになります。

もっとも、2月上旬のこの時期はまだ投手にとって準備段階。ストレートにヤマを張って狙い打ちすれば、ある程度は対応できることも事実です。バッテリー間の距離が野球のそれより短いソフトボールの体感速度は、160キロを超えるとも言われる。大嶋にとって、本当の勝負はこれから。打撃では変化球に対応できるか。そして課題の守備面は。ただし、それを差し引いても、始めの一歩がこんな結果になるなんて、やはり「持っている」としか言いようがありません。

そんなタクちゃんは、まさに「知的で、逞しくて、ユニークな」21歳です。取材対応がスマートで、普通の野球選手にはないウイットを感じさせてくれます。

あれは1月、千葉・鎌ヶ谷のファイターズタウンで行われた新人合同自主トレの期間中でした。「自分、バーミヤンでチャーハンつくっていたことがあるんです」。大学時代のバイト歴をこう明かしてくれました。

「大学1年の頃なんですけど、小手指のバーミヤンで働いたことがあります。社会勉強をしようと思って。夜10時から午前2時まで。厨房に入っていました。担当は大鍋です。ガタイを見て、決められたみたいで。火力、物凄く強いんですよ。左手の人さし指をやけどしちゃって。でも、ミットの外に出していたんで、大丈夫でした。結局3カ月で辞めちゃったんですが、チャーハンは今でもつくれますよ」

まさかバーミヤンで厨房経験のある男が、プロ野球選手になるとは・・・。名護キャンプでは先輩との会話でも、大嶋は早稲田らしい、いい味を出してくれています。昨夏はオールスターにも選出された速球派セットアッパーの増井浩俊が、こんな話を聞かせてくれました。11日、ブルペンで大嶋のミットめがけて、投球練習を行った時の会話です。

「ピッチングが終わった後、大嶋から言われたんですよ。『増井さんの球が一番捕りやすかった』って。それがいいのか、悪いのか・・・」

大嶋をプロ野球に引き寄せた日本ハム・大渕スカウトディレクターも言います。「頭の回転が速いでしょ。だから、獲ったんです」。一握りしか輝くことが許されない、厳しいプロの世界。これから幾多の困難が待ち受けるでしょうが、タクちゃんには粋なスタイルを忘れることなく、チャレンジを続けて欲しいと願っています。言葉でも俺たちを、魅了してくれ。

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加藤弘士(かとう・ひろし)

1974年4月、茨城県水戸市生まれ。水戸一高ではプロレス研究会に所属。慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、97年に報知新聞社入社。広告局、出版局を経て、03年からアマ野球担当。05年にはアマ野球担当キャップ。06年は巨人番(投手担当)。07年からアマ野球キャップに復帰し、09年には楽天・野村番。10年はまたもやアマ野球キャップを務め、斎藤佑樹の大学ラストイヤーに密着。11年は日本ハムと西武の遊軍記者。好きな言葉は「そのうち何とかなるだろう」。カラオケの十八番は「夜空」(五木ひろし)。173センチ、61キロ。右投右打。

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