スポーツ紙バカ一代

第58回 「打ってる男」でもあった「持ってる男」

2012.04.16更新

斎藤佑樹って投げるだけでなく、打っても凄いこと、知ってる? わたしは甲子園と神宮で、斎藤の本塁打を目撃しています。

早実時代では全国制覇を果たした06年夏の甲子園3回戦・福井商戦。バックスクリーン左にソロを放ちました。わたしは当時、巨人担当。広島への遠征帰り、クレバーな投球で知られていた早実のエースを見るため、休暇をとって甲子園のネット裏最後列に陣取りました。「ハンカチ王子」と呼ばれる直前。「すげえいいスイングじゃん」と感心したものです。思えばその年のセンバツ2回戦・関西戦でも打っています。高校通算4本塁打のうち、2本が甲子園でというのが、いかにも大舞台に強い斎藤らしい。調べたら、甲子園での通算打率はPL学園・桑田真澄と同じ3割5分6厘でした。

それから4年後、早大4年だった10年春の東京六大学リーグ戦・法大戦。現DeNAの加賀美から左越えソロを放ちました。よほどうれしかったのでしょう。ダイヤモンドを一周する時の笑顔はそれまで見たことがないほど、輝いていました。スタンドの大歓声は、隣接する秩父宮ラグビー場まで響いた、との「都市伝説」もあります。

そんな"隠れ好打者"の佑ちゃんが4月14日、札幌ドームでの試合前練習に、打撃用手袋を持って現れました。5月16日からはセ・リーグとの交流戦が始まる。普段は打席に立たないパ・リーグの投手も、9番目の打者を務めることになります。日本ハムの投手陣もこの日から、打撃練習を行うことになりました。斎藤は西武・米野モデルのバットを構えると、シャープに振り抜きます。10スイング中、ヒット性は4本。選球眼も冴え、ボール球には手を出さない。打撃投手を務めた吉井投手コーチからは5球連続でボールを選びました。制球力に秀でた往年のメジャーリーガーも「あれ!?フォアボール出してもうたわ。へばってしもうた!」と苦笑するばかりです。

ルーキーイヤーの昨年、斎藤は交流戦の間、右脇腹痛を発症し、2軍でリハビリの日々でした。打撃好きの男だけに、今季こそプロ初打席にワクワクしているのかと思って、意気込みを聞いてみました。すると、返ってくる答えは、少しだけ予想と違っていました。

「そっちはどうでもいいです。今はそれどころじゃないんで。投げる方をきちんとやらないと」

それもそうか。前夜の13日、斎藤は楽天・田中将大とのプロ入り後2度目のマッチアップで、今季初黒星を喫したばかり。打つことより、投げることで克服しなきゃいけない課題が、目の前にはあります。とはいえ、打撃練習を通じて収穫もあったと話してくれました。

「吉井さんの投球を打者として見て、習うことはたくさんあった。ゆっくりとしたフォームで投げて、(ボールが)ビュッと来るんで」

バットを振り回している間も、自らのピッチングに生かせるヒントを探していた。打撃練習中も3勝目を目指して、理想の投球を追い求めるところに、エース候補の自覚が垣間見えました。

「昨日のことは昨日のこと。切り替えて、次に向けて、いい準備をしていこうと思っています」

前向きな姿勢を見せた佑ちゃん。でも、日本ハムの交流戦は、奇しくも甲子園での阪神戦から始まります。まさかプロ第1号もあの死闘を演じた聖地で飛び出すんじゃ・・・。そういや松坂大輔も、プロ初アーチは甲子園でだったっけ。

「持ってる男」だけに、なんか打ちそうな気もするんだよなあ。

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加藤弘士(かとう・ひろし)

1974年4月、茨城県水戸市生まれ。水戸一高ではプロレス研究会に所属。慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、97年に報知新聞社入社。広告局、出版局を経て、03年からアマ野球担当。05年にはアマ野球担当キャップ。06年は巨人番(投手担当)。07年からアマ野球キャップに復帰し、09年には楽天・野村番。10年はまたもやアマ野球キャップを務め、斎藤佑樹の大学ラストイヤーに密着。11年は日本ハムと西武の遊軍記者。好きな言葉は「そのうち何とかなるだろう」。カラオケの十八番は「夜空」(五木ひろし)。173センチ、61キロ。右投右打。

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