スポーツ紙バカ一代

第62回 カトちゃんVSカトちゃん@福岡ヤフードーム

2012.08.22更新

「チョットだけヨ~。アンタも好きねぇ」

もう30年ほど前でしょうか。小学校の休み時間、教卓の上で妖艶なしぐさをしていたら、担任の女性教師に発見され、往復ビンタを見舞われました。

「加藤君、何でそんなヘンなことしているの!?」

先生、それはですね、加藤姓で生まれてきた男の宿命なのですよ-。

「加藤茶を直撃してくれ」

野球担当のわたしに芸能デスクから指令が飛んだのは、去年の今頃でした。ソフトバンク・日本ハム戦の取材に訪れた福岡ヤフードームで、加藤さんが始球式を行うのですが、ちょうどその日、45歳年下の女性との再婚が判明したというのです。

「加藤さんの帰り際、談話を取ってくれないか」

了解です!

この日はデーゲーム。試合を後輩記者に託し、ヤフードームの駐車場に独り、張り込みます。野球選手へと特攻するのは日常茶飯事の業務ですが、それとはまた違った緊張感が、全身を包んでいるのがわかる。真夏の午後。玄界灘の潮風に吹かれながら、ドリフターズに笑い転げた幼き日の想い出なんかも、脳裏をかすめたりします。それにしても、まだかな。

「おお、カトちゃんだ!」

張り込み開始から30分後、加藤さんが出て来ました。生き馬の目を射抜く芸能界で、ずっとトップランナーとして君臨してきた男ならではの風格を、漂わせながら。我らがスーパースターに、直立不動で名刺を差し出します。

「おつかれさまでした。加藤さんにひとつ、お聞きしたいことがあります。ご結婚、されたそうですね」

カトちゃんは「加藤」と書かれた私の名刺をジッと見つめ、語気を強めました。

「全然、してない。みんな勝手に言ってるだけだよ」

否定しながらも、わずかに動揺が見られました。おそらく、まだ正式に認められない理由があったのだろうと思います。芸能担当は別ルートから確証を得て、翌日の紙面には"年の差婚"の見出しが躍りました。

あれからちょうど1年。バラエティー番組で楽しそうに新婚生活を語るカトちゃんを見るたび、思うのです。

あの日、「チョットだけ」でも真相を話して欲しかったと。そしたら同姓としてのお祝いも込め、こんなリアクションもできたというのに。

「アンタも好きねぇ」

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加藤弘士(かとう・ひろし)

1974年4月、茨城県水戸市生まれ。水戸一高ではプロレス研究会に所属。慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、97年に報知新聞社入社。広告局、出版局を経て、03年からアマ野球担当。05年にはアマ野球担当キャップ。06年は巨人番(投手担当)。07年からアマ野球キャップに復帰し、09年には楽天・野村番。10年はまたもやアマ野球キャップを務め、斎藤佑樹の大学ラストイヤーに密着。11年は日本ハムと西武の遊軍記者。好きな言葉は「そのうち何とかなるだろう」。カラオケの十八番は「夜空」(五木ひろし)。173センチ、61キロ。右投右打。

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