スポーツ紙バカ一代

第64回 「しつこさで壁を破った木村俊介さん」

2012.10.24更新

年間何百人の取材対象者に話を聞いているのだろうか、とたまに思います。人生で一度も「ナンパ」をしたことがないのですが、仕事となれば別です。「いやー、すいません。ちょっといいスか」。こんな感じで、いろんな人から悲喜こもごもの話を聞かせてもらい、原稿にすることで月給をいただき、メシを食っています。

『「調べる」論―しつこさで壁を破った20人』(木村俊介、NHK出版新書)

そんな図々しい行動もすっかり慣れっこですが、「取材される側」になれば、話は別です。8月のことでしょうか。NHK出版さんより連絡を頂きました。気鋭のフリーライター・木村俊介さんの著す新書「『調べる論』-しつこさで壁を破った20人」にぜひご登場を-というのです。

さて、どうしたらいいものか。迷いました。「俺クラスがそんな20人に入れていただくなんて、百万光年早い」というのが正直なところでした。そもそもわたしは「壁を破った」経験はなく、むしろ常に巨大な壁と格闘し、押しつぶされそうになっている。人様に胸を張れるような実績は、何一つ残していません。

ちょうどその頃、夏の甲子園取材に忙殺されておりました。早朝から深夜まで準備、取材、執筆を繰り返す毎日。あまりの酷暑に心身も相当くたびれておりました。いつも頭の片隅に「早く断らなくては」との思いがあったんですが、ついつい後回しにしてしまっていた。そんな時でしょうか。木村さんから電話を頂いたのです。

「いやー、木村さん。選んでいただいたのは光栄ですが、人様にお話しするような仕事は自分、何一つできちゃいないですよ」

そんな感じで、ハッキリとお断りしました。

ところが、それに対する木村さんの返答は理知的で、丁寧で。しかも人当たりが良く、何だか話を聞いているだけで、自分でよければ微力ながらご協力させていただきたい-と思うようになってしまうのだから、不思議なものです。ゲラチェックの〆切はいつ? OK、それまでには必ず戻しますよ! 〆切を守れるのだけが、シンブンキシャの特性ですから!

いやはや。NHK出版から届いた現物を見て、ぶったまげました。他の19人、超スゲー人ばっかじゃん! 完全に自分のページは「箸休め」的なポジションですな。90年代の全日本プロレスでいうなら、永源がツバを飛ばしちゃう、ファミリー軍団VS悪役商会のような。それもまた、よしということで。

しかしですね。わたしはこちらの本にたった1/20しか参画していないにもかかわらず、売れ行きが気になってしょうがないんですよ。特にアマゾンのレビューとか、ツイッターでの評判ね。ツイッターでは毎日、「木村俊介」って検索してますから、オレ。誰にも内緒だけど。そんなのご本人ですら、やらないだろう。そもそもお前、掲載されるのをあれほど断っていたじゃんという話なのですが。

結論です。誰よりも「しつこさで壁を破った」のは木村俊介さん、その人なのではないかと思います。わたしをのぞく19人と、著者の木村さん。彼等を「20人」とすれば、その声に耳を傾けることは、とても有益だと思います。読書の秋、お薦めの一冊です。と、たまには「ミシマガジン」風に結んでみました。

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加藤弘士(かとう・ひろし)

1974年4月、茨城県水戸市生まれ。水戸一高ではプロレス研究会に所属。慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、97年に報知新聞社入社。広告局、出版局を経て、03年からアマ野球担当。05年にはアマ野球担当キャップ。06年は巨人番(投手担当)。07年からアマ野球キャップに復帰し、09年には楽天・野村番。10年はまたもやアマ野球キャップを務め、斎藤佑樹の大学ラストイヤーに密着。11年は日本ハムと西武の遊軍記者。好きな言葉は「そのうち何とかなるだろう」。カラオケの十八番は「夜空」(五木ひろし)。173センチ、61キロ。右投右打。

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