スポーツ紙バカ一代

第37回 プロ野球応援歌、僕たちの懐かしのメロディー

2010.10.04更新

初めてビートルズの「ホワイトアルバム」を聴いたのは、中学3年の時でした。89年、CDが広く定着した頃です。レンタル店で借り、テープにダビングする。自分にとって特別な音楽は、少しだけ高価なメタルテープに録音したりして。学習塾へと通うバスの車中、ウォークマンで繰り返し聴いたものです。

歴史的名盤に触れ、わたしは驚きました。「ホワイトアルバム」にはヤクルト・岩下正明外野手の応援曲が入っていたからです。慌てて歌詞カードを見ると「バースデイ」というタイトルがついている。何だよ、こっちがオリジナルなのか。ギターのリフが特徴的なロックナンバーを、僕はこれまで、「岩下のテーマ」だと思っていた。「パラララララ~ララ、イワシターッ!」。代打の一振りにかける「男達のメロディー」だと認識していたのです。

さらに「ホワイトアルバム」を聴き進めていくと、大洋・屋鋪要外野手の応援テーマも入っている。これは「オブラディ、オブラダ」という曲で、ビートルズの代表曲のひとつらしい。いやはや、知らなかった。軽快でカッコいい曲だとは思っていたけど、まさかポール・マッカートニーが作曲していたとは・・・。

同年、中学の遠足で初めて東京ディズニーランドへと出かけました。ここでも、わたしは仰天しました。きらびやかな園内ではひっきりなしに「阪神・真弓明伸のテーマ」が流れているではないですか。「真弓とディズニーって関係あんの?」。そんな僕に、仲間はこっそりと教えてくれました。「カトちゃん、この曲、ミッキーマウスマーチって言うんだよ」

小学生の頃、プロ野球の応援歌を耳コピしては、通学の途中に縦笛で吹いていました。現在勤務している会社からは想像できないくらい「アンチ巨人」のガキだったけど、80年代の巨人のテーマはキャッチーで、素敵だった。松本、篠塚、クロマティ、原、吉村、中畑、岡崎、山倉、江川・・・。すべてオリジナル、のはず。ポップで、すぐに覚えられた。放課後、仲間とソフトボールに興じるときは、口ずさみながら、打席に入ったものです。

中でも、桑田真澄投手のテーマ曲が、好きでした。

「サンサンササン サインはV Vは勝利だビクトリー エースナンバーよく似合う 桑田 桑田 桑田」

あれから、月日は流れました。06年には巨人番として「背番号18」を担当したわたしは、現在スポーツ報知の評論家を務める桑田さんと、一緒に仕事をさせてもらうことがあります。この夏は一緒に高校野球の地方大会を観戦する機会に恵まれました。あこがれのエースを、アテンドするひととき。緊張が心地よく感じられます。

携帯に桑田さんから着信があると、お気に入りの着メロが鳴るように、設定しています。「サンサンササン サインはV Vは勝利だビクトリー」。そう。設定曲は少年時代に何度も縦笛で吹いた「桑田真澄のテーマ」。もう少しだけ歌詞を口ずさみたい衝動を抑えながら、背筋を伸ばして、元気よく電話をとります。昭和最後の少年だった僕たちの懐かしのメロディー。名選手の応援歌には、やはり名曲が、よく似合う。

当時、最も度肝を抜かれたのは、「狂犬」と呼ばれたロッテの外国人・マドロックのテーマでしょう。だって、「サザエさん」の主題歌なんですよ。深夜の「プロ野球ニュース」を見てると、閑古鳥が鳴く川崎球場に、トランペットの音色が鳴り響いていた。確か一年で帰っちゃって、帰国後には有価証券偽造かなんかで、捕まっちゃったんだよね。あれ、どんな経緯で「サザエさん」に決まったんだろうか。昭和の闇は、深い-。

(画像は桑田氏と高校野球を観戦する筆者)

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加藤弘士(かとう・ひろし)

1974年4月、茨城県水戸市生まれ。水戸一高ではプロレス研究会に所属。慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、97年に報知新聞社入社。広告局、出版局を経て、03年からアマ野球担当。05年にはアマ野球担当キャップ。06年は巨人番(投手担当)。07年からアマ野球キャップに復帰し、09年には楽天・野村番。10年はまたもやアマ野球キャップを務め、斎藤佑樹の大学ラストイヤーに密着。11年は日本ハムと西武の遊軍記者。好きな言葉は「そのうち何とかなるだろう」。カラオケの十八番は「夜空」(五木ひろし)。173センチ、61キロ。右投右打。

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