数学の贈り物

番外編「私をつくった◯冊の本」(1)『雀鬼流。』

2016.02.08更新


 日々口にしている食べ物が、人の血液となり、骨格となっていくのと同じように、何気なく手にとった本が、心の血となり肉となる。肉体が無数の栄養素に支えられているように、人の思考は、数々の本や、他者との対話から摂取した豊かな養分に支えられている。
 今回『別冊みんなのミシマガジン×森田真生 0号』の刊行を記念して、いくつかの「書店サポーター」さんが、フェアを開催してくださることになった。本棚を眺めながら選書をしていると、ますますこのことを強く実感する。
 思えば、いくつもの本を読んできた。中には期待外れの本や、つまらない本もあった。けれど、自分にとっての「良書」に出会うためには結局、それを遥かに上回る「そうでない本」に巡り会う必要があったのだと思う。
 回り道をしながら、これまでにもいくつかの「本当に大切な本」に出会った。あの本と出会わなければ、人生はまったく違っていたのではないかと思わされるような本もある。『0号』刊行のフェアでは、そういう本を意識的に選んでみることにした。簡単に言えば、「自分を形作った本たち」だ。
 ちょっとした連載の形で、これから、そんな「私をつくった◯冊の本」を紹介してみることにしたい。「◯冊」の◯にどんな数が入るかは、連載を終えるときに決めることにしよう。どんなペースで、いつまで続くかわからないが、気持ちの赴くままに、書き綴ってみることにする。

   *        * 

  『雀鬼流。』(桜井章一著、三五館)
       ――日常の中の、負い目をなくす。

 僕は、残念ながら、あまり読書をしない十代を過ごした。とにかくバスケに夢中で、部活が忙しかったから、本を読む暇がなかった。大学に入るまでに読んだ本は、数えるほどしかない。それでも(それだからこそ?)、強烈に印象に刻まれている一冊がある。「雀鬼」の異名で知られる雀士・桜井章一の『雀鬼流。』(三五館)だ。
 なぜこの本に出会ったかというと、中高時代のバスケ部のトレーナーの先生がユニークな人で、この本を読みなさい、と熱烈に勧めてきたからだ。あとで知ったことだが、この先生の本職は山伏で、中高での体育教師というのは、第二の顔に過ぎなかった。体育の授業も、体育館で「蛇になれ!」と言われたり、ヨガをしたり、いろいろな種類の瞑想をしたり、とにかく普通でないことばかりさせられた。
 僕はこの先生の浮世離れした風貌や言動が好きだった。まるで喫茶店にでも誘うように、カジュアルに滝行に誘われることもあった。厳しい練習が終わったあと、先生の「現実離れ」した話を聴いていると、疲れ切った肉体と精神が、不思議と癒やされたのを記憶している。
 あるとき、キャプテンとしてうまくチームをまとめられず、精神的なストレスで酷い目眩に悩まされていた時期があって、先生に「地面が揺れる感じがする」と相談したことがあった。すると、「そうか!ちょっと目を閉じてみろ」「暗闇の向こうに何か光のようなものが見えないか?」「もしかしたらそのまま飛べるようになるかもしれないぞ!」と興奮気味にまくしたてられ、「飛べる」の意味もよくわからないまま、小さなことで気を揉んでいる自分が馬鹿らしくなった。
 僕はこの先生の精神の純粋さを、中学生なりに敬慕していた。だから、『雀鬼流。』を読めと勧められたときには、麻雀のマの字もわからないのに、すぐに買って、読んだ。

   地球は自転しているという。地球は太陽のまわりを回っているという。
  私は実際にそうした事実を見たことがないのだから、知識として知ってい
  るにすぎない。地球の自転、公転は不変でしょうが、こういう知識という
  ものは、とかく新しい説によって変わることがある。
   知識の中には、実体験で得たものと、そうでないものがある。実体験で
  得たものを尊重したい。

 こんな冒頭の一節から始まる。
 地球は自転している。地球は太陽のまわりを回っている。そういう種類の「知識」を次々と浴びる中学生のときに、僕はこの本に出会った。そして、ますますバスケに夢中になった。なぜなら、コートの方が教室よりも、僕にとっては遥かに「実体験」の場だったからだ。
 頭で理屈を拵える前に、まずは身体を動かしてみろ。人の頭ではなく、自分の身体で考えろ。そういう「原則」を、私は「雀鬼」から学んだ。

 「もし、強くなりたいのなら、自分より強い人に負けなさい」
 「無理だと思うポイントを通り越したところに勝負どころがある」
 「自分に打ち勝った者だけが、他人にも打ち勝つことができます」

 少しでも強い選手になりたいと願っていた当時の僕は、こういう言葉に鼓舞された。教壇に立っている先生の言うことよりも、百戦錬磨の雀士の言葉の方が、遥かに現実味を帯びていた。
 いまでも僕は、麻雀のルールをろくに知らないが、少年時代の発想の基礎というか、考え方のベクトルが、この一冊によって決定づけられた。

   牌は、きちんと私を知っていて、いつでも私の心をそのまま表現してく
  れるのです。私が苦しいのか、寂しいのか、嬉しいのか、必ず的確な答え
  を出してくれるのです。
   とくに日常生活の中で得心のいかないことがあるとか、頼まれたことを
  全力で果たしていないうしろめたさ、といった心のわだかまりは端的に出る。

 僕はこうした雀鬼の言葉を、そのままバスケの場合に置き換えて、バスケも心の表現なのだと納得した。いいプレーをするためには、日常生活の負い目をなくしていく必要がある。「心のわだかまり」を取り除いてこそ、いざというときに「流れ」を掴むことができる。そう信じて僕は、早起きや、朝の掃除、すれ違う人との挨拶など、日常の何気ない振舞いを、練習と同じくらい真剣に徹底することにした。
 とにかく心を清く、澄明にしておくこと。コートに立ったときに現れるプレーは、自分の心の表出なのだから。
 大学に入ってバスケは辞めたが、コートの上の「実体験」を通して学んだことは、いまも自分の血となり肉となり、心の奥底に息づいている。

   麻雀というのは、牌と合一すれば勝てるんです。けれども、人間のあさ
  はかな知識や、金銭欲や名誉欲が、そうすることを邪魔してしまう。(中略)
   牌との合一化の妨げとなるのは、人間の持つ執着心(依存心)です。

 後に僕が、岡潔の語る数学に惹かれるようになったのも、ひょっとすると、心の底にいる「雀鬼」が、反応したせいもあるかもしれない。

(つづく)

『みんなのミシマガジン×森田真生 0号』刊行記念フェア
「森田真生をめぐる宇宙」開催!

◆期間:2月8日(月)夕方~
(1カ月以上を予定。終了日は確定次第お知らせします)
◆場所:紀伊國屋書店新宿本店 4F

『みんなのミシマガジン×森田真生 0号』(ミシマ社)発行と、森田さんの前著『数学する身体』(新潮社)の紀伊國屋じんぶん大賞2位受賞を記念して、フェアを開催いたします。
本フェアではなんと、売場に「森」が出現!?

 森田さんの著書はもちろん、『みんなのミシマガジン×森田真生 0号』の執筆・制作に携わってくださった小田嶋隆さん、榎本俊二さん、池上高志さん、立川吉笑さん、山縣良和さん、矢萩多聞さんや、「みんなのミシマガジン」編集長の三島邦弘の著書と関連書籍を一挙に集めました。そして、森田さんがこのフェアのために選書してくださった20点弱の書籍「私をつくった○冊の本」たちを揃えました(一部絶版につき、取り扱いナシ)。森田さんの「自分を形作った本たち」をぜひお手にとってご覧ください。

 森田さんからは随時、それぞれの本についての文章をいただき、本ページ上で連載いたします。どこまでご紹介いただけるかはお楽しみです!

 この実験的な「0号」の世界、そして森田真生さんをめぐる宇宙をご体感ください。
 みなさまのご来場、お待ちしております!


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森田真生(もりた・まさお)

1985年東京生まれ。東京大学理学部数学科卒業。現在は京都に拠点をかまえ、独立研究者として活動。全国で「数学の演奏会」をはじめとするライブ活動を行っている。2015年10月、デビュー作『数学する身体』(新潮社)を刊行。2016年2月には、編纂を担当した岡潔の選集『数学する人生』(新潮社)が刊行となった。ミシマ社では、数学にまつわる本を紹介しながら、数学を通して「生きること」を掘り下げるトークライブ「数学ブックトーク」を共催。2016年1月には、ライブで手売りすることを元に作られた『みんなのミシマガジン×森田真生 0号』(ミシマ社)が発刊された。

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