数学の贈り物

2017.05.03更新

 昨夜、バスケをしている夢を見た。
 最後に試合に出たのは、もう八年以上も前のことである。

 学生時代に入っていたクラブチームの大会で、その日は調子がいつになくよく、面白いようにシュートが入った。勝てば次は決勝戦という大事な試合、勝利が確実というところまで点差は開いていた。ところが終了間際、レイアップのあと相手の選手の足のうえに着地し、左足靭帯の両側を負傷した。全治半年。数学の勉強が忙しくなりはじめた頃で、病院に真面目に通わなかったせいか、いまだに冷えると足首が疼く。結局あれ以来、本格的にバスケはしていない。

 小さい頃、ブルズ全盛期のシカゴでマイケル・ジョーダンの家がそう遠くない場所に住んでいた。物心ついた頃からバスケ一色で、中高も、バスケが強い学校を選んだ。中高時代は、毎朝欠かさず走り込みとシュート練習、昼休みの自主練、チーム練習後も体育館が閉まるまで練習である。365日、授業時間以外バスケ漬けの6年間だった。音楽も聴かなかったし、映画も観なかった。友達とどこかに遊びに行くこともなかった。バスケ以上に面白いことを知らなかったのだ。

 大学に入ってからはバスケをすっぱり辞めるつもりだった。さすがにバスケ選手として生きていくことは諦めていたので、もっと広い世界に漕ぎ出していこうと決めていた。遊びでバスケをするつもりもなかったから、サークルに入ろうとも思わなかった。ところが大学四年生のとき、高校時代に選抜チームで一緒だったメンバーから声がかかって、クラブチームに参加することになった。遊びではなく真剣に練習をする、すごく雰囲気のいいチームだ。全身はバスケをしたくてウズウズしていた。最初、悲しいくらいからだは動かなかったが、1年もすると感覚を取り戻してきた。その矢先の怪我である。

 さいきん、なぜかバスケの夢をよく見る。ただ、からだは鉛のように重く、飛んできたパスをキャッチできない。あるいは、走ろうとしても進まない。かなしいかな、ジャンプしているつもりが跳べない。ひどいときは、シューズを履いていないことに気づいて、青ざめる。そして、「バカかてめぇはあああ!!」と監督に怒鳴られるのだ。
 嫌な汗をかきながら目覚める。

 先日、久しぶりに母校を訪ねて、十年ぶりに監督に会った。大きな手術の後と聞いていたので心配だったが、元気そうな姿でほっとした。少し痩せたからだの監督の目を、ぼくはいまなら直視することができた。いろいろあったが、あれほど充実した六年間を過ごすことができたのは監督のおかげだ。心から感謝している。中高時代、だれよりも長く時間をともにした先生である。

 不思議なことに、1月に監督と再会して以来、夢のなかで怒鳴られることがぴたりとなくなった。相変わらずバスケをする夢は見るが、もはや監督の罵声を聞くことはない。


 忘却の彼方から、過去は現在に翳を与える。過去に交わした何気ないひと言が、いまの支えになることもある。取り返しのつかない過ちの記憶が、現在を支配してしまうこともある。人は、過去から浸透してくる時間と、いつも対話しながら生きている。現在のちょっとした行動が、過去に背負った重荷を、解いてくれることもある。

 過去から現在に届く翳のゆらめきは、「いま」に繊細なニュアンスを与える。今でこそそれを実感するが、学生の頃は、忘却の彼方でゆらめく過去より、眼前に広がる未来の方が、はるかに重大な課題だった。

 未来が見えない。だから、未来はいかようにでもできるはずだ。そういう気概があった。
その気になれば、なんだってできる。ならば、少しでも未来が見えない方に進もう。過去が現在に与える翳より、未来という闇に隠れているはずの世界のことばかりを考えていた。

 大学に入ってすぐ、ベンチャーの設立に参画し、プログラマーとして働きはじめたときも、未来の見えない選択だった。ぼくは機械が嫌いで、コンピュータの前に10分もいると、めまいがしてくるくらいだった。そんなぼくにとって、プログラマーとしてはたらく、というのは、考えてみたこともないことだった。

 数学科に転向することを決意したときも、心境は似ていた。受験数学に面白みを感じられず、何年間も数学に取り組んでいなかった自分が、数学科に進むというのは、想像したこともないことだった。岡潔のエッセイに引かれ、友人たちの話に刺激され、数学の豊かな世界があることを知ったとき、「いまからだって数学をまなぶのは遅くないかもしれない」と思いたち、ぼくの胸は高鳴った。まったく未知の世界に飛び込んでいくこと。未来がますます見えなくなること。そのことにぼくはドキドキしていた。

 不確実な未来にただひたすら身を投げ出していく。そんな日々のなか、いつしか「いま」に浸透してくる過去が、次第に存在感を増してきた。忘れていたはずのこと、置いてきたはずの過去。それが目の前の風景にしみわたって、ぼくを悩ませたり、縛り付けたり、励ましたりするようになった。過去の力に、のみ込まれそうになることもあった。未来に飛び込む勇気より、過去と折り合いをつける方法の方が、切実な問題として浮上してきた。

 現在のなかには、過去も、未来も映り込む。それはもちろん、一人の意識のなかだけの話しではない。言葉によって紡がれる物語、貨幣や学問などの制度、様々な行為の習慣は、現在を過去や未来に繋ぐ装置だ。人は厚みのある時間を生きている。その厚みのなかに、心の葛藤や動き、彩りが生じる。心が揺れ、心が傷むということは、過去や未来が「いま」のなかで揺れ、傷むということである。
 
 現在と過去を繋ぐ「理由」。「いま」から未来を導く「推論」。
 「理由」も「推論」も英語では"reason"という。

 「いま」だけにはいられない人の心は、reasonの力で過去や未来を想い、そして「理性(reason)」の力で他者の心を推し量る。人の心を想うことは、過去を振り返ることや、未来を想像することと似ている。

 reasonという言葉の起源は、ラテン語の"ratio"だそうだ。ratioという言葉には「比」という意味がある。

 単位と比較したときの相対的な大きさを測ること。それが「比」という考え方の基本である。「未知」を「既知」に対する比として把握しようとするのがratioなのだ。

 人は端的な「いま」をただそれとして受け取る代わりに、「私」や「現在」という起点に対して、相対的に未知の宇宙をはかろうとする。長さを測ることも、未来を計ることも、過去の理由や他者の気持ちを推し量ることも、すべてはありのままの世界に「単位」を押し当てるところからはじまる。

 問題は、この世に絶対的な既知など、一つもないということである。比を測るための単位は、かりそめの、さしあたりのものにならざるを得ない。

 数学であれば、数えるための「1」や、証明をするための「公理」が、推論や計算の単位であるし、人生においては、「私」や「現在」が、世界を時間や空間の広がりのなかで把捉するための単位だ。

 理性の力を手放したなら、「いま」の厚みは消えるだろう。心の葛藤や重荷は消えて、人はただ宇宙のなかに静かに抱かれるだろう。reasonのない世界。それはきっと、哀しみもなければ傷みもない代わりに、無色透明で、動きにも彩りにも欠けた、しんとした心の世界なのだろう。
 
 人間の前に現れる世界には、過去と未来が織りなす奥行きがある。それは所詮、「私」や「現在」という起点に対して、相対的にはかられた奥行きに過ぎない。しかしその仮想の深みに、宇宙は何かを表現している。

 reasonとはきっと、ただ正しく記号を操作するだけのことではないのだ。それは、宇宙の静謐に「単位」を投じ、時間と空間を超えて響き合う「いま」を現出させる、魔法のような手続きなのだ。

 ありのままの宇宙に、生きるべき「理由」は、どこを探してもない。
 reasonは、創造されなければならないのである。

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森田真生(もりた・まさお)

1985年東京生まれ。東京大学理学部数学科卒業。現在は京都に拠点をかまえ、独立研究者として活動。全国で「数学の演奏会」をはじめとするライブ活動を行っている。2015年10月、デビュー作『数学する身体』(新潮社)を刊行。2016年2月には、編纂を担当した岡潔の選集『数学する人生』(新潮社)が刊行となった。ミシマ社では、数学にまつわる本を紹介しながら、数学を通して「生きること」を掘り下げるトークライブ「数学ブックトーク」を共催。2016年1月には、ライブで手売りすることを元に作られた『みんなのミシマガジン×森田真生 0号』(ミシマ社)が発刊された。

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