ある日の数学アナ

第1回 極限の先に

2009.07.10更新

平日開店ミシマガジンへお引越ししても 変わらぬご愛顧お願いします。ぺこり。

さて。
引越しを終えたばかりの私が最近とみに気になっていること。
それは雑誌、主に女性ファッション誌のタイトル。
ちょっと電車に乗ると、あるいは本屋さん巡り(私の愛する趣味の一つ!)
をしているとこんな具合。

"今より幸せになるには?"
"自分向上"プロジェクト!
皆さん一度くらいは似たようなものに出遭った経験があるのでは?

日々ポジティブなメッセージを出し続ける雑誌。
でも、活字を巡る状況は大変なものらしい。
無期限の休刊、発行部数の低下など残念なニュースを耳にする機会が増えている。
ただ、それが全てかというと決してそうではないのが面白いところで、
発刊すればするほど、ただひたすらに出版元の体力を奪っていく
「エネルギー消費型」がある一方、ミシマ社のように元気のある会社の二種類が
同居している、不思議な状況でもある。

どんなに経済が不況であったとしても、人は食べていかなければ生きてゆけない。
それと同じで、読みたい本があれば読むし、本を読まなければ生きてはいけない。
少なくとも、私はその一人だ。

何も情報を入れないでおく状態に自分を長く置いておくことはこのご時世、
もはや飢えと同じくらい苦しい気がする。
だから「ああ最近面白い本読んでないからちょっと物足りないな」とか
「この本面白そう!読んでみよう」
と自然にレジに足を向けてくれるような本を出している会社が元気なのは、
至極当たり前のように思える。

業界こそ違うけれど今年、企業の顔になっているユニクロもまさにその一つで、
モノを買わないと言われる中で過去最高の売上を更新している。
要は、人の購買意欲を刺激するのがウマいか否か。それだけの違いだと思う。

どう人々の購買意欲を刺激すればよいのか。
あくまで私個人の感覚なのだけれど、
「どうやったら幸せになれるかをとうとうと真正面から説いていてもダメ」
という暗黙のルールが存在する気がする。
まずは「あなた、今満ち足りないでしょう」と近づき相手を一度落とした上で
「いやいや実はね、ここに幸せになる方法があるんですよ」と微妙なツボを刺激し、
幸せになる為の方法を切々と説いてやる。
(こんな書き方すると、まるで悪徳セールスみたい!)
うん、確かに心に染み入りそうな気がしないこともない。

でも、です。
常に今日より明日を良いものにし続けるとその先には何があるのか。
これ、数学的な見地から言うと、極限に向かって突き進んでいる時と
よく似ているのでは、と思う。

つまり、客観的にはもう充分に幸せな領域に達しているはずなのに
「まだ上がある、まだ先がある。もっと前に進もう、進まなきゃ」
そう思わされてしまう。

幸せという極限値に向かって収束するために、発想をどんどんミニマムにして
突き進むことを強要されている状態。
そのせいで結局いつまでたっても未来と現在を同じ位置には持っていけない。
でも果たして本当にそれでいいのだろうか。

そもそも幸せって相対的なものではないし、自分が幸せだと思えばそれでよいはず。
幸せになる方法を探しているはずなのに、結局幸せを余り実感できない
考え方をさせられてしまうことに妙な違和感を覚えてしまう。

かなり話が広がってしまったかな。
もしかしたら私が深読みしすぎているだけで、冒頭のタイトルを
考えた人に聞いてみたら

「いや~、雑誌のキャッチなんてポンッと付けるだけっす」

なんて言いそうな気もする。
もし本当にそうだったら拍子抜けするなあ。

別に世の中斜めに見ようとなんてしてないのに
色んなことを考えてしまうのは、数学の功罪なんだろうか。


ではまた。

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倉野麻里(くらの・まり)

テレビ東京アナウンサー。理工学部数学科を卒業した後、放送局アナウンサーという一見、数学とは縁のない世界に飛び込む。仕事は十二分に充実しているものの、数学、数字には触れない日々。「モノタリナイカモ…」。離れてみてわかった数学への愛。いや、数学への一方的な愛!!数学への偏愛から見える日常のあれこれを語る。
KYOTO的の人気連載「くらまりの日々是数学」をタイトル改め、本誌で新連載。

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