ある日の数学アナ

第3回 1票より小さい票の数え方

2009.09.11更新

この原稿がアップされている頃はすっかり衆議院選挙の熱も少しは収まっている頃かしら。
一体どんなことになっているのだろうか。
結果がどうであれ、今現在の異様な盛り上がりを考えると、
(このくらいでお茶を濁しておこうっと)今からちょっとワクワクする。


さて、今回の衆院選。
歴史的な自民党の敗退、民主党の圧勝という結果になった。
それについては至る所で論評が繰り返されているので、あーだこーだ言うつもりは
あまりないのだが、私としては同時に行われていた国民審査の行方が気になっていた。
この「国民審査」に注目した! という方はどのくらいいらっしゃるだろうか。
ちなみに国民審査とは、最高裁判所の裁判官を罷免するかどうか、
国民が審判する制度で、衆院選と同じ日に行われる。
有権者は裁判官がこれまでにどんな判例を示したかなどを元に自分の信条と
照らし合わせるわけだ。
私としては、もう少しこちらも注目されてしかるべきなのにと思っていた。
なぜって、国民審査の注目度合いは、同じ有権者の判断を仰ぐものなのに
政権選択のそれと比べて、どう考えても低すぎる気がするからだ。
そんなことない?


今回の選挙が今までに無いほどに有権者の関心を集めたのは
政治が自分たちの生活と切っても切り離せないということを否が応にも痛感したからだろう。
雇用、景気、年金、医療、農業政策...
どれをとっても毎日の生活と、これでもか! というほど結びついている。
本来は外交問題だって、未来の日本のあり方を考える上では重要な問題のはず。
世界中、至るところで紛争や戦争は途切れることなく続いているし、
決してなくなったわけではない。
でも「表面上」平和な日本にいると、一体何の上にこの平和が浮かんでいるのか
という想像力が段々薄れてしまうのも否定できないし、ある部分では
仕方のないことなのかなとも思う。
本当は私たちが享受している平和はいかにもふわふわした、
微妙で繊細な存在なのだけれど。
と言ったところで、外交問題が一般市民レベルで「自分の身に降りかかってくる度合」、
「切迫度合」は年金問題や医療問題のそれとは比べ物にならない。


ここからは仮定なのだけれど、もし自分の生活といかに結びついているかを痛感した上で
投票行為が成立しているとすれば、同じくらいその「投票行為の意味」についても
考えてよいのではないだろうか。


現状で言えば、若者世代の一票と高齢者の一票の重みはかなり異なっている。
残念ながら。
いわゆる一票の重みの差だ。
20歳代の投票率は46%、60歳代は83%となっている。
ただでさえ少子高齢化で若者の声が少なくなっているにもかかわらず、
どんなに声を上げたところで、若者は高齢者の半分しか発言力がないという現状は
やっぱり放置してはおけないだろう。
よく投票したところで「関係ないし」とか「どうせ変わらないし」と言うのを耳にするが
どんなに文句を言ったところで、投票しなければ変わる可能性はゼロである。
何より自分たちが将来今の高齢者世代のツケを払う可能性すらある、と聞いたら
真剣にならざるを得ないのではないか。
年金の賦課方式などはその最たる例だ。
(賦課方式については面白い話があるのだけれど、それについてはまた今度!)


そういう意味ではニュースに身を置くワタシとしては、
わかりやすく現状を伝えていく責務があると思うし、もっと知ってもらうための努力を
しなければいけないのかなとも思わされる。


ところが、投票率が上がろうが下がろうが、それ以前に一票の重みが全く違うという現実もある。
一票の格差と言われる問題だ。有権者は同じ一票を投じたつもりでも、
選出する議員一人に対する有権者数の少ない選挙区であればあるほど重み、
その価値が相対的には増大してしまう。
この問題の是非について明言することは避けるけれど、
上記が問題であるとするならば、同時に考えていかなければいけないと個人的には思う。
呼びかける地域によって清き一票をではなく「0.5票を」とか「清き0.45票を」
なんて実態に合わせていくのなら良いと思うがこれはどう考えても現実的ではないでしょう。
全く同じ重みにすることはできなくても許容範囲か否か、などはもう少し議論する場が
増えてもよいのではないだろうか。


過去の最高裁判決でも一票の重みについての判決は出ていて、
個々人によって判断が分かれている。
憲法解釈的に問題なし、として合憲とする人もいれば、
いずれ何らかの修正が必要だと言う人など様々だ。

各党マニフェストなどと一緒に、新聞などにもその詳細が掲載されているので
国民審査では、自分なりに判断したいと思う。

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倉野麻里(くらの・まり)

テレビ東京アナウンサー。理工学部数学科を卒業した後、放送局アナウンサーという一見、数学とは縁のない世界に飛び込む。仕事は十二分に充実しているものの、数学、数字には触れない日々。「モノタリナイカモ…」。離れてみてわかった数学への愛。いや、数学への一方的な愛!!数学への偏愛から見える日常のあれこれを語る。
KYOTO的の人気連載「くらまりの日々是数学」をタイトル改め、本誌で新連載。

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