ある日の数学アナ

第7回 最も効率的な片づけのルール

2010.01.15更新

みなさま、新年明けましておめでとうございます。
2010年もマイペースに日々感じるこまごましたことを綴っていけたらと思っておりますので
よろしくお付き合いください。

さてさて。
なんだかお正月気分が抜けきらないまま、4日の仕事始めとなってしまったのだけれど、
そんななかでも今年はこれだけはやろう! と決意したことがある。
「整理整頓」だ。

実は年末、お正月ととにかく整理整頓に明け暮れた。
ほんとうはどこか遠くに行きたいなあ、のんびり温泉に行きたいなあ
という気分ではあったのだが、暦の関係で年明けの仕事スタートも早かったし
都合がつかなかった。
で、泣く泣く諦めたのだが、まあせっかくだし何もしない寝正月もいいけれど、
それよりは普段なかなか出来ない、片づけをしてみようということで取り掛かった。

こんなに根を詰めて片付けをしたのは一体何年ぶりだろうというくらいの勢いで始めた。
普段はあまり気乗りしない片付けも、気合を入れてこれは仕事だ! という気分でやると
それなりに面白い。ちょっとした小物なんかも買い込んでやると尚更気分がアガる。

そして、ちょっと時間が経つと、出るわ出るわ、要らないモノたちが大量に!!
家のどこからこんな不要なものが出てくるのだろうと首を傾げてしまう。
それから、今回の片付けでは自分としては実に大きな発見があった。
普段から整理整頓をしっかりされている方には「何をいまさら」と思われること間違いなしなんだろうなあ。

自分は片付けられない女ではないと思う、というか、思いたいのだけれど、
整理整頓が得意ではない部類に入ることだけは確かだ。
小さな頃から机がそれほど綺麗なタイプではないので、それなりに年季が入っている。

小学生のころから中学生頃まで使っていた学習机は、父から譲り受けたものだった。
地味さ加減も、大人になるにつれて感謝するようにはなったのだけれど、
キャラクターなどが入っていない地味なところがあまり好きになれなかった。
で、私の学習机の隣には、妹のために簡単なテーブルが据えてあった。
机ではなくあくまでテーブルだ。

姉の真似をして机に向かいたい妹のために容易されたスチール製のもので
とうてい机とは呼べない感じのものだったが見栄えとしては悪くなかった。
自分のための「机」が与えられた喜びでいっぱいの妹は、これでもかというくらい
その机を整理整頓するのが好きだった。

特に用もないのに自分のこまごまとした文房具やおもちゃを整然と並べていた。
そんな彼女を横目に、荒れていく自分の机を眺めていたのだが、
眺めているだけで自分の机が綺麗になることはないまま、今に至ってしまった。
時々一年発起するものの、あまり長続きはしない状態が続いている。

整理整頓が得意な人には当たり前のことでも、ものごとを整理整頓するには
一定のルールが必要だ。
ルールがなければ物事を秩序立てて並べることが出来ないし
そうなっていなければ必要なときに必要なものを取り出すことができない。
ただ、この一定のルールというのが大きな障害になっていた。

一度ルールを作ったら、遵守しなければ意味がない。
そのためには効率的で運用するにあたって快適なものを作りたい。
なぜならルールは作ることそのものが目的ではなくて、あくまでも運用することそのものが
目的だからだ。
ということは、ルールはほぼ作った時点で、目的とする整理整頓がうまくいくかどうかが
決まっているといっても過言ではないわけだ。当然慎重に考えなければならないし、
それなりに骨の折れる作業になる→結果、頓挫する。
この一連の流れを繰り返してきた。

とはいえ、何事もやってみなければ始まらないので何はともあれルール作りをして、
トヨタ式にカイゼンしていけばいいのは自明なのだが、日常のサイクルに飲み込まれてしまうとカイゼンは怠り勝ちになるし、どうしても従来のルールを運用するに留まることが多いのが事実だ。
こうして考えてみるとダメな企業の典型のようだ。我ながらがっくり。

というわけで、ルール作り初心者な私が心がけた唯一のルール。
それは、「奥が見えない状態を作り出さない」という極めてシンプルなもの。
例えば棚にモノを整理する場合は、手前には絶対に高いものを置かない、
とまあそんな具合。
もう一点は、実際に使うときのことを想像して配置する。
この二点のみだ。

まだ片付けてからそう時間が経っていないので、今後運用していく上で
何らかの問題が発生する可能性がないとも言い切れないのだが、
多分これは正解だったのだろうという気が、なんとなくしている。
まず、極めてシンプルなので自堕落な自分でも覚えやすい。
つまり効率化を目指すあまりルールが複雑化してしまうと、
ルールを頭に叩き込むだけで労力を費やしてしまい、結局遵守できないという事態を
招いてしまうと思ったのだ。

これまで自分の周りにある細々としたものを綺麗に並べる癖がなかったのには
もう一つ理由があって、効率よく作業することを目指してやるための作業が
もう効率が悪いと思っていたからなのだ。
一見、何もやらない人の言い訳にしか聞こえないのだが、自分なりの根拠としては、
試験勉強のノート作りがそれに当たると思っている。

試験前にノートを作り始めると、もうノートを作ることそのものが目的になってしまい、
充実したノートを作るために、びっしり書き込んではいるものの、
肝心の頭にあまり入っていないまま試験当日を迎えてしまった...というのはよくある話だ。
私は最初はノート作りが嫌いではなかったものの、途中でそんな自分に気づき、
いわゆるノートをせっせと作ったり、ひたすら書いて覚える、といった世間ではセオリー
とされている方法をあまり取らずにやってきた。
それでもそれなりに試験では合格点を取れたので、自分には合っていたのだろうと
思うけれど、社会に出るといかに情報を管理するか、モノを管理するか、が結構重要な要素となることに改めて気づく。

もう以前のように全てを暗記するのは無理だし、(前頭葉の能力的にも年齢的にも!)
あとは運用面で効率化を図る方法を考えたほうが、がんばって覚えていようとする労力よりもずっと少ないということに今更ながら気づいたのだ。遅っ。

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倉野麻里(くらの・まり)

テレビ東京アナウンサー。理工学部数学科を卒業した後、放送局アナウンサーという一見、数学とは縁のない世界に飛び込む。仕事は十二分に充実しているものの、数学、数字には触れない日々。「モノタリナイカモ…」。離れてみてわかった数学への愛。いや、数学への一方的な愛!!数学への偏愛から見える日常のあれこれを語る。
KYOTO的の人気連載「くらまりの日々是数学」をタイトル改め、本誌で新連載。

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