ある日の数学アナ

第9回 数字に現れないもの

2010.03.12更新

2週間以上にわたって開催されたオリンピックもついに幕を閉じた。
結果は、銀メダル・銅メダル合わせて5つを獲得。
関係者の皆さまはほっと胸を撫で下ろして今頃一息ついていることだと思う。
でも一視聴者としてオリンピックを見ていた私からすると、選手たちの頑張りはメダルの有り無しにはかかわらずとっても深い感動を残してくれたので、それだけでもうヨシ。
メディアの露出が多かった選手もそうでなかった選手も。
4年間あの日のために頑張ってきた選手の皆さん、本当にお疲れさまでした。

つくづく、オリンピックには人の生き様というか姿勢が凝縮されていると思う。
例えばフィギュア男子シングルの高橋大輔選手。
初日のショートプログラムが終わった段階で、トップとは僅差。
金も十分に狙える位置だった。
でも彼は、自身の信念である4回転ジャンプに、リスクを取った上で挑戦した。
彼が絶対にジャンプを跳ぶだろうことは予測されていたことだけれど、跳ばない選択肢はないのだろうか? と思っていた人がいたのも事実だ。
私もその一人。
でも、周囲の声に惑わされることなく迷いなく4回転を跳んだ彼の姿勢には怪我を乗り越えてあの場に至るまでの全てが凝縮されているような気がしてぞくっと来た。

大会前にスランプに陥っていた浅田選手も同じだ。
浅田選手はトリプルアクセルにこだわっていたものの、表現力でより高い得点を叩き出すキム・ヨナ選手に対抗するには、3回転半ジャンプに拘らない選択肢だってあったはずだ。
でも彼女はそれを選ばなかった。
自分を信じて丹念にジャンプを修正し続け、見事本番で跳びきった。

フィギュアはジャンプごとに明確に点数が決まっている。
観客は芸術性を鑑賞しがちなのに、得点の稼ぎ方は非常にシステマチックで、私としてはそのギャップがかなりツボだったりする。
ジャンプの成功率と、そのジャンプによって得られる点数を細かく計算し、期待値を出して比較するとしよう。
高い得点を出すためにはリスクをなるべく低くし、確実に点を積むのが至上命題であり、自ずと堅いプログラム構成になる。
でも、彼は、彼女は、それを選ばなかった。

数字と人の気持ちは違う。
まあ当たり前のことなのだけれど、改めて思いを馳せた。
チャレンジや努力の過程は、結果が出ない限り、決して数字としては浮かびあがらない。
結果を求められるスポーツの世界においてなお努力を続けるのは、より上を目指そうとする「人のシンプルかつ崇高な精神」なんだなあ。素晴らしい。

フィギュアが後半だったからかどうもフィギュアばかりが頭に残っているけれど、思い起こせば、トップを切ってメダルを獲ったスピードスケートの長島選手、加藤選手の会見も印象的だった。
メダルを獲ったのに、二人ともが悔しそうな表情で並んでいた。
それから、上村愛子選手の「どうしてこんなに一段ずつなんだろう」という決して答えは出てこない疑問もこの先ずっと残る言葉になるだろう。

発言の一部を取り上げることは大きな誤解を生むし、よくない面があることは重々承知だ。
でも思い出してしまうので、それを断った上で持ち出してみる。

去年秋に行われた事業仕分け。
次世代スーパーコンピューターの性能で「なぜ1番を目指すのか。2番じゃだめなのか」という言葉が一人歩きした。
恐らくご本人は、「売り言葉」に「買い言葉」的なノリで発言したのだと思う。
でも、オリンピック選手に対し「なぜ金メダルが欲しいのか。銀メダルじゃ駄目なのか」とは言わないだろうなあ。

「オリンピックと同じ次元で比べるわけないでしょう!?」なんて言われそうな気もするが、私にはどこかで繋がっているように思えて仕方がなかった。
最初から2番でいいやなんて思っていたら絶対に2番なんて取れないし、ましてや1番なんてお呼びでないレベルにしかなれないに決まっているのだ!

・・・って選手が言うと、私が言うよりずっと説得力あるのになあ。
ぼんやりとそんなことを思ってしまった。

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倉野麻里(くらの・まり)

テレビ東京アナウンサー。理工学部数学科を卒業した後、放送局アナウンサーという一見、数学とは縁のない世界に飛び込む。仕事は十二分に充実しているものの、数学、数字には触れない日々。「モノタリナイカモ…」。離れてみてわかった数学への愛。いや、数学への一方的な愛!!数学への偏愛から見える日常のあれこれを語る。
KYOTO的の人気連載「くらまりの日々是数学」をタイトル改め、本誌で新連載。

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